復活
長い間使われていない地下の訓練場に走る二つの人影。
燈と里奈が縦横無尽に駆け回る。
「シっ!」
水流のように滑らかな動きで里奈が迫り、回転を加えた横薙ぎを繰り出す。
燈は上体をそらして回避。さらに繰り出された突きと袈裟斬りを避けてバックステップで距離を取る。
「水刀の参! 濁流舞!」
里奈の属性である水の波動が鋭い刃となって襲い掛かる。
大量の水がうねり、渦巻き、広範囲に広がる。
「はあっ!」
燈は自身の波動を活性化させ、里奈が放つ水を全て凍てつかせる。
「さすが第二王女殿下。凄まじい腕前ですね」
「あなたに褒められても嬉しくもなんともないわ」
戦い始めて数十分が経過。二人とも若干の疲労が見え始めている。
本来なら、王族の生まれであり、最年少で十二神将に選ばれた燈にとって里奈は敵ではない。生徒会副会長で優秀な成績を収めているとはいえ、だなのに戦いは互角。
その理由は━━━
「やはり波動刀がないのは辛そうですね」
真実を突かれた燈は言い返せない。
徒手空拳で刀を手にした相手と戦うのは非常に不利だ。戦いに重要なファクターである間合いの長さにおいて、燈は圧倒的に負けている。
さらに金属は波動を増幅させる機能があるため、波動刀がない燈は波動術のキレが落ちていた。
━━━属性の相性もあまりいいとはいえないわね。
氷と水。互いに相乗効果があるため協力するには強力な組み合わせだが、敵対するとなるとこの上なく厄介だ。攻撃しても属性が影響しあい十全に威力を発揮できない。
当然と言えば当然だが、波動術は攻撃を遠距離まで届かせようとすればするほどコントロールが難しくなる。そして優れた波動士であれば属性が近くなれば自身の波動を使って相手の術を乗っ取ることも可能だ。
互いに手詰まりのまま、ただただ時間が過ぎていく。
━━━これ以上、時間をかけてはいられないわ。
一気呵成に攻めるか。それとも相手の攻撃にカウンターを仕掛けるか。
どちらにも対応できるように、またどう攻めるかを悟られないように燈は徐々に距離を詰めていく。
そこに、腹に響く爆発音が複数響いた。
━━━まさか、もう?
燈はわずかに冷や汗をかいた。
対天部に所属してから天主極楽教と繋がりのある貴族を調べていた玄静は、燈から学院内で起きている事件について情報の共有を受けた。結果、三塔学院に内通者がいるかもと思い当たった。
三塔学院は王国内で唯一、波動士を育成できる学術機関だ。国家転覆を図るのであれば確実に目をつけるはずだ、と。
結果、内通者と思しきリストと天主極楽教の襲撃を予想した報告書をメールで送ってきたのだ。
報告書に目を通した燈は学院内の事件を天主極楽教によるものと断定した。
里奈から送られてきた脅迫状には、学舎区画の校舎を指定しておきながら、研究区画にいる眞姫を狙うとあった。つまり相手は複数犯である可能性が高い。
里奈の背後に天主極楽教がいるのなら、玄静の報告書とも内容は合致する。
故に天主極楽教の襲撃がくる前に里奈を倒し切りたかった。だが━━━
「びっくりしました。なんです、この爆発は」
「え?」
里奈は爆発について初耳であるかのように反応し、その反応に燈はもっと驚いた。
━━━知らない、の?
里奈が天主極楽教と繋がっているのなら、襲撃について知っているはずだ。
なのに、里奈の反応は初見のそれだ。
疑問に思った瞬間、放送が流れる。
「緊急連絡。緊急連絡。壁面に爆発の光を観測。場所は学舎、研究、訓練三区画それぞれの連絡門及び訓練区画の外壁部。各教師はそれぞれの業務を中止し、現場へ急行せよ。なお外部からの侵入者ありとの報告も受けている。注意されたし」
「━━━侵入者、ですか」
里奈はにんまりと醜悪な笑みを浮かべた。
「なら、今ここで殿下が倒れても侵入者の仕業にできますね」
「そう簡単にいくかしら」
里奈の挑発自体は何てことはない。
問題は、
━━━眞姫。
里奈との繋がりがない以上天主極楽教の意図は不明。裏を返せば、もし研究区画に侵入された場合、眞姫を狙われる可能性は大いにある。護衛の清尾は優秀だが、複数相手となると眞姫を守り切れるかどうか。
嫌な想像が頭によぎった瞬間だった。
「意識を逸らしましたね?」
「っ!」
いつの間にか目の前に里奈が迫っていた。なんて静かな活強、と驚嘆する間もない。
振り抜かれる波動刀。活強を使ってバックステップするが間に合わない。
傷を負う。そう覚悟した時だった。
「炎術の肆 火龍槍!」
「くっ!」
凛とした声と共に炎の槍が放たれた。燈に斬りかかっていた里奈は急制動をかけ、波動刀に水をまとわせて波動術を相殺する。
その隙に燈は活強を使って離脱し、自分を救ってくれた恩人を見つける。
「舞友!」
「遅くなりました。燈」
訓練場の入り口。波動杖を構えた舞友がそこにいた。




