運命の日 その6
「……あいつ……つもりだ」
「そもそ……かもしれないぞ」
「……すべきだ!」
「我が……それは」
「なら……だ!」
「妥当……」
遠くから聞こえてくる会話が宗次郎の意識をゆっくりと覚醒させていく。
━━━痛。
最初に自覚したのは腹の鈍い痛み。殴られた鳩尾がズキズキしている。
さらに揺れ。
ガタゴトという音に合わせて体全体が揺れている。
━━━何なんだ。
体に力を入れ、起こそうとした瞬間だった。
「な、なんだこれ!?」
両手を動かそうとしたら恐ろしく重い。それでも無理に動かそうとすると、ジャラリと重い音がした。
見れば、両手両足を鎖で繋がれているではないか。
「おいおい」
さらに宗次郎は自分が檻の中にいるということに気がついた。黒い鉄格子が無慈悲にも宗次郎の視界を縦に刻んでいる。
部屋の中も暗い。すだれがかかっていてかろうじて光が漏れている。
「むっ。くっ」
「おや。目を覚ましたようですぞ」
活強で何とか状態を起こすと、鎖の音で気が付いたのか、すだれの向こうから老人の声がする。
「よし、ここで降ろせ! おい」
続いてしたのはいらだちを隠しきれていない少年の声。
そして、
「うお!」
すだれから丸太のような太い腕がのびて檻をつかむ。
「わあああ!」
檻に入れられたままの宗次郎はなすすべなく外に出される。どうしようもない浮遊感と揺れから思わず悲鳴が出る。
「ぐえ」
そのまま地面に勢いよく降ろされたせいで宗次郎は天井に頭をぶつけ、締め殺された雄鳥のような声を出してしまった。
「━━━!」
涙で滲んだ視界に三人の男が立っていた。
一人は二メートル以上ある大男で、宗次郎を気絶させた張本人だ。檻ごと宗次郎を持ち上げたのも彼だろう。筋骨隆々という言葉がぴったりた。表情は完全に無で、こちらを見つめているだけで何を考え散るのかさっぱり読めない。
もう一人は初老の男性だった。こっちは大柄の男は完全に逆。体は細くおよそ戦士とは思えない。表情は何を考えているのかすぐわかる。困っているようでいて、さらに宗次郎へ同情を向けていた。
最後の一人に至っては、宗次郎とそう歳の変わらない少年だった。腕を組み、上から目線で宗次郎を見下ろしている。というより見下している。その瞳には抑えきれないほどの怒りが迸っていた。
「こいつか?」
「はい。そのようで」
少年が宗次郎を見据えていい、初老の男性が恭しく答える。
━━━何なんだ、こいつらは。
一見あべこべでなぜこの三人が一緒にいるのか全く理解できない。が、三人に共通していることが一つ。
それは、誰もが宗次郎をある程度警戒しているということだった。
「殿下、近づいては危のうございます」
「黙れ。俺が直々に調べる」
初老の男性の静止も聞かず、少年は木の棒を持って宗次郎がいる檻に近づいて━━━檻目掛けて棒をフルスイングした。
「うおっ」
「答えろ。お前はあの場所で何をしていた」
轟音と揺れに動じる宗次郎をまるで胃に解さず、少年は告げる。
「……」
「答えろ。でなければ檻ごと沈めるぞ」
なんと答えるか考えあぐねていた宗次郎はここにきて、自分の置かれた状況を理解した。
今自分が橋の上にいる。すぐ近くには川が流れている。
答えなければ、自分は死ぬと。
「俺は、ただ迷って━━━」
「嘘をつくな!」
ガン、と再び檻を叩かれる。
「答えろ! お前はなぜあの森にいた!? なぜこんな綺麗な刀を持っている!」
「あ!」
少年が握っていたのは、宗次郎が腰に差していた波動刀だった。
「おい、返せよ!」
「っ、痴れ者が!」
少年が檻をたたいていた木の棒を隙間から突き込み、宗次郎の右肩を強打する。
「奴隷の分際で!」
二度、三度と。突きは連続で放たれる。
「このっ」
痛みをこらえつつ、宗次郎はタイミングを計って突き出された棒を右の脇腹で挟んだ。
感情に任せた単調な攻撃で、かつ活強も使っていなかったからできた芸当。しかし、両手足を縛られて檻の中にいる宗次郎は反撃ができない。
「貴様……」
怒りで顔を真っ赤にする少年に、宗次郎は自分の行動につい疑問を持ってしまう。
次は波動刀で突かれるかもしれない。いや、檻ごと川に落とされるかもしれない。
が、少年が次に放った一言はその不安を月の彼方まで吹き飛ばした。
「その狼藉、俺が皇帝、皇勇次郎の息子、皇大地と知っても尚行うか!」
「……………………………………………………は!?」
たっぷり時間をかけて、宗次郎は口をポカンと開けた。




