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運命の日 その3

 宗次郎たちを乗せた車は首都の外れへと向かっていた。


 やがて辿り着いたのは白い壁が目立つ大きな建物だった。


「おぉ」


 駐車場から降りて建物を見上げるとその異様さに圧倒される。


「穂積様! ようこそお越しくださいました」


 慌ててやってきた研究員が父に頭を下げ、挨拶をしてきた。


「君が穂積宗次郎君だね? よろしく」


「どうも」


 差し出された握手に応じつが、宗次郎のテンションは低いまま。


 それは研究員の後について所内に入っても変わらなかった。見たこともない機械があちこちにあってウィンウィン唸りを上げている。中には波動師が参加している部屋もあった。


 唯一興味が引かれたのは立ち入り禁止の文字列だったが、入れるわけもなかった。


「所長、連れてきました」


「よし、入れ」


 署長さんの顔を宗次郎はよく覚えていない。君の波動は素晴らしいといとか稀有な才能だとか。聞き飽きたセリフを聞き流しす。


 それから宗次郎は今回の実験に関する内容を聞いて、少しだけがっかりした。


 どうやら宗次郎の波動を波動石に移して解析するらしい。つまり、宗次郎は波動を宝石に込めるだけ。


 実験体どころか、ただの実験材料。波動の技術向上につながるとはとても思えない。


 宗次郎は内心のがっかりとなんとか表に出さないようにしつつ、差し出された書類に署名した。


 そのまま所長自ら実験室へ案内してくれた。


「さ、ここだ」


 扉を開くと、数人の研究者が待ち構えていた。それぞれが何かの装置を向き合っていて、まさに実験の準備をしているところだ。


「ここから入ってくれたまえ、宗次郎くん」


「所長、波動刀は預かった方がよろしいのでは」


「うーん、まあいいんじゃないかな。持たせておいても」


 そのほうが波動を出しやすいだろう、とウインクしてみせる所長に軽く頷いて、部屋の中に入る。


 白い四角形で区切られた部屋だった。あまりにも無機質。生活感はまるで感じられない。


 唯一の家具は部屋の中央に備え付けられた椅子。背面には椅子の後ろにはこぶし大の宝石がはめ込まれた半円状のパーツが目を引く。


 この椅子に座り、波動を放出すれば機械が自動で宝石に波動を込めてくれるという代物だ。


「あ」


 椅子に腰を下ろした宗次郎はふと、ガラスの向こうにいる研究員たちに目をやった。


 こちらをじっと見ている研究員たちの中に一人だけ、女性がいた。


 しかも子供。背丈が宗次郎と同じくらいだ。白衣を着ているので宗次郎のような部外者とも思えない。


 ━━━何でこんなところに子供が。


「では宗次郎くん、座ってくれたまえ」


「は、はい!」


 疑問を口にするより早く、所長から指示が飛ぶ。


 言われた通り椅子に腰を下ろす。薄い座布団が最低限の柔らかさを臀部に提供してくれていた。


「では、波動を放出したまえ。量は君に任せる」


 よほどこの装置に自信があるのか。所長の声には挑発の意図が含まれている。ような気がした。


 ━━━よし。


 それならば、と宗次郎は目を閉じる。


 呼吸を整え、精神を落ち着かせ、身体を流れる波動に意識を向け、集中。


「ふっ!」


 宗次郎は目をカッと開き、波動を放出した。


 立ち上る波動は黄金の湯気のように。純白だった実験室を満たしていく。


 と同時に、宗次郎の背後からウィンウィンと装置が動き出す音がし出した。


 実験開始らしい。


 ━━━お。


 波動を吸収するという目的通り、放出した側から波動が吸収されていく感覚がある。どうやらうまく行っているようだ。


「すまない。少し抑えてもらえないだろうか!? 吸収が追いつかない!」


 慌てる所長に宗次郎は少しだけ満足感を得て、波動を抑えた。


 あとはこのまま波動を一定量出し続ければいいだけ。このままなら三時間くらいは耐えられる。


 ━━━余裕すぎてあくびが出るぜ。


 実際に寝不足なわけではないが、長時間車で移動した疲れから本当にあくびが出そう。


 そう、口を開きかけた時だった。


 ビーッと。


 装置がけたたましい音を奏で出した。


「なんだ!? 何事だ!」


「計器に異常を確認! 吸収値が振り切れています!」


「所長! 術式機構が起動しています!」


「なんだと!?」


 慌てふためく声がして、ガラス窓の向こうでは白衣が右往左往している。


 明らかな異常事態。宗次郎は波動の放出をやめてその場を離れようとした。


 だが、


「何!?」


 離れられない。


 体が動かないのではない。いくら波動を放出したとはいえまだ疲労は溜まっていない。足はちゃんと動く。歩けるのだ。


 なのに、離れられない。進んでいるはずなのに、壁との距離が全く変わらないのだ。


 ━━━まさか。


 宗次郎は慌てて振り返る。


 装置に取り付けられた宝石は宗次郎の波動を吸収し、眩いばかりに輝いていた。


 宗次郎の波動だ。


 暴走した装置が波動石にため込まれた波動で周囲の空間をゆがめているのだ。


「くそっ!」


 ならば装置を破壊する。宗次郎は腰の波動刀に手を伸ばそうとして、


 だが、


「あ」


 宗次郎が装置を破壊するより先に、時間の波動と空間の波動に混ざった。


 黄金色の波動がうねりを上げる。時間と空間が入り乱れ、圧縮され━━━真っ黒な穴が開いた。


 ━━━やばい。


 視線が黒い孔に吸い込まれた瞬間、背筋が凍った。


 あれはだめだ。あの中に吸い込まれたら、終わる。


 そう直感した。


「うおおおお!」


 が、直観で理解できても対処ができるかは別の話。


 宗次郎の体は徐々に孔へと近づいていく。活強でいくら脚力を強化し、地面を蹴ってもまるで無意味。


 黒い穴を中心にして周囲の空間が縮小している。近くにいる宗次郎ごと、空間を飲み込もうとしているのだ。


「宗次郎!」


 父の悲痛な叫びにハッと顔を上げる。


 慌てるような、何かに縋るような。いつも厳しく、ぶっきらぼうな父とは思えない表情に宗次郎は思わず手を伸ばした。


「とうさ━━━」


 言い終わるより先に、風が宗次郎の口を塞いだ。


 そのまま宗次郎の体は浮き、回転しながら穴へと吸い込まれる。


 大気を、否。周りの空間ごと。黒い孔は宗次郎を取り込んでしまった。





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