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初陣 その8

 傾いた日差しが崖に挟まれた狭い通路に入り込んでいる。


 真っ赤な夕焼けに照らされる、死骸、死骸、死骸。そのどれもが人外にして魔境、白い体躯を血と夕日で染め上げていた。


 そんな地獄の中で蠢く、五つの影。


「キィー!」


 白い体毛の猿が伸ばした腕を小さな人影が回避し、足首を切り付ける。


「オラァ!」


「ハァ!」


 二人の波動師が心臓と頭に波動刀を突き刺し、猿は沈黙する。


「はぁっ、はぁっ」


 地面に刺した波動刀に体重を預ける小さな人影、宗次郎は肩で息をする。


「次、次は……」


「おい、少年!」


 虚な目で立ちあがろうとすると慶次がやってくる。


「終わりだ! 敵は倒し切った! もう終わったんだ!」


「おわ、り?」


 頭がうまく働かない。視界はぼやけているし、慶次のいう終わったも何をさしているのか理解できない。


「もう戦わなくていいんだ!」


 そう耳元で怒鳴られたと同時、宗次郎は意識を失った。



 こうして。

 宗次郎の初陣、角根砦防衛戦は終わりを告げた。




 上がる土煙。立ち込める血の匂い。白い化け物を視界に捉えては、脚力を強化して距離を詰め、隙を見ては急所に切り込む。


 それをひたすら繰り返し、敵を屠り続ける。


 一瞬たりとて気が抜けない時間。生と死が交錯し、集中力が極限まで高まる時間。


 そんな中、もう一人の自分が声をかけてくる。


 ━━━どうして、属性波動をしようしない? 


 重く、冷たい、叱責するような声。


 ━━━時間と空間の波動を使えば、もっと多くの敵を倒せたはずだ。


 至極もっともな意見だ。


 特に空間の波動を使えば、空間ごと切り裂く斬撃により全ての妖を真っ二つにできた。硬い甲羅だろうがなんだろうが気にせず切り裂けた。


 だが、


「俺ならわかるだろう。あの波動は燃費が悪い。軽々しく使えるか」


 そう、時間と空間を操る宗次郎の波動は強力だが、代わりに波動を著しく消費する。まだ波動のコントロールがうまく行かない宗次郎は活強と剣術を使った方が楽に倒せるのだ。


 ━━━けっ、初めての実戦だからってチキっただけだろうが。


 小馬鹿にするもう一人の自分に少しイラつく。


「うるせぇ」


 ━━━そうだろうが。属性を使えば多くの敵を倒せた。んで、


 ここで一瞬、間を置かれた。


 ━━━多くの敵を倒せれば、それだけ多くの人を助けられたんじゃないか?


 宗次郎の胸にグサリと言の葉が刺さる。


 何人もの仲間が命を落とした。目の前で食われた人もいた。


 何より、陣頭で指揮を取り、皆を導き、自分を指導してくれた緒方が。


 何も言い残す暇すらなく、あっけなく死んでしまった。


 ━━━自分の命が大切だった、訳じゃねぇよな。お前、最初から使わないようにしてたろう。


 流石に自分だけあって、考えはお見通しだったようだ。


 宗次郎はこの戦いで波動の属性を使わないと決めていた。


 勝てると舐めていたわけではない。


 ただ、妖を二十体倒す目標を前に、なるべく長期戦でも戦えるよう調整しようとした結果だ。


 それに何より、


「いいか。時間は過去、現在、未来に流れている。お前の力はその流れを強引に捻じ曲げる。いつか取り返しのつかない事態を起こすぞ」


 師匠とかつて交わした会話。


 宗次郎はこの時代の人間ではない。だから、この時代に影響を与えるような行為は避けなければならない。


 時間と空間という強力な属性を持つ波動師がいたと知られてはならないのだ。


 ━━━ま、なんでもいいけどな。


 諦め切ったような声がしたかと思えば、気配が薄れていく。


 ━━━さ、目覚めの時間だ。


 脳内の声に合わせて、意識が一気に覚醒する。


「あ……う」


 感じたのは体全体の揺れ。


 そして、


「悪い。起こしてしまったか?」


「……」


 手足が投げ出すような感覚と、すぐ近くで聞こえる男の声に自分がおんぶされているのだと何となく自覚した。


 手も足も首も、というより体全体が鉛のように重い。波動もすっからかんだ。時間の波動を少し利用し、あとは活強しか使っていないのにこのザマである。


 何とか首をもたげて周囲を確認する。


 宗次郎の周りには生き残った波動師たちが整列している。


 皆ため込んだ日編をこらえて何とか立っている感じだ。その前には慶次がいて、砦の責任者である樋口と話し合っている。


「?」


 ふいに樋口と目が合ったような気がした。慶次と話し合っているのに、だ。


 すぐに目をそらされたため偶然なのか、意図的なのか読めない。疲れすぎて頭が回らない宗次郎。


「いいから寝てろ! お前に必要なのは休息だ!」


 そう言われると目が覚めたのが嘘のように眠気が襲ってきた。


「あ……さす」


 ありがとうございます、と言おうとしても言えなかった。


 おぶさってくれている人だって戦闘で疲弊しているのに。


 そう考えたところで、再び宗次郎の意識は途切れた。



 


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