運命の日 その9
宗次郎が想像していたのは、軍関係の施設だった。妖と戦う最前線の基地。多くの波動師たちが互いに強力しあい、妖との戦いに備えている。
常に命をかけて戦う戦士たちが、英雄がいる。
そう思っていたのだが。
「……は?」
目の前に広がっていたのは、地平線の彼方まで覆い尽くすテント。
そして、
「炊き出しだ。みんな整列してくれ!」
「おい、押すな!」
「子供、子供がいるんです……」
「怖い、怖いよう」
戦士どころか、刀すら握ったこともなさそうな子供、その母親と思しき女性、老人ばかり。大きな鍋をかき混ぜている男たちのところへ列を成して並んでいる。
「剣城、そいつは二軒屋に預けておけ」
「かしこまりました」
呆ける宗次郎をよそに、大地は老人と一緒に別の場所へ向かった。その先にあったものは……他のテントよりもやや大きく立派ではあるが、やはりテントだった。
━━━えぇ。
皇大地といえばのちに皇王国を建国する偉大な王。妖との戦いにおいても数多くの戦士を指揮していた。
それが、あんな見窄らしいテントで暮らしている?
宗次郎にはもはや理解不能だった。
「うおっ」
またしても剣城に檻ごと持ち上げられた宗次郎はテントの森の中を進んだ。
「……」
言葉が出なかった。
全員とも表情は疲れ切っていて、空気も重く澱んでいる。
「一体何があったんだ……」
妖との戦いで活気に満ちた軍人たちを想像していた宗次郎がポツリとこぼすと、剣城がその無表情を崩した。
「お前、覚えていないのか?」
「え?」
「……なるほど。どうやら爺の言う通り、本当に記憶喪失かもしれんな」
いや違いますけど、といいかけて宗次郎は口を閉じた。
口調に含まれた憐憫に何も言えなくなる。
やがて二人が進んでいくと、一際大きなテントが見えてきた。どうやら目的地のようだ。
━━━おいおい、大地が使っているやつよりでかいじゃないか。
なんで、と思ったが理由はすぐにわかった。
ぼろ布を纏った男たちがテントへ出入りを繰り返している。
つまり、大人数が中にいるのだ。
そして、この男たちはおそらく━━━
「おや、剣城殿。こんなところへなんの用です?」
そう思っていると、テントのそばにいた男が宗次郎たちに気づいた。
男は痩せこけていて、顔も細いネズミのような男だった。物腰の低い態度だが、どこか相手を見下しているような目つきをしている。
━━━え、俺この男に預けられるの?
「この少年を預かってくれ。陛下が奴隷だとおっしゃっていたのでな」
━━━マジかよ!?
宗次郎の願いは虚しいことに声になっても届きそうにない。
「だが、奴隷でない可能性もある。少年ゆえ丁重に扱え」
「ヒッヒッヒ。かしこまりました。この二軒屋めにお任せあれ」
にまぁ、といやらしい笑みを浮かべる二軒屋という男に宗次郎は心底ゲンナリした。




