戦いが終わって その3
「三木谷一、および元奴隷二五〇七号、まいりました」
「……入れ」
爺のくぐもった声を合図に、宗次郎と三木谷は中に入る。
━━━うわ。
ただでさえ残された家族を見て気が滅入っていたのに、さらに沈鬱な中の空気に宗次郎は若干身を引く。
慶次が大地の前で平伏し、爺と剣城が大地の両脇に控えている。
「来たか」
いつも不機嫌そうにしている大地にも疲れが見える。
宗次郎は心情が表情に出ないよう意識しつつ、慶次と同じように片膝を曲げて平伏した。
「三木谷一、まいりました」
「参りました」
元奴隷という扱いの宗次郎は名乗らないままだ。
思えば自分の名前を呼ばれないこの状況にもすっかり慣れてしまった気がする。
「話は長倉慶次より聞いている。妖の撃退数は二十を超えているとな。間違いないか」
「はい」
「本当か?」
やけに確認してくる大地に宗次郎はうつむきつつ顔をしかめた。
「本当です」
「お前ひとりで倒したのか?」
思わず返事に詰まる。
妖が共食いを始めるまでは宗次郎も一人で戦っていた。その間に倒した妖の数は一五。それから通路で倒した数は七。合計で二十二という計算だ。
しかし、通路に入って討伐した妖は慶次たちと協力して倒したものだ。宗次郎一人で倒したものではない。
「ふん、やはり二十体もの妖を倒したな、嘘だろう。お前のような子供が倒せるわけがない」
お前と同い年ぐらいだろうが、と言いたくなるのをぐっとこらえる。
「お恐れながら、陛下」
怒りに震える宗次郎を抑えるように、慶次が口を開いた。
「この少年が機転を利かせなければ、我々は全滅していたでしょう」
「それは先ほど聞いた。だが━━━」
「陛下」
たしなめるような発言をしたのは、爺だった。
「務めたものにはそれに見合った報酬を与える。これは上に立つ者の務めです。父君もそうおっしゃっていたでしょう」
「その通りです。今、この少年を奴隷に戻すなど明らかな悪手。緒方さん亡き今、戦力の低下は避けなければなりません」
「……はぁ」
宗次郎は眼を見開く。
爺と慶次からたしなめられた大地は、不満に思うでもなく、いつものように喚き散らすでもなく。
あきれたように溜息をついた。
「わかったわかった。好きにするがいい」
「陛下……」
「剣城、それでよいな? 軍事の最高責任者であるお前が認めればこの件は終わりだ」
「……よろしいのではないでしょうか」
低い声で剣城が認めた。
これで宗次郎は晴れて尾州の波動師として正式に認められた。もう奴隷に身を落とすことはなくなった。
だが、宗次郎の心は全く晴れていなかった。
「喜べ。これでお前は尾州軍の一員だ。死ぬまで働け」
「陛下……」
「ふん」
爺の発言にも耳を貸さず、更に大地は続けた。
「陛下、人事の方も」
「わかっている。剣城、お前のいう通り慶次を緒方の後釜に据える。三木谷、お前は慶次を支えろ。詳しい部隊編成は任せる。以上だ」
「陛下の仰せのままに」
「「仰せのままに」」
剣城に続いて慶次と三木谷が更に頭を下げる。
それに対し大地は再び鼻を鳴らした。
「今日はもう終わりだ。全員下がれ」
「いえ、まだです。陛下」
「何?」
立ち上がった大地を爺が止める。
「もう夕方だぞ。これ以上何があるというのだ」
「帰還した波動師たちに労いを。この度の戦では多くの死者が出ていますので、国民を安心させる必要があります」
「……」
「亡くなった波動師やその家族は、皆陛下を待っております。どうか」
爺が頭を下げたのがわかった。
テントに来る前に通った地獄を思い出す。
生きて帰ってきた波動師はごくわずか。無事に帰ってきてほしいと願っていた家族、恋人の多くは今絶望の淵に立たされているはずだ。
大切な人を失った経験は宗次郎にはないが、きっと今頃、現代にいる両親や妹だって悲しんでいるだろう。
自分たちの大切な人を守るため、国を守るために戦った人とその関係者には、人のうえに、国の上に立つ人間の言葉が必要だ。
そう説明した爺に対して、大地は、
「それは俺の仕事ではない」
と吐き捨てた。




