戦いが終わってその1
次に宗次郎が目を覚ますと、布団の上だった。
「っ……ここは」
見知らぬ天井。つるされたランプは見覚えがない。
そのままむくりと起き上がると、すぐそばに見知らぬ女性がいた。
「あぁ、目が覚めたんだね。よかった」
手を宗次郎に向けていた女性はほっとしたような表情を浮かべ、立ち上がった。
体調はどう? 目立った怪我はなさそうだから、波動の回復しかしていないの」
「あー……ばっちりです。はい」
なぜか露出の多い格好の女性に宗次郎は少し目をそらす。
女性の言う通り怪我はしていない。筋肉痛の鈍い痛みは残るが、体力は戻っている。
「そ、よかった」
にっこりとほほ笑んで女性はテントから出ていく。
━━━なんだったんだ……。
浮かんだ疑問の答えの代わりに、別の男性がテントに入る。
「それじゃ、今夜ね♡」
「おう。よっす少年。元気になったか?」
「三木谷さん」
黄色い羽織をなびかせた軽薄そうな波動師がやってくる。
宗次郎がまだ奴隷だったころ、緒方、慶次とともに宗次郎の様子を見にやってきた参人の波動師のうちの一人だった。
「おかげさまで」
「だろ? いい女に癒してもらうと元気出るよなー」
「はぁ」
「ま、俺の女だからいい女に決まってるけどな」
はっはっはと笑う三木元に宗次郎は再びはぁと気の抜けた返事をする。
三木谷は笑っているが、それが本心でないことはすぐわかった。
「……大変だったな」
「……はい」
重苦しい空気がテント内を包む。
戦いの目的である砦の防衛は無事に果たせた。
だが、失った犠牲が大きすぎた。
あまりにも。
「緒方さんの」
「?」
「緒方さんの最期はどうだった?」
しっかりとこちらを見つめる三木谷の宗次郎はしっかりと見返す。
「立派でした。最初から最期まで」
常に厳しく己と部下を律し、戦闘では常に前線で刀を振るい周囲を鼓舞し続けた。奥儀を二度も繰り出し、多くの妖を戦闘不能に追い込んだ。
緒方が攻撃を繰り出すたびに士気が上がり、言葉を投げかけられるたびに力がみなぎった。
平和な時代に生きた宗次郎にとっては無縁の存在だったからこそ、まぶしく映った。
「……そうか」
三木谷は天を仰いだ。
涙をこらえているのだとすぐに分かった。宗次郎もうつむくと涙が出そうになる。
実戦経験に乏しく、恐怖に負けた宗次郎を徹底的に鍛え上げ、実戦慣れさせてくれたのは緒方だ。初めての実戦でいつも通り身体が動いたのも、最終局面で頭が働いたのも、命を削りあう状況に身を置く経験ができたからだ。
だが、その緒方はもういない。
右の頬をぬぐって宗次郎は呼吸を整える。
しばらくして、宗次郎は口を開いた。
「それで、慶次さんは? 戦いのすぐ後に気絶しちゃって」
「そうか。あのあと━━━」
三木谷の話によると、通路で戦闘が終わった直後、砦で一泊し、そのまま本拠地まで戻ってきたそうだ。
妖は全滅。遺体は品斐の波動師が処理をしたそうで、数は間違いないそうだ。通路の損害も軽微なため、あの砦はまだまだ安泰といえる。
だが、尾州の被害は深刻だ。総勢四十名の波動師が出撃し、帰還は一三名。半数以上が命を落とした。
まして精神的支柱であった緒方を失ったのだ。勝ったのか負けたのかわからなくなる。
「お前たちはついさっき帰ってきたばかりだ。で、一番重傷だったお前をまず回復させたってわけさ」
「俺、そんなに危ない状態だったんですか?」
「波動が底をつきかけていたからな。それだけ活躍したってことだろう。珍しいぜ、あの慶次がこの子を助けてほしい、なんて血相変えて頼みに来るなんてさ」
「……」
宗次郎は蒲団の裾を握りしめる。
━━━また、助けられたな。
緒方に続き、慶次にも命を助けられたようだ。
それだけの活躍をした自負はあるが、それはそれとして、感謝の念は伝えたい。
「慶次さんは今どこに?」
「陛下に報告に行った。そろそろ戻ってくるんじゃ━━━」
「失礼します」
テントの奥から声がして、一人の兵士が入ってくる。
見ない顔だ。砦の防衛線に参加した兵士ではない。おそらく大地の護衛を主任務とする兵士だ。
「三木谷一様、元奴隷の少年兵のお二人。陛下がお呼びです。ご同行を」
「え? 俺も?」
以外に振り向く三木谷に対して、衛兵が無表情のままうなずく。
「ま、しゃーねーか。少年、病み上がりだけど行けるか?」
「行きます」
大地からの呼び出しとあっては応じないわけにはいかない。
妖を二十体倒せ。でなければ奴隷に戻す。
大地から一方的に告げられた条件を、宗次郎は見事達成した。
宗次郎は身体に鞭打って、暖かい布団から抜け出した。




