表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
267/282

真実と真意と その2

 難民。


 大陸が統一された宗次郎の時代では全くなじみのない単語だが、その意味は知っていた。


 戦争などで国を追われた人々という意味の言葉だったはずだ。


 ━━━やっぱり、そうなのか。


 『王国記』では、大地は小国を滅ぼされた国の王子とされていた。


 つまり、いま妖に祖国を滅ぼされたあとということだ。


「今から半年ほど前になるか。北の安後王国を滅亡させた妖が南下してきたのは」


 忌まわしい思い出なのだろう。爺の声は怒りと恐怖で震えていた。


「安後と広く国境を接していた我々は首都防衛に全力を尽くした。国境から流れ込んでくる妖を各個撃破することは不可能だったからだ。先代の国王が直々に指揮を取り、最高の戦力を揃えて迎えでた」


 話の結末は既に見えている。聞きたくなかった。耳を塞ぎたくなるのを堪えながら、宗次郎は懸命に話を聞く。


「だが……それでも、我々は負けた。緒方のように強い波動師を十人以上揃えていてもなお、な」


「なっ」


 十二神将に並び立つ緒方がいてもなお、負けた。


 その事実に宗次郎は心が折れかける。


「結果、王は討死。多くの戦士が命を落とし、首都は妖に占領されてしまった。まさに悪夢だった。攻めてきた数万もの妖が地平線を、我らの都を白く染め上げていくのは。それがどんな悲劇を招いたか、直接戦ったお主ならわかるであろう」


「……」


 何も言えなかった。


 妖の大群が、自分達の暮らしていた街を、国を蹂躙してく。考えたくもなかった。


「我々は妖の追撃を逃れながら、南へと逃げてきた。そうして、同盟国である信斐へ逃げて来たのだ。途中で多くの人民を失いながらな」


「……国民を避難させなかったのか」


「させたさ。だが、誰もが首都の防衛に成功すると考えていた。国境を越えるほど逃げたものはいなかった」


「……」


「もうわかっただろう。陛下は父君が急逝したから、あの年齢で王となったのだ。それも見なくていい地獄を見たあとで、な」


 ふぅ、と息をついて爺は酒盃を仰いだ。ゴクゴクと喉を鳴らす音が闇に響く。


「我らが王は変わってしまった。優しく、前向きで、国民を気にかけていた王子だったのに、今は妖を憎んでばかり。さらには他者を信じることができなくなってしまった」


 思い詰めた爺はため息を吐いて、さらに酒を煽った。


「我々の責任なのだ……我々の」


「爺」


 酒を注ごうとした爺の手を剣城が止める。


「もう止せ。これ以上は身体に障る」


「……そうだな」


 はぁ、と爺はため息をついて盃を地面に置いた。酒の匂いが辺りに立ち込め、宗次郎は無意識に顔を顰める。


 飲まなければやっていられないのだろう。それは頭で理解できる。けれど我慢できないものは我慢できないのだ。


 そして、酒の匂いすら我慢できない自分が少し嫌になる。


『俺の国の民が! こんな涼しい顔をしているはずがないだろう! まして我が国の領土から来たのなら尚更だ!!』


 初めて会ったとき、大地にそう言われたのを思い出す。


 大地たち尾州の人たちは必死で逃げ延びて来たのだろう。命からがら、すなわち命以外の全てを、国も、家も、仕事も、周囲の人たちも全て捨ててここまでやって来たのだ。


 対して宗次郎はどうだ。平和な時代に暮らし、貴族として生まれ、何不自由ない暮らしをしてきた。波動にも恵まれた。師匠には……まぁ散々な目に遭わされてきたが、それだけだ。


 元の時代に戻りさえすれば、家族にも会える。全てが元通りになる。


 彼らと違って。


 ━━━ますます無理じゃないか?


 大地たちの境遇に同情するが、同情では友人になれないと宗次郎にも分かる。


「お前の気持ちも理解できる。今のところ、人としてどうかと思う振る舞いしか見せていないからな」


 宗次郎の事情を知らない剣城が若干的外れな指摘をしてくる。


 それもあるけどそうじゃない、と言いたいのをグッと堪える。


「では私も聞きたい。お前はなぜ強くなった?」


「え?」


 唐突に話が変えられて宗次郎は間抜けな返事をする。


「少年の身でありながら緒方が死ぬような戦いを息抜き、初陣で妖を二十体倒した波動師など聞いたことがない。ただ訓練を積んだだけではそこまで強くなれないだろう。強くなる目的があったはずだ。そこまで強くなるためのな」


「……それは」


 宗次郎は口をつぐんだ。


 目的はある。いや、あった。


「その目的が見えないからこそ、我々も最初はお前を疑った。今回も命をかけて戦ったと言うのに、我が王と親しくなれる機会を棒に振ろうとしている。お前は出世したくないのか? それともこんな状態で出世しても意味がないと思っているのか?」


「そう言うわけじゃないです。俺は━━━」


 宗次郎はまっすぐ剣城の目を見た。


「俺は、英雄になりたかったんです」


「なりたかった?」


「はい……もう諦めたんです」


 初代王の剣のように、強い英雄になりたい。


 否、絶対になる。


 そう思っていたのは、子供の頃の話。


 ━━━今更英雄とか、求められてなかったんだよな。


 母親に絵本を読んでもらっていたころは本気で自分の夢を信じた。絶対に叶えるという覚悟を持っていた。


 だからこそ、今までやってきた修行は全力で取り組んだ。剣術の鍛錬から波動術の訓練の全てに宗次郎は自信を持っている。毎日欠かさず、目的を持って自分を鍛え上げてきた。当然、その分だけ強くなった。


 けれど、師匠と大陸各地を巡って嫌と言うほど思い知らされた。


 宗次郎が暮らしている国がどれだけ平和なのかを。


 考えてみれば当然の話だ。宗次郎が憧れた物語は千年前の出来事。以後大陸は統一されている。過去に内乱が起こりかけたらしいが、それも百年以上も前の話。政治は安定しているし、外敵もいない。


 宗次郎が憧れた英雄など、居てもいなくても変わらなかったのだ。


「わからんな。それほどの強さであれば諦める必要などないだろう」


 剣城の疑問も最もではある。


 現代では英雄は不要だ。では戦乱の時代ではどうか。おそらく宗次郎の能力は喉から手が出るほど欲しいはずだ。時間と空間を操れる強力な波動。妖を倒すのにこれ以上強力な武器はない。


 しかし、重要な問題がある。


 宗次郎はこの時代の人間ではないのだ。


 もし宗次郎が活躍して名が知られれば間違いなく歴史を変えてしまう。過度な干渉は御法度だ。元の時代に戻っても世界が変わってしまう。


 だから時間と空間の波動は使えない。


 使ったら本当に取り返しのつかないことになる。


「言いたくないか」


 宗次郎は首を縦に振った。


「わかった。これ以上の追求はせぬ。だがな、お前に言いたくないことがあるように、我が王にもある」


「……」


「明日、時間をよこせ。我が王のことをもっと知ってほしい」


「俺があいつの友達になれると思うんですか?」


「さぁな。それはお前次第だ」


 ここにきてそっけない態度を返され、宗次郎はがっくり肩を落とす。


「じゃあ、最後にこれだけ教えてください」


 剣城が傾けた酒瓶が空になったのを見ながら、宗次郎は問いかける。


「あなたはどうして、大地に仕えているんですか? なぜそこまで大地に忠誠を尽くせるんですか?」


 宗次郎は未来から来た人間だ。故に大地がのち偉大な王になると知っている。それでも大地の態度に辟易しているのだ。


 今後を知らない剣城がなぜあんな態度の悪い少年に頭を下げていられるのか、宗次郎は不思議で仕方がなかった。


「そんなもの決まっている」


 が、宗次郎の疑問に剣城はあっさりと答えた。


「私は王を信じているからだ」


「は?」


 たったそれだけ? と宗次郎は首を傾げる。


 ━━━信じる? 信じるって何をだ?


 膨らむ疑問をよそに剣城が片付けを始める。


「私はお前より王を知っている。故に信じられる。あのお方こそ、人の上に立つべき存在だとな」


「……」


「だから、明日我が王についてもっと知ってもらおう。さぁ爺、もう行くぞ」


「あ。あぁ」


 若干ふらつく爺と、しっかりした足取りで離れていく剣城。


 剣城の言った意味はわからないが、信じるという言葉に引っ掛かりを覚えた宗次郎。


 結局、その引っ掛かりが分からないまま、襲って来た睡魔に身を委ねたのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ