初陣 その7
緒方の死により慶次は撤退を指示。それに合わせて全ての波動師が一様に行動を起こした。
回れ右をして、砦の方へと向かっていく。
「誰か、緒方さんをっ……」
「わかった!」
「少年、こちらに渡せ!」
緒方の遺体を二人の波動師に渡して、宗次郎は波動刀を構える。
「少年、撤退するぞ!」
「わかっています! 慶次さん、足止めを!
「言われなくても! お前ら!」
「はい!」
慶次の指示により、土の波動師が一斉に技を放つ。
「土刀の壱 土岩城壁!」
「水刀の参 瀑布天墜!」
大量の土が壁を作り、さらに水場を形成して足元を崩させる。
「よし、散れ!」
技を出し切った後は蜘蛛の子を散らすように一斉に走り出す。
ともかく今は全力で距離をとりつつ、祈るしかない。なぜなら、
「うおっ!」
宗次郎のすぐ脇を水鉄砲が掠める。
土岩城壁により妖の足止めはできるが、逆に敵がどの位置にいるのかは掴めなくなった。鉄砲魚のように遠距離からでも狙い撃てる攻撃に関しては、もはや運を天に任せるしかない。
「ぎゃあ!」
「うごっ!」
崖に到着するまでの、無限とも思える時間。その間に何人もの波動師が断末魔を上げて倒れていく。
「早く入れ!」
砦から戦場の荒野に続く道は狭い。つっかえている波動師を無理やり中に押し込みつつ、なんとか妖が来る前に全員を通路に入れる。
「慶次さん、通路を塞ぎますか!?」
「ああ、そうだ━━━」
「いえ、ここで戦います!」
宗次郎はまたも会話に割って入る。
「こんな狭いところで戦うつもりか!?」
「狭いからこそです! ここなら強制的に一体の妖に集中できます」
先程の戦場は荒野。隠れる場所も罠もない。となれば必然的に数と戦力で勝る妖側が圧倒的に有利になる。
だがこの通路は人が一人やっと通れるかという狭さ。他の崖は断がい絶壁で空でも飛べない限り登れない。妖は人より図体が大きいのに、この通路を通るしかないのだ。
「慶次さん。土の波動師に命じて、出口以外を少し広くしてもらえますか。人が三人並べる程度に」
「三人?」
「はい。四人の波動師で一体の妖を相手にできるように。まずはここにいる四人で戦いましょう」
殿を務めたのは宗次郎と慶次、そして慶次の側近であった土と雷の属性を持つ波動師二人。
「四人で、一体ずつ、確実に倒していきます。慶次さんは後方に交代要員を確保してください」
逃げ出した波動師たちのうち、およそ半分は宗次郎たちがくるのを待ってくれていた。宗次郎を含め数は十人といないが、この作戦なら持ち堪えられるだろう。
「……それは。そんな卑怯なことを」
「やれるのか?」
「卑怯だろうがやるしかないです。あの砦を守るために戦うんですから」
口ごもる慶次たちに宗次郎ははっきりと言い放つ。
「……俺が囮となって撹乱します。とどめは慶次さんと高橋さんに。牟田さんは土の波動で俺たちの援護を!」
「わかった」
「了解だ」
「まかせろ」
━━━よし、これでいい。これでいいはずだ。
宗次郎はこの四人の中で一番機動力がある。狭い通路でも小回りが効くし、波動の加護により間合いを完璧に見切れるため初見の相手にも対応ができる。また他の三人と比べて一緒にいた時間が少ない。なら、妖のみを相手に撹乱に回るのが得策。
水の波動を使う慶次と雷の波動を使う高橋は四人の中で攻撃力が高い。長い付き合いもある二人なら呼吸をある程度合わせられるはずだ。
牟田の土の波動はこの地形において援護に向いている。防壁を作る、崖の側面に足場を作る。臨機応変に対応できるはずだ。
━━━くそ、こんなに頭使うなんて……。
もしこの場に軍師。雲丹亀壕がいたらもっとマシな戦術を百は思いつくのだろう。
だがこれが今の精一杯だ。
「来ます!」
遂に、一体目の妖が通路へとやってきた。
「グゥあ!」
比較的小型の妖。四足獣型だ。おそらく速力に任せて突っ込んできたのだろう。胴体は狭い通路でつっかえているが、頭が蛇のそれになっている。
「シャアっ!」
蛇の頭が伸びる。それに合わせて宗次郎は前に出る。
「今です!」
こちらに向かってくる牙を波動刀で受け止めた宗次郎は二人に指示を出す。
「おう!」
すかさず慶次と高橋が伸び切った首を切断する。それで妖は完全に行動を停止。
「……うわっ!」
次に狙いを定めた瞬間、轟音とともに宗次郎は吹き飛ばされる。
「!」
通路の入り口に先程宗次郎が相対したカマキリ型の妖が突っ込んできたのだ。
亀型の死骸を食って手に入れた甲羅の硬さを利用して強引に体をねじ込み、鎌で狭い入り口を削っている。
「させるか!」
通路を広げられたら、一対一で戦うという作戦が破綻する。宗次郎はすぐに立ち上がって距離を詰めた。
「っ!」
広い場所では躱すので精一杯だった鎌も、狭い場所では動きが制限されているので見切りやすい。
大きく振り下ろされた鎌を躱し、地面に突き刺さった瞬間を狙って関節部分に波動刀を突き刺す。
蟹型の妖と同じ。甲羅の部分は硬いが関節はそうはいかない。
「今です!」
「牟田ァ!」
「わかってます! 土刀の弍 土岩鉄槌!」
慶次の吠え声に合わせて天井側の土を切り崩し、通路に突っ込んだ頭の上から土をかぶせる。
「グェ!」
土の塊に押し潰されるカマキリ型の妖。高い位置にあった急所、頭が下がった。
「水刀の弍 渦潮斬り!」
「雷刀の壱 雷斬!」
回転を加えした方向から切り上げる慶次と雷速の突きを繰り出す高橋が、カマキリの両目から脳を潰す。
━━━よし、この調子ならいける!
妖の数、残り十数体。残りの波動残量、体力を加味すればぎりぎりだが、やるしかない。
「おおおおおっ!」
これで終わらせる。その気合いを込め、宗次郎は吠えた。




