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憧れと現実 その1

 宗次郎は千年前の時代へやってきた。


 憧れてやまない英雄、初代王の剣が健在の時代。初代国王となる皇大地が少年だった時代。


 妖と命をかけて戦っている、時代。


 そんな時代へタイムスリップしてきたのだから、当然、今まで通りの生活なんて送れるわけがない。


 それはわかっている。わかっているのだが。


「おら!」


 宗次郎はやり場のない怒りを持っていた大槌に込め、地面に杭を打ち込んだ。


「よし! 257号、本日の仕事は終わりだ! 上がってよし!」


「……ありがとう、ございました」


 そばで仕事を監督していた男が声を上げ、宗次郎は一息つく。


 そして、一日の仕事の成果を視界に入れた。


 ゆるい円を描くように打ち込まれた杭。その数、五百本。


「ふぅ……」


 いくら秋とはいえ、強い日差しの中での重労働は大いに堪える。


 宗次郎が千年前の時代に来て一週間。


 憧れの英雄と出会い、共に肩を並べて戦う。『王国記』を読んでしていた妄想がついに叶うかもしれない。


 はずなのだが。


 現代では貴族の長男だった宗次郎は、この時代に来て奴隷に格下げされてしまっていた。


 おかげで波動刀は没収され、日々を重労働に費やしている。


 ━━━なんだかなぁ。


 この時代に来て、憧れの英雄たちと出会えた。それは素直に嬉しい。


 だが代わりに、宗次郎は元の時代へ帰れなくなってしまった。もう家族に会うことも、師匠に立派な姿を見せることも、三塔学院に通うこともできない。奴隷として扱われているせいで戦うこともできない。


「おい、何をしている! さっさと待機所に戻らんか!」


「……」


 宗次郎はむすっとした顔をして、待機所と呼ばれる奴隷専用の巨大なテントへ向けて足を運んだ。





 

 時刻は夜。宗次郎はむすっとしながら夜ご飯を食べていた。


 ━━━不味い。


 食事の内容も宗次郎には不満だった。米はパサついているし、おかずは野菜のおひたしと小魚しかない。こんな食事では活力が出ないのだ。


「━━━はぁ」


「よぅ新入り。ため息なんかついてどうした?」


 現状の打開策が見つけられずにため息をつくと、別の奴隷が声をかけてきた。


 宗次郎と同じく両手に枷がつけられており。二四七と数字が刻まれている。


 ぼさぼさの髪を後ろでまとめ、無精ひげを生やした男だった。奴隷にしてはいい体つきをしているな、と宗次郎はぼんやり想った。


「別に」


 宗次郎はそっけなく返事をして、お椀へと箸を向ける。


「つれねぇなぁ二五七号。奴隷になったからって腐るなや」


「……わかるのか」


「そりゃあな。これでも歴は長いんだ。生まれついての奴隷かそうでないかの区別くらいはつくさ」


 いただきます、と両手を合わせた奴隷二四七強はこめをかっ食らった。


 宗次郎も箸でつまんだ飯を口に運ぶ。いつもより少しだけ味が感じられた。


「おい、逆らおうなんて考えるなよ」


「なんで」


「奴隷なんだぞ。這い上がるなんて無理さ」


 やれやれと肩をすくめて、二四七号は食事を始めた。


「お前はまだガキのくせに誰よりも仕事を早く終えやがる。それで満足しておけや。いったいどんな魔法を使ったんだ?」


「……別に、普通だろう」


 宗次郎は黙秘権を行使して、小魚を口に運んだ。


 何も不思議なことはない。波動術の一つ、活強を使って身体能力を強化しているだけのことだ。


 活強は身体の中で波動を活性化させるため、体外に出ていかない。よって色を判別されることがないため、一般人からするとわかりにくいのかもしれない。


「ふん、あの重労働を短時間でこなせる奴のどこか普通だって」


「それを言うならあの杭だってそうだろう。なんなんだあれ?」


「はぁ!?」


 二四七号は心底驚いたというふうに口を大きく開けた。


「お前、本気で言ってるのか!?」


「そうだけど」


「参ったな、どうやらマジで記憶を無くしてんのか」


「……」


 宗次郎は小さくため息をついた。


 他の奴隷にも何度か話しかけられたが、みんなこんな調子だ。宗次郎が感じた疑問を口にすれば誰もが


「そんなことも知らないのか」


 という反応をして哀れみの視線を向けてくる。


 記憶喪失ではないと説明する気力も失せるのだ。


「しょうがない。心優しい俺が一から説明してやろう。あれは防壁なんだとさ」


「防壁? あぁ、妖のか」


 それなら納得だ、と箸を口に運ぶと、二四七号が


「違うぞ」


 とあきれたようにつぶやいた。


「あれは隣国、信斐連邦への対策なんだとさ」


「信斐?」


 宗次郎は首を傾げた。


 宗次郎が生きていた時代こそ大陸は皇王国に統一されているが、この時代では大陸は七つの国に分かれて互いに小競り合いを繰り広げていた。いわゆる戦国時代と呼ばれ、波動師の多くは傭兵として国に雇われ、戦争をしていたそうだ。


 ━━━そうだ、思い出してきた。


 信斐連邦は大陸を治めていた国の一つだ


 その隣には、七つのうち最も小規模な尾州という国がある。


 『王国記』において皇大地はその尾州の王族とされていた。


「ってことは、ここにいるのは尾州の人たちか」


「そこからか。つーかお前だってそうだろ。あの戦いから命からがら逃げてきたんだろ?」


「戦い? なんの━━━」


 さらに詳しく事情を聞こうとして、


 ガシャン、


 と大きな音に遮られた。




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