女同士
燈は指定の時刻に合わせて十二学舎に向かった。改築予定があるため立ち入り禁止のテープがあちこちに張られている。活強を使ってテープを飛び越えた。
━━━こんな事態でなかれば楽しめたでしょうね。
深夜の学舎は人気がまるでない。なおかつ立ち入り禁止の場所に入るという行為が燈の神経を昂らせる。
何かいけないことをしているような背徳感を振り払いつつ、前に進む。
燈は壁に背を預けるようにして学舎の中に入った。
使い古された校内が月明りを受けてぼんやりと光っている光景は、どこか幻想的だ。人気のなさからくる静けさがさらに助長している。
━━━罠の類は……ないみたいね。
周囲に集中しつつ燈は夜の校舎を下へ下へと駆ける。
手紙で指定された教室は地下にあった。学舎区画において数少ない、波動術が使える教室だ。通常は訓練区画でしか波動術は使えないが、下級生が基礎訓練をする際に使われる。
「フゥ」
ドアノブに手をかけ、緊張した面持ちでゆっくりとひねる。
地下特有のひやりとした空気が髪を撫でた。部屋の中は小さな明かりがついているだけで廊下以上に薄暗い。
広い教室の中心にたたずむ数納里奈が笑顔を向けてきた。
「燈殿下。こんばんは。ご足労頂き感謝します」
「御託は結構よ。舞友を返しなさい」
ぴしゃりと言い放ち、燈はあえてカマをかけた。
シオンは里奈に気づかれないように舞友を助け出したと言っていたが、燈は疑っていた。偶然にしては出来すぎているし、もしシオンが里奈と共謀していた場合二対一で圧倒的に不利になる。
「いいですよ渡してあげても。ただし、殿下のお心次第ですが」
余裕の笑みを浮かべる里奈。どうやらまだ舞友が手元にあると信じているようだ。
━━━信じて、いいのかしら。
シオンは今波動を抑え、気配を殺してこちらの様子をうかがっている。
ならば燈は里奈を捕まえ、舞友を目覚めさせる方法を聞き出す必要がある。
「あなたの望みは何なの」
「単刀直入に言うと、見逃してほしいんです」
あまりに厚かましい願いに怒りを通り越してもはやあきれが出る。
「あなた、仮にも数納家の人間でしょう。一般市民から波動を奪うなんて卑劣な真似をして━━━」
「……私は、波動を奪っていたわけではありません」
先ほどまでの余裕はどこへやら。力のない声で否定する里奈。
深海のような悲しみを燈は感じた。
「私は誓って彼らを傷つけてはいません。むしろ救っているんですから」
「救う?」
「殿下も一度は悩まれたことがあるのではないですか? 家族について」
コツ、コツと里奈の歩く足音が響く。
「王位継承権をもつなかで珍しく母親は武家の、それももとは貴族ですらない家の生まれで。周囲から見下されてきたのではないですか? “冷血の雪姫”なんてあだ名をつけられて、兄妹たちから疎まれているのではないですか?」
足を止め、里奈は告げた。
「私なら、殿下の悩みを和らげることができますよ」
「結構よ」
里奈の提案を即座に却下した。
「あなたの言う通りよ。私は王族に生まれたがゆえの苦しみを味わい、悩んだ。でも、なくしたいと思っていないわ」
兄弟たちとの仲は良くない。それは王城で茶会を開いたときにも改めて自覚している。
加えて、燈は兄弟の内誰かが母親の殺害に関与していると考えている。
恥ずかしい話だが、逃げ出したくなったときもあった。
だが、今は違う。
燈には信頼できる剣がいる。もう一人ではない。
「あなたには舞友を目覚めさせてもらうわ」
「……仕方ないですね」
静かな教室内に鋭い抜刀音が溶けると同時に緊張感が満ちる。
相いれないもの同士の戦いはこうして始まった。




