初陣 その5
視界に映る白とほとばしる赤い鮮血。もうもうと立ち込める月煙に血と臓物のにおいが混じり、鼻が曲がりそうになる。
「ハァッ!」
肺にたまった息を吐きだし、汗をぬぐう。
戦闘が開始してから一時間と少し。宗次郎はひたすらに妖を斬り続けた。何体斬ったのかは覚えていない。服のあちこちは汚れ、顔は血と汗でべとべとになっていた。
「うらぁ!」
飛び掛かってきた犬型の妖に向けて波動刀を振り下ろす。
鼻先から両断された妖が宗次郎の背後に落ちる。ボトリ、と肉の生々しい音を立てて。
━━━くっ……。
疲労が蓄積してきているからと言って休むことはできない。
宗次郎は意識を切らさないよう周囲に気を張る。
━━━よし。
地平線を覆いつくさんばかりに蠢いていた白い波は収まりつつあり、彼方には荒野の砂の色が見える。動いている妖の数は目に見えて減っていた。
━━━このままなら押し勝てる!
終わりが見えてきた分、宗次郎は疲労が少しマシになった気がした。
「ぎあぁ!」
「オボぇ!」
宗次郎の目の前で波動師が二人、上半身と下半身を真っ二つにされて絶命した。
「っ」
知った顔だった。訓練で緒方にしごかれたあと、体調を気遣ってくれる優しさを持っていた二人だった。
湧き上がる怒りをそのままに、二人を葬ったカマキリ型の妖に宗次郎は立ち向かう。
「何!?」
カマキリ型の妖は宗次郎には目もくれず、そっぽを向いて歩き出し、
なんと、死んだ妖の死体を食べ始めた。
ぐちゃぐちゃという肉を食む音に合わせて、先ほど首を切られた亀型の妖がピクピクと痙攣する。無視された怒りよりも疑問と恐怖心が湧く。
そして、変化が起こる。
「ばか、な」
白く輝く妖の体表が泡吹くように隆起し、小さな鱗が体を覆ったのだ。
━━━吸収、しやがったのか。
本来のカマキリにあるはずのない鱗には、亀の模様が浮かんでいる。
細胞吸収能力。妖を生み出す天修羅が持つ特性であり、強力な妖にも同等の力が出現する場合があるという。
結果、カマキリの凶暴性と亀の防御力を持った怪物が誕生した。
━━━これが、妖か!
知識として識るものと実際に目にするものの違いに愕然としつつ、宗次郎は冷静に波動刀を構える。
カマキリ型の妖は今では完全に宗次郎を捉えている。逃れることはできない。
━━━集中しろ、集中、集中……。
ここは戦場で、他にも妖はいる。それを差し引いても、目の前の敵から意識を逸らせば死ぬと本能が警告してくる。
「うっ!」
白い稲妻が走るより先に、宗次郎は勢いよくバックステップ。
電光石火で迫り来る白い鎌を何とか回避する。
━━━甲羅背負ってんのに速度が落ちてないとか、反則だろ!
食べられた亀型の妖を殺した宗次郎は、あの甲羅の硬さを知っている。蟹型と同じく波動刀が通らなかったから、仰向けに寝かせて倒したのだ。
そんな防御力を、波動師を一瞬にして二人も殺したカマキリが持っている。おそらく活強で強化して斬りつけても弾かれてしまうだろう。
「我こそは吾妻総悟なり! いざ尋常に勝負!」
「!?」
宗次郎と正面向き合って構えているのにも関わらず、わざわざ名乗りを上げて斬りかかる波動師が一人。
「何!?」
青色の羽織が示す通り、水の波動から繰り出される連撃。だがその全てが甲羅によって弾かれる。
「くそ!」
妖がゆっくりと方向を転換し、斬りつけた波動師を捕食しにかかる。
注意を向けられなくなった宗次郎は脚力を強化して一気に加速。鎌が振り下ろされるより先に、波動師を救出した。
「おい!」
「うるさい、耳元で怒鳴るな!」
間に合わなかったためタックルを仕掛けるように突っ込んだせいか怒鳴られた。
だが、
「戦いの邪魔をするな!」
「は!?」
「一騎討ちの邪魔をするなと言っているのだ!」
まったく、と吐き捨てて立ち上がるのを見送って、宗次郎はゆっくりと立ち上がる。
━━━そういう、ことだったのか。
宗次郎は戦闘中に抱いたかすかな違和感の正体がやっとわかった。
━━━こいつら、集団戦法を知らないんだ!
現代の波動師、八咫烏は四人一組で行動する。波動犯罪捜査部であろうと、討妖局であろうと同じ。三塔学院においても四人で行動するための授業があり、必須のカリキュラムとして組み込まれている。
宗次郎にとっても常識で、師匠に教えられるまでその理由を考えたことすらないほどに当たり前のことだった。
四人一組で戦う理由。それは、妖との戦いを優位に進めるためだ。
妖の力は強大だ。数の多さもそうだが、一個体としても並大抵の波動師では太刀打ちできない強さを誇る。
ゆえにこそ、妖を確実に、かつ損害を減らしつつ撃破するために編み出された戦法こそ、四人一組での戦闘行動だった。
━━━くそっ! なんで気が付かなかったんだ俺は!
だが。宗次郎はこの時代に来て、周りの波動師と呼吸を合わせる訓練を一度も行っていない。ただただ個人技を磨き、目の前の相手を叩き潰す意識を持っただけ。
宗次郎からすれば前時代的で原始的とも言える、正々堂々一騎討ちをする戦い方しか波動師たちは知らないのだ。
━━━闘技場の剣闘士じゃあるまいし……いや、今はそんなこと言ってる場合じゃ……。
「ぎゃあああああ!」
バリボリと嫌な音が頭上から聞こえる。見上げれば、先ほど助けた波動師は鎌に挟まれたまま、頭から食われていた。
「うっ!」
その光景に腹からこみあげてきたものをそのまま吐き出す。
━━━しっかり、しろっ。
腹と胸が焼けるような感覚にせき込みながら、気合を入れる。
「!」
異変が起きる。
カマキリ型の妖以外も転がっている仲間の死体を食べ始めた。示し合わせたかのように、一斉に。
結果誕生する、翅の生えた馬、鬣が鋭くとがった獅子、体毛が棘状になった狒々。
数こそ減れど、死んだ同類の特性を取り込み強化された妖が数十体。
ゴクリ、と思わず宗次郎は唾を飲み込んだ。
「怯むなぁ!!」
戦場に響き渡る怒号の主は、緒方。
戦闘開始時に上がった声に比べれば悲しいくらいに小さいものだった。
「緒方隊長!」
「隊長!」
怒号を聞きつけて戦っていた波動師たちが緒方のもとに集まってくる。
結果、再び対峙する形となる波動師たちと妖。これによりお互いの戦力がはっきりとわかる。
「敵は強大! それがどうした!! 数が減ったのならむしろ好機! 我らの武勇をここで示せ!!」
おおお! と鬨の声を上げる波動師たち。
だが、
━━━小さいっ……。
数時間に及ぶ戦闘で数を減らしたのは妖だけではない。精強だった波動師も減っている。
宗次郎は声を出さず、冷静に数を数えた。
妖の数は四十弱。数の上では大幅に減っているが、共食いにより強化されている。その力は未知数。
対して波動師たちは二十と少し。戦闘開始から半分以下にまで減ってしまっている。何より、
━━━みんな、疲労が……。
全員が肩で息をしている。隊長である緒方、慶次すらも。
━━━負ける。
宗次郎の頭にある考えが走る。
戦場にあってはならない思考。故に止めようと思った。しかし、
「!」
宗次郎は戦場後方、背後に視線をやる。
聳え立つ断崖絶壁。そして砦へとつつく小道。宗次郎の頭に戦場の全てのピースが揃い、一つの解を導き出す。
「目の前の敵を残らず殺せ! 全軍━━━」
「撤退だ!」
突撃、と緒方が吠える声に合わせて宗次郎は吠えた。




