最後の最後で
「そっか、終わったのか」
「おう。バッチリだぜ」
宗次郎の端末に連絡を入れた玄静は、学院内で行われていた戦闘状況の停止を報告してきた。
曰く、学院内に侵入した天主極楽教の信徒は全員捕縛したと。また研究区画に潜んでいたスパイも燈の方で対処しきったらしい。
「正武家の方は捕まった?」
「どうにかな」
「んじゃ、回収班回すから。入り口のところまで運んできてくれ」
「了解」
電話を終了する。
「お」
起動画面にメッセージの受信通知があった。
シオンからだ。
「こっちも終わった」
「ふっ」
何より気がかりな結果でありながら、珍しく短い文章に宗次郎は笑う。
━━━舞友、シオン……。
ほっと一息つけたし、大切な家族が無事だとわかったので宗次郎の気力も戻ってきた。
「よし、行くか」
宗次郎は立ち上がってから、倒れている正武家を肩で担ぐ。
廊下を歩き、そろそろ階段を降りるところまできた。
「ふ、ふふふ」
「先生」
肩で担いだ正武家の振動が宗次郎に伝わる。
「私の。いや、私たちの敗北のようだな」
「……えぇ。侵入者も内通者も全て捕らえました。あなたの負けです」
宗次郎の胸に一抹の不安がよぎる。
圧倒的不利な状況の中で、なぜまだ笑っていられるのか。不思議でたまらない。
━━━まさか、まだ手を隠しているのか?
宗次郎は警戒のため、足を止める。
「そう警戒するな。もう終わりさ」
「……」
そんなことを言われても、今まで散々煮湯を飲まされてきた宗次郎にとっては気が抜けない。
「この作戦は私が考案したんだ。自信があったんだぞ? 精神感応に目覚めた生徒をたぶらかしてまで、学院内に混乱をもたらして下地を作った。さらに卒業試験の混乱に乗じての奇襲。学院内にテロリストのシンパが紛れ込んでいるなどと知りもしない連中には寝耳に水だっただろうな」
「それが、なんだっていうんですか」
「だからさ━━━私には、この作戦を起こした責任を取らなければいけないんだ」
「うぐっ!」
宗次郎の脇腹に走る、鋭い痛み。
短刀ではない。五寸釘にも似た、刺すためだけの暗記のようだ。
「おあっ!」
宗次郎は肩を押して距離を取り、右の脇腹に生えた釘を抜き去る。
ちょうど宗次郎は廊下の踊り場に、正武家が教室の扉前に位置する。
━━━このっ!
軽い傷だ。まだやれる。天斬剣を抜刀した宗次郎は手を停めた。
正武家が懐から何か取り出した。
━━━スイッチ、か?
手のひらで握られているそれは、上部に赤いボタンがある。
「最後だ。一つ教えてあげよう」
先ほどまで気絶していた人間とは思えない、晴れやかで憑き物が落ちたような表情に宗次郎はつい魅入られる。
「宗次郎、君は歴史が得意だったな。ならば君は知るべきだ。敵対している組織が何を目的としているのか。どのような歴史をたどってきたのかを」
「い、いきなり何を」
「ただのテロリストだと思っていると痛い目を見るということだ。このようにな」
正武家がスイッチを掲げる。
「これが、我ら天主極楽教だ」
宗次郎は空間と時間に作用する波動を持つ。機動力に関しては抜群で、その動きは何者をも捉えることはできないといわれるほど速く動ける。
しかし、いかに宗次郎とてスイッチを押すより早くは動けなかった。
「っ!」
とっさに動き出そうとするも、間に合わないと自分でも分かった。
押されるスイッチ。
何のスイッチなのかと思考が脳を駆け巡ると同時、しょうぶけの横にある空き教室から閃光が走った。
「ぐあっ!」
閃光に続く爆風、熱気、炎に宗次郎の体が吹き飛ぶ。壁に体を打ち付け、そのまま廊下の踊り場に戻される。
「な、な……」
なんとか上体を起こすと、目の前には信じ難い光景が。
崩れた壁、炎。
そして、正武家の姿はどこにもなかった。




