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真実と真意と その1

「……」


 爺と大地に見下ろされる形になり、宗次郎は押し黙る。


 処刑の日程でも伝えに来たのだろうか。それはそれで困るのだが、もっと気がかりなことがあった。


 さっき、奴隷の少女といるところを見られた。本来立ち入ってはいけない場所にいたのだ。罰を受けるかもしれない。


「ふぅ。逢瀬の邪魔をしてしまったかな」


「なっ!」


 宗次郎の意図に反するように、爺がよっこらしょと地面に胡坐をかいた。


「べ、別にそういうわけじゃ……」


「恥ずかしがるな。悪いことではない。むろん、ここにいたことを口外したりはしないとも」


「……」


 朗らかに笑う爺に困惑していると、劍城も静かに腰を下ろした。


 何が何だかわからないうえ、やけっぱちになった宗次郎は手のひらの上に顎を置いて不貞腐れるように言った。


「それで何の用です? 処刑の日程でも決まりましたか?」


「そうではない。ちょっと付き合え」


 そう言って爺はちょうど三人の中心に見慣れたものを置いた。


 嫌な思いでしかない宗次郎はつい顔をしかめてしまう。


 それは、酒瓶だった。


「な、なんで……」


「飲めぬのか?」


「飲みません」


 飲んだことはないが、飲んだくれの師匠にえらい目にあわされてきたのでお酒にいいイメージは全くなかった。


「そうか……結構いい酒なのだが」


 本気で残念そうにした爺は劍城に顔を向けた。


「では、我々だけで飲むとしましょう」


「かたじけない」


 杯に酒瓶を傾ける爺。


 宗次郎はだんだん力が抜けてきて、しまいにはがっくりと肩を落とした。


「それで、何の用なんです?」


「……緒方の話を聞かせてもらおうと思ってな」


 杯を見つめながら、爺がぽつりとつぶやいた。


「葬儀は別の場で設けるが、さすがに酒は飲めないだろう?」


「それ、お酒は必要ですか?」


「必要だ」


 無口な剣城が口を開いたので、宗次郎はぎょっとした。


「こういう時こそ、必要なのだ」


「……はぁ」


 酒を飲んだこともない宗次郎はこれ以上何も言えない。


 宗次郎は軽く頭をかいてから、緒方の話をした。訓練での出来事、出陣後の様子、そして戦場での雄姿。


 奥儀を二度も放ち、最後まで前線で指揮をとり続けていたと。


 すでに三木谷に説明していたおかげが、胸にこみあげてくるものはあったものの涙はこぼれなかった。


「そうか……」


 話が進むにつれ、爺も剣城も飲むスピードが遅くなっていった。爺は目に涙を浮かべている。


「緒方は最期まで立派に戦ったのだな」


「はい」


 宗次郎が断言すると、爺は涙を拭って盃を持ち上げた。


 それに倣うように剣城も盃を掲げる。


「緒方、安らかに。あとは我々が引き継ぐ」


「……」


 宗次郎は一瞬ポカンとしたが、すぐにその行動の意味に気づいた。


 これは彼らなりの弔いなのだろう。傍目から見れば、話を聞いて酒を飲んだだけだが、二人にとってはこれで十分なのだ。


 たった二週間しか緒方と共に過ごしていない宗次郎には知り得ない、濃密な時間がその行為に凝縮されている気がした。


「少年」


 盃を下ろした爺と宗次郎の目が合う。


「緒方の話、感謝する。そして━━━」


 爺の顔が宗次郎の視界から消えた。


「本当に、すまなかった」


「!?」


 唐突に頭を下げられ、宗次郎は面食らった。


 いきなり頭を下げられて宗次郎は困惑する。

「い、いきなり何を」


「やはり我が王の振る舞いは無礼であった。この通り、許してほしい」


「……やめてくださいよ」


 こちらから謝ろうと思っていたのに、先に謝られてしまった。それも、本人の台地ではない人から。


「あなたが謝ることじゃない。謝るべきは━━━」


「わかっている。わかっているがな」


 爺はふぅとため息をついた。酒の匂いが辺りに充満する。


「あの方もあの方で苦労をされているのだ」


「……」


「その上で、お主にひとつ頼みたいことがあってな」


「はい、なんでしょうか」


「そのうえで、頼みがある」


「頼み?」


 宗次郎がオウム返しに聞くと、爺ははっきりと告げた。


「我らが王の友になってはくれぬか?」


「は!?」


「これ、大声を出すでない」


 たしなめられて慌てて口を閉じるが、意味不明理解不能だ。


 先ほどからあまりにも突飛な言動ばかりしているため、宗次郎の頭に爺が痴呆なのではとあまりに失礼な考えがよぎった。それを追い払うように頭を振ってから、宗次郎はつづける。


「なんでそんなことを……」


「陛下は私のような大人に囲まれてしまっている。それゆえ、おぬしのようにまっすぐ感情をぶつけてくれる相手がいないのだ。言いなりになる家来ではなく、導くための師でもなく、共に成長する友がな」


「だからって、ぶん殴った俺に頼みますか?」


「殴ったからこそだ。頼む、引き受けてほしい」


 再度頭を下げられる。宗次郎は困り果てて頭をかいた。


「すみません。やっぱり無理です。俺は……あいつを王として認められない」


 もしも『王国記』にある通りの皇大地だったら、むしろ宗次郎から仲良くしたいくらいだ。


 が、今の大地は願い下げだ。


「待て」


 唐突に隣から横槍が入る。声のした方を向けば、剣城がじっとこちらを見ていることに気づいた。


「何か?」


「お主、やはりこの国の人間ではないのだな」


「!?」


「剣城殿、それは」


「今更おぬしが敵国の間者とは疑わない。だが、国民でないのなら伝えねばならぬことがいくつかある」


「何ですか、それは」


「おぬしはこの状況をおかしいとは思わぬのか?」


 何がおかしいかと言われれば宗次郎がこの場にいることが一番おかしいのだが、そういうことを聞いているわけではないだろう。


 宗次郎が沈黙でわからないと伝えると、剣城が口を開いた」


「おぬしは陛下が王にふさわしくないといった。では、なぜあんな年端もいかぬ少年が王をやっているのか考えたことはないのか?」


「それは……」


「なぜ陛下があれだけ憎しみにとらわれているのか、考えたことは? なぜみすぼらしいテントで暮らしているのか、考えたことは?」


次から次へと質問攻めにされてしまい、宗次郎は口をつぐみ、首を横に振った


「剣城殿、そう、少年を責め立てるな。私が事情を説明する」


 爺が手を掲げて剣城を静止させ、改めて宗次郎に向き直る。


「おぬしもうすうす感づいているだろう・我々は……難民だと」


 言いたくないことを口に出すように、爺は空気を絞り出していた。



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