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初陣 その3

 宗次郎たち尾州の軍が出立してから二日目の夜。


 ━━━お、見えてきたな。


 暗がりの向こうに高い壁が見える。あそこが角根砦で間違いないだろう。掲げられた旗には玄武が描かれている。信斐の旗のようだ。


「着いた」


「あぁ、やっと休める」


 波動師たちが小声でぼそぼそとつぶやく。安心感が広がり、空気が軽くなった。


 軽くなった足取りで砦に到着した宗次郎は、砦を見上げた。


 ━━━でか。


 高さは十メートル以上ある、石と木でできた巨大な砦。夜なので黒い塊のようにそびえている。


 ━━━ん?


 砦を見上げていた宗次郎は、窓からこちらを見下ろしている波動師たちと目が合った。


 今回合同で作戦を行う、信斐の波動師だろう。


「……」


「尾州波動軍第一分隊隊長、緒方拓磨だ! 開門願おう!」


 その視線に何か嫌なものを感じていると、名乗りを挙げた緒方に応えるように門が開かれる。


 ━━━あ。


 先頭近くにいたおかげで、宗次郎は門の内側に待っている人が目についた。茶色の羽織を纏った、恰幅のいい男だった。手に握られている波動杖からして、男は術師だとわかる。


「緒方殿、よくお越しいただいた」


「北山殿、お出迎えいただき恐縮です」


 緒方に北山と呼ばれた男は手を差し伸べて握手を求めた。緒方はそれに応えて手を握った。


「何の何の。協力していただくからには当然のこと。おや?」


 北山と目が合った宗次郎は、思わず身をすくめた。


 それは北山が怖かったからでもなく、ましてその視線に敵意が含まれていたからではない。


「子供までいるとは、尾州の軍はさまざまな人材がいると見受ける」


「……」


 北山の言葉に込められていた微かな侮蔑の意図が、視線にははっきりと込められていたからだ。


 言葉も明らかに皮肉が混じっているが、逆に何も言わない緒方に宗次郎は若干の恐怖を抱いた。


「ささ、長旅で疲れたでしょう。明日の作戦に向けて身体を休めてくだされ」


「……そうさせてもらおう」


 緒方に続いて宗次郎は砦の中に入っていく。


 ━━━やっぱり……。


 すれ違う波動師たちを見て、宗次郎の疑念が確信に変わった。


 嘲笑するもの、目を背けるもの。明らかに歓迎されていない。それどころか、馬鹿にされているとすら感じる。


「さ、こちらです」


 北山が案内してくれた部屋の中を見て、宗次郎は絶句した。


 何もない部屋に、安物の布団が敷き詰められている。敷居もない。本当にただ布団が並べられているだけ。


 この光景は宗次郎にとってデジャブそのもの。


 ━━━奴隷のテントと同じじゃねぇか。


 つい二週間前まで過ごしていた環境と全く同じ状況に、宗次郎は頭を抱えたくなる。


「お心遣い、痛み入る。よし、今日はここで寝るぞ」


 ━━━ええー!


 加えて、あっさりとこの状況を受け入れた緒方に宗次郎はついうつむいた。驚愕を隠しきれる自信がない。


 周りの波動師たちは緒方の指示通り、奥から順番に布団の上に荷物を置いていく。宗次郎も併せて行動に出る。


 ━━━これが普通、なのか?


 一緒に妖と戦う相手に対してこの対応。宗次郎からすればにわかには信じがたい光景だ。


 不安に駆られるように宗次郎は周囲を見渡す。


「……」


 言葉になっていない何も言わないその背中は、いつも通りと言えなくもない。


 なら、今宗次郎が何を言ったところで、わがままにしかならない。


 ━━━戦争中、だもんな。


 こんなものなんだ、と自分に言い聞かせて宗次郎は寝支度を整える。


「全員準備はできたな?」  


 十分ほどして緒方は部屋の中央から周囲を見渡した。


「では、就寝!」


 緒方の掛け声に合わせて電気が消される。


 宗次郎は暗がりのなか、モゾモゾと布団に潜り込んだ。



 真っ暗な部屋に、呼吸音だけが響く。しゃべる者は誰もいない。


 ━━━緒方さん、怖いもんな。


 緒方は規則に厳しい。この前、訓練に遅刻してきた波動師を制裁と称して殴りつけていた。それままだいい方らしく、違反者に切腹させたこともあると聞いたこともある。


 そんな緒方であれば、明日作戦があるのに夜更かしをしようものなら刀を抜いて襲い掛かってくるかもしれない。


 ━━━ま、だからこそ違反者が少ないんだろうけど。


 悲しいかな、宗次郎がいた時代では八咫烏が問題行動を起こす事件が少なからずあった。一般市民への暴行、強盗、収賄。波動師の風上にも置けない連中がいたのだ。


「……ふぅ」


 宗次郎は横になりながら息を吐く。


 ━━━また現代のことを考えてしまった。


 宗次郎は明日は作戦だ、戦うんだと自分に言い聞かせる。懐かしがっている場合ではない。


 まぁ、それはそれとして。


 ━━━なんか、やな予感するなぁ。


 砦についてからずっと感じていたモヤモヤを思い出しながら、宗次郎は眠についた。


 その悪い予感が、的中するとは梅雨知らずに。




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