決着 その二
「ふぅっ、はぁ、はぁ」
倒れ込む正武家を寝かせた宗次郎もそのまま床に倒れ込んだ。
「きっつ……こんなに大変なのかよ」
波動を相手に流し込み、かつコントロールする。
宗次郎は体育祭で正武家に敗れてから、精神感応に対する対策を練ってきた。
それと同時に、自分にも正武家と同じことができたら対天部に所属した時に楽になるのではと考えていた。
自分が犯人を追いかける状況は自ずと発生するだろうから。
一方で、問題があった。宗次郎に精神感応の素養はない。正武家のように幻術を見せることはできない。
代わりに、宗次郎は自身の属性を使おうと考えた。
宗次郎の波動は時間と空間に作用する。波動を込めた物の時間と空間をコントロールできる。
ならば、宗次郎の波動を流し込んだ対象の時間感覚と空間認識力を操れるのではないか。
その仮説は大当たりだった。結果、宗次郎は勉強の合間に波動術の訓練を積んでいたのだ。眞姫と出会ってご機嫌な燈や鏡たちに付き合ってもらって。
━━━もしかしたら実技試験で使えるかもしれないと予想はしていたが、いきなり実戦で使う羽目になるとはな。
やれやれと肩をすくめ、宗次郎は気絶した正武家に目をやる。
「……」
静かに胸を上下させる正武家。その寝顔は穏やかなれど、対する宗次郎の顔は険しい。
━━━先生、なぜ。
正武家という家自体が天主極楽教の一員だった。
その事実をもっと深く噛みしめろ、とも。
正武家の発言の意味を考えようとしたところで、宗次郎の端末がなった。
宗次郎が正武家を捕まえたその少し前。
「死守だ! この門は何としても死守だ!!」
「たかが学生ごときに遅れをとるな! 攻めるぞ!!」
深夜二時にあるまじき怒号が響き渡る。
訓練区画と学舎区画を結ぶ連絡門を巡る戦闘はこう着状態にあった。
外部から侵入した天主極楽教の信徒は数こそ劣るものの、訓練と実戦経験を積んだ部隊。八咫烏とも互角に渡り合える集団だ。
対して学生たちは訓練しか積んでいない素人の集団だ。にもかかわらず互角の戦いを繰り広げているのは、士気の高さと指揮の巧さだった。
宗次郎が高めた士気を角掛会長はそのまま全生徒に伝えた。元々人望があった会長の指示に生徒は全力で応じた。
訓練区画と学舎区画をつなぐ三つの連絡門に、三つの大規模訓練場に集まっていた生徒たちを招集。指揮系統はそれぞれ、角掛昭、門之園義嗣、風紀委員長の実力者が務めた。
肝心なのは速度だ。教師たちが侵入してきた信徒たちを迎撃しているとはいえ、数では劣る。教師を振り切った信者たちが門に到着する前に到着し、陣を敷く必要がある。
それゆえ作戦もいたってシンプルに。剣士を前衛に、術士を後衛に配置し、試験で行われた組み合わせをベースに四人一組で一部隊を組ませる。
さらに角掛会長は二つの指示を徹底させた。
一つは防衛専守。門の死守のみを考え、信徒を倒すことは二の次とする。
二つ目は戦闘員の入れ替えだ。負傷した生徒はどのような軽傷であっても即時交代すること。
こうして戦端は開かれて数十分、互角の戦いを繰り広げていた。
信徒の一人が風の波動を纏った刀で斬り掛かれば、それを複数の生徒で迎撃する。
広範囲に及ぶ炎の波動術が迫れば、水の波動を操る生徒が複数人で術を放ち、相殺する
だが、
「まずいな」
前線で刀を振るっていた角掛会長は小さく汗をかいた。
押され始めている。保っていた均衡が天主極楽教側に傾き始めた。
いかにかまだ若いとはいえ、一日中筆記試験をこなし、さらに夜通し戦っているとなると体力が底をついてくる。まして実戦の緊張感を味わっているとなればなおさらだ。
生徒たちの動きは徐々にだが悪くなりつつある。
「どうしたみんな! もうへばったか?」
「っ、まだまだぁ!」
生徒全員が息を吹き返す。
まだやれる。角掛がそう確信した直後、
「ほう、大した統率力だ」
一際ガタイのいい信徒が目の前に現れた。
「お前、生徒会長の角掛明だな?」
「だとしたら?」
「お前から消す」
信徒全員の意識が尋常ではない威圧感となって角掛に向けられる。
今までは奇跡的に死者を出さずにやってこれたが、ここから先はどうなるかはわからない。角掛に一抹の不安がよぎったその時。
「残念、そいつは無理だね」
「なっ、誰だ!」
頭上から響く声に場にいた全員が上を向く。
連絡門の屋根の上に、いつの間にか人がいた。
その正体は、
「先輩?」
「よっ、明。お久ー」
屋根の上に腰掛けながら、陸震杖をフラフラとふる雲丹亀玄静の姿があった。
角掛は思わず顔をほころばせる。
作戦前、宗次郎から聞かされていたアドバイスを思い出す。
それは、戦闘ではなく時間稼ぎだけを考えてほしい、だった。
玄静は天主極楽教のスパイが学院に紛れているという情報をつかんだ以上、スパイを相当する作戦を考えているだろう。段取りの巧い玄静のことだ。万が一天主極楽教が攻めてきた場合に備えて部隊を動かせるよう、母良田巌に掛け合っている。
よって玄静の援軍が来るまで門を死守するように宗次郎は指示を出していたのだ。
「貴様、いつの間に」
「さっきからずっといたよ。気づかなかったかい?」
「援軍か。たった一人で何ができる!」
「そうだなー」
玄静はふわぁと欠伸をしてから、陸震杖を掲げる。
「君らをつぶすくらいはできるよ」
爆発的に展開される波動。響く地鳴り。
天を見上げていた者たちすべてが下を向き、さらに地面に膝をつく。
「うおおおおお!」
うねる大地が天主極楽教の信徒嶽を飲み込んでいく。
まさに逆転の一手。
数十名いた天主極楽教の信徒たちは首以外のすべてを地の底へと引きずり込まれていた。
「ふぅっ。ま、こんなもんでしょ」
「……」
誰もが言葉を失っていた。
あれだけ必死になって戦っていた相手を一瞬で、一撃で戦闘不能にして見せたその技量、その能力をどう表現してよいのか。
「すごいですね、先輩。俺たちがあそこまで苦戦した敵に、あっさりと」
「なーにいってんのさ。君らが戦ってくれてたから、僕の波動を地面に流し込めたんだ。ようはいいとこどりだよ」
玄静は手をヒラヒラ振って応えた。
「でも、他の連絡門にも敵が━━━」
「あー、ダイジョブダイジョブ。そっちの敵もさっきので捕まえてあるから」
またしても絶句する生徒一同。
連絡門同士はキロ単位で離れている。玄静は中央の門から左右キロ単位で離れた個所まで波動を流し込み、かつ土壌を操ったというのか。
「これが、雲丹亀玄静……」
女子生徒の一人がぽつりとつぶやくと、玄静は得意げに鼻を鳴らし、
「さて、あっちはどうなってるかな」
研究区画のほうへ顔を向けた。




