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戦いが終わって その6

「宗次郎」


 引地に稽古をつけてもらって半年余りのころ。酒瓶をあおっていた引地が唐突にこんなことを聞いてきた。


「お前はなんのために戦う? ヒック」


「英雄になるためです」


 当時九歳だった宗次郎は即答した。それ以外の選択肢がなかった。


「そうか。ではそのために人を殺せるか?」


「悪人であれば」


 この問いも即答した。もしも何の罪もない人を殺せというような人間であれば、そいつのほうが悪だ。斬るべきは命じた人間のほうだろう。


 迷いなく答える宗次郎に引地は薄笑いを浮かべ、さらに杯をあおって口元をぬぐい、こういった。


「では、英雄になるために死ねるか?」


「……できます」


 宗次郎は初めて間を置いた。


 死ぬ。英雄になるために。果たしてそれができるのか。死ぬことに実感が持てなかった宗次郎は返答に詰まった。


「ふふ」


 言葉に詰まってようやく引地は笑い、酒瓶を置いた。


「十年後も同じことを言えるか、楽しみだな」


「……」


 ふぃー、とにこやかに酔っぱらう引地に宗次郎は内心溜息を吐く。


 ━━━師匠は酒のために戦うんだろうな……。


「いてっ!」


「考えていることが丸わかりだ、この馬鹿弟子が」


 心を読まれたせいで、後頭部におちょこが直撃した。


 加えて、地面に散らばった破片の掃除までさせられる羽目になるのだった。


「……」


 懐かしい夢を見た宗次郎はゆっくりと目を開けた。


 見慣れた、そして一か月ぶりに見る真っ黒い天井が視界に映る。


 宗次郎はまたしても、檻の中に入れられてしまったらしい。


 ━━━今度こそ死刑かな……。


 もはやなつかしさすら感じられる狭苦しさに、宗次郎はぼんやりと思った。


 どこか納得している自分がいた。怒りに任せて思い切り殴ってしまったのだ。むしろ、殺せと大地が命令していたにもかかわらず、こうして生きながらえているのが奇跡といえるだろう。


「はぁ」


 思わず口からため息がこぼれた。


「大丈夫?」


「わっ!」


 唐突に話しかけられて宗次郎の体がびくりと反応する。


 顔を上げれば奴隷の少女が心配そうに宗次郎を覗き込んでいた。


「君はっ……」


 かつていじめられていたところを宗次郎が助け、以前おにぎりを分けてくれた少女だった。


「し、静かにして! こっそり来てるから……」


「あ、ごめん」


 慌てて口を塞ぐと、奴隷の少女はほっと肩を撫で下ろした。


「大丈夫?」


「うん、なんとか」


 精神的にはあまり大丈夫ではないが、そこを見せる気にはならなかった。


「それで、どうしてここへ?」


「戦いが終わったって聞いたから。様子を見に来たの」


 見れば、少女は以前と同じ包みを抱えていた。中身はおにぎりだろうか。


 そう考えたとたん、宗次郎のお腹がぐぅーと鳴った。


「ご、ごめん」


「いいよ。すぐに渡すね」


 少女はほほ笑みながら包みをほどき、鉄格子の間からおにぎりを差し出してくる。


 受け取った宗次郎はそのままおにぎりに食らいつく。だが、


「……」


 あまり食が進まない。お腹は確かに空いているのだが、前にもらったときより明らかに食べるペースが落ちていた。


「……お腹、すいてない?」


「平気。食べられる」


 がつがつ食べるだけの気力がないだけだ。その分、宗次郎はゆっくりと味わって食べた。


「君も一つ食べていいよ」


「いいの?」


「もちろん」


 前と同じだ。今宗次郎がどこにいるのかわからないが、きっと奴隷の少女が立ち入っていい場所ではない。ここまでおにぎりを運んでくれた少女の前でただ食べるなんてできない。


 その心遣いを、少女は宗次郎の食欲がないと判断したのか。何回かの問答を重ね、ようやく一つおにぎりを口に運んでくれた。


「……」


「戦い、大変だった?」


「まぁ、な」


 以前と違い口数が少なく、空気も重い。


 少女はとてもいいづらそうにしながら、口を開いた。


「どうして、捕まっているの?」


「……」


 言っていいものかどうか逡巡して、口を開いた。


「……実は、大地を殴っちゃって……」」 


「え!?」


 少女の目が驚愕で見開かれる。


 もしまだおにぎりを食べていたら、確実に地面に落としていただろう。


 食べ終わってからでよかったと思いつつ、宗次郎は恥ずかしくなって顔をそらした。


「ど、どうして……」


「まぁ、色々あったんだよ。色々」


 宗次郎は胡座をかいて腕を組み、そっぽを向いた。


「だめ。ちゃんと話して」


「っ……」


 いつも怯えている少女がなぜか強気に来る。


 宗次郎は折れて、これまでの経緯を話した。


 大地が緒方を侮辱し、それに怒って殴ってしまったと。


「ちゃんと謝らないと、ダメだよ」


「うぐ」


 あまりの正論に宗次郎がうめく。


「でも……」


 殴ったことを後悔していない。


 緒方は命の恩人だ。素晴らしい波動師だった。大地はそんな緒方を侮辱した。どんな理由があろうとそれだけは許せなかった。


 しかし、


『戦って死ぬのがそんなに偉いか!』


『死ぬために戦うな! 生きて、生き残って、国のために戦う道を選べよ!』


 大地の一言がずっと耳に残っている。


 ━━━そりゃ、あんな夢を見るわけだ。


 大地の発言は至極もっともなものだ。国王としては、戦って死んだ波動師より、最後まで生き残って国に支える波動師の方が優秀に写るのだろう。


 なんのために戦うのか。


 大地は国のために戦ってほしいと思っている。だが、


「大地のいうことも……一理、あるかもな」


 ただひたすら目の前の敵を殺し、殺し尽くして、自分も死ぬ。


 一緒に戦った波動師たちはそんな戦い方をしているように思えた。何せ一対一で妖と戦うのだ。戦闘中ですらまともじゃないと思ったのだ。大地から見れば俺たちは死ぬために戦っているようにしか見えないのだろう。


「なんのために戦うのか、か」


「?」


「前に、師匠に質問されたんだよ」


 今一度、引地からの問いかけを考える。


「俺は英雄になたかったんだ。誰よりも強く、多くの敵を倒せる英雄に」


 そう、英雄になりたかった。


 なりたいではなく、なりたかったのだ。


 確かに、憧れていた皇大地にはがっかりしたし、王の剣であろう剣城の実力のこの目で確かめられていないせいで落ち込んで入る。それでも、初心は変わっていない。


 そのうで、改めて自分に問う。


 英雄になるために、死ねるか?


 問うまでもなかった。


「なのに、俺はビビっていたんだ」


 自重気味の笑いが溢れる。


 ━━━俺は、死ぬ気で戦っていなかった。


 無論、宗次郎は妖を倒すために全力を尽くした。それは事実だ。


 だが。


 大地が死ぬために戦っていると判断したのは、波動師たちが文字通り死に物狂いで戦っていたからだ。それに比べれば、宗次郎は生き残ることを優先していた。


 その証拠に、


「俺さ、波動の属性を使わなかったんだ」


 檻の中で体育座りをしてうずくまる。


 時間と空間。まだ完全に扱いきれていないとはいえ、宗次郎の持つ属性は神にも等しい力を発揮する。時間の波動を使えばあらゆる動きは遅くなり、代わりに自身を加速できる。空間の波動を使えばあらゆる物体の位置を入れ替えることができ、空間ごと相手を切り裂けばどんなに硬い相手だろうと真っ二つにできる。


 二百体の妖など瞬時に殲滅できるだろう。


 では、なぜそうしなかったのか。


 燃費が悪いがゆえにガス欠対策? 扱いが難しいので、仲間を巻き込んでしまうと考えた?


 そのどちらでもない。


「俺は、怖かったんだ……」


 袖をぎゅっと握り締める。


『いいか。時間は過去、現在、未来に流れている。お前の力はその流れを強引に捻じ曲げる。いつか取り返しのつかない事態を起こすぞ』


 思い起こされる師匠の言葉が耳にこびりついている。


 今この時代、本来ならば宗次郎はいない。千年先の未来からやってきた、いてはいけない存在だ。


 そんな宗次郎が、もしも大活躍したらどうなるか? 時間と空間を操る波動を持っていると知られたらどうなるか? 


 師匠の言う通り、時間の流れを強引に捻じ曲げてしまう。過去に起こった出来事を改変してしまう。


 その影響は未来にも及ぶ。加えて、どんな影響が出るのか見当もつかない。


 もし。もしもだ。


 時間の流れが変わったせいで、剣城が死んでしまったら。大地が死んでしまったら。


 皇王国はなくなる。それどころか天修羅を倒せないかもしれない。


 そうなったら、この大陸は妖に支配されて終わる。


 宗次郎が元の時代によしんば戻れたとして、何かが変わっているかもしれない。


 それが、ただひたすらに怖かった。


 何より、


「俺が属性を使えば、緒方さんは死なずに済んだかもしれないのに」


 たらればの話をしても何にもならない。起きた事実は今更変えられない。


 なのに、どうしても後悔してしまう。そんな自責の念があるのに、緒方の死を侮辱されて大地を殴ってしまった。


 今の宗次郎は最低だ。


「そうなんだ……でも……」


 少女はうつむきがちに口を開いた。


「私は、あなたが帰ってきてくれて、よかったと思ってるよ」


「でも……」


 少女はうつむきがちに口を開いた。


「あの、よくわからないけど……私は、あなたが帰ってきてくれて、うれしかった」


「!」


 宗次郎は顔を上げると、少女は笑っていた。


 その笑顔は宗次郎にとって見覚えがのあるものだった。初対面に近いのでこの笑顔自体は初めて見たが、笑っている顔は宗次郎に懐かしい感慨を抱かせた。


「そうだな……うん。その通りだ」


 どんなに落ち込んでいても、自分が嫌いになりそうでも。それを子の少女の前で見せるのはあまりにもかっこ悪いと思

った。


 うじうじ悩むくらいなら、自分のやることをやろう。そう心に決めて、宗次郎は体育座りをやめた。


「ありがとう。落ち込んでばかりもいられないな」


「よかった。ちゃんと国王様に誤らないとダメだよ。きっと許してくれるから」


「そうかぁ?」


 誤るかどうかよりも、土下座をしたところで許してくれそうにない大地の件幕を思い出して宗次郎は首をひねる。


「うん。大地王子……じゃなかった。国王陛下はとっても優しい人だよ」


「……」


 宗次郎は思わず口をへの字に曲げそうになった。


 今までのやり取りで優しさのやの字も垣間見ていないぞ、という声が喉元まででかかる。


「陛下は本当は優しい人なの。国にいたころは、わたしたち奴隷にも分け隔てなく接してくださった。なのに、最近はみんな心配してる。大変なんじゃないかって」


「……わかった。謝ってみる。それと、おにぎりありがとう。美味しかった」


「うん。どういたしまして」


「気をつけてな」


「またね」


 手を振って少女を見送る。


「……ふぅ」


 少女が闇の向こうに消えたところで、宗次郎は一息ついた。


 精神的にも楽になったし、腹も満たされた。このままぐっすり眠りにつきたいところだが、そうはいかない。


 草を踏む音が二つ、近づいてくる。


 その主を視界にとらえ、宗次郎は目を丸くした。


 歩いてくるのは、爺と剣城だったのだ。


「邪魔をしてすまないな、少年」


「……」


「……こんばんば」


 宗次郎はなんとか言葉を絞り出すのだった。




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