運命の日 その4
「宗次郎」
頭の中に声が響く。
どこか気だるげで、それでいて一本芯が通ったような女性の声。
師匠の、声。
「お前に一つ、言っておくことがある」
「なんだよ」
師匠と共に旅をして間もない頃、宗次郎が師匠のダメ人間さにうんざりしていた頃。
やっと修行をつけてもらえると思ったのに、勿体ぶった言い方をしてきた。
「お前の波動、時間と空間に作用する波動は強力だ。大陸の長い歴史の中でも、お前ほど強力な属性を持って生まれた波動師はいないだろうさ」
今更そんなことか、と宗次郎は内心ため息をついた。
自分の波動が強力なことくらいわかっている。父も母も怯えていたし、何より自分自身もうまく扱えていないのだから。
「だからこそ、属性の扱いには細心の注意を払え。強力であるがゆえに一度暴走すれば取り返しのつかない事態を招く。はっきりいえば、人が死ぬ」
「……」
いつもとギャップはあるものの、言いたいことはわかる宗次郎はコクコクと頷いた。
「というわけで、まずは波動放出量をコントロールすることから始める。いいな? これから教えることをこの先も常に意識しろ。波動を放出させて暴走させるような真似はするな。わかったな?」
「はい」
これが、師匠から最初に教わったこと。
師匠はちゃんと宗次郎にとって大切なことを教えてくれたのだ。
━━━なのに、俺は……。
申し訳なさで身が縮む思いをしながら、宗次郎は顔を上げて目を開ける。
何も見えない。真っ暗な闇が広がるばかりだ。
目を閉じても開いても見える光景が同じという現状と師匠への罪悪感で気が狂いそうになる。
━━━いや、腐るな。落ち着け!
どういう理屈かはわからないが空気はある。宗次郎は大きく息を吸った。
━━━ここはどこだ。
宗次郎の体感では、現在の状態は浮いていると言わざるを得ない。地に足がついておらず、沈んでいるのか上っているのか、そもそもどこが上で下なのかという概念すらなかった。
このままどこに行くのかまるで見当もつかないが、何が起きたかは何となく想像がつく。
宗次郎の波動は時間と空間に作用する。であれば、あの黒い孔は時空のひずみのようなものだろう。
━━━とにかく、帰らなきゃ。
そう、帰る。さっきまでいた実験室でも、屋敷でも。なんなら師匠の元でもいい。
自分のいた世界へと帰る。
帰って、三塔学院に入学して、八咫烏となり、十二神将に選ばれる。
「俺は、こんなところで足踏みしてるほど暇じゃないんだ!」
自分が作り出した空間であるなら、自分の力で出られるはずだ。宗次郎再び波動を活性化させる。
黄金の波動が闇に光を灯すが、映すのは闇だけ。
本当に何もない空間だった。
が、
「あっ!」
見える。
遥か向こうに光が見える。宗次郎が放つ黄金の光ではなく、闇夜にただ一つだけ輝く星のような点滅する光が。
━━━出口だ!
宗次郎の喜びに応えるように、光はどんどん大きく、輝きも増していく。
「っ!」
そして光に飲み込まれた宗次郎は一瞬目を瞑り、再び開くと━━━目の前に、青空が広がっていた。
「うわああああああああああああ!」
青空の美しさに目を奪われるより先に、落下の感覚が宗次郎を襲った。
凍る背筋、引く血の気、さらに落下時に男性だけが味わう股間の感覚。叫びにそれら全てを乗せて、
「ぐはっ!」
落下の衝撃を背中で全て受け止めた。
「いつつ……」
痛みに耐えかねて背中をさすりながらうずくまろうとして、違和感に気づく。
草だ。
地面に草が生えている。
「……っ、ぁ」
痛みが引くにつれ、耳には鳥の囀りと枯れ木のさざめきが、鼻からは大地と植物の匂いが。
そして、どうにか上体を起こすと視界には生い茂る木々が。
「どこだよ、ここ」
途方にくれた宗次郎は思わず呟いた。




