行ってくる
「な、なんで」
「偶然にね〜。借りてた本、図書室に返し忘れちゃってさ。んで今日返しにいったら、なんか副会長? だったかがちょうど結界張っててさ〜。何事かと思って、気配消して様子を伺ってたの」
ふ〜暑い暑いと言いながらシオンは宗次郎座っていたいすに座り、手でパタパタと顔を煽った。
「そしたら舞友っちが来てさ。会話したあと、副会長が舞友を気絶させちゃったの。で、そのまま十二学舎に連れ込んじゃったから、隙を見て連れ出したってわけ」
空いた口が塞がらないとはこのことか。
なんと、シオンは人質を救出していた。それも、ただの偶然で。
「あ、ありがとう」
「ちょっと。驚くか感謝するかどっちかにしなさいよ」
シオンは苦笑してから、真剣な表情になる。
「それに、感謝されるのはまだ早いって。まだ舞友っちの容体はわからないんだから」
「……何をされたかわかるか?」
「さぁ? 距離を取ってたから、会話も聞き取れなかったし。外傷はないから、おそらく精神感応の類としかわからないわ」
「幻術かしら?」
「うーん、多分違うと思う。つか、ただの幻術だったら舞友っち一人でなんとかできるっしょ。それよりもさ、私にも状況を共有して来んない? ここまできて仲間外れはないっしょ」
「……わかったわ」
燈は渋々といった様子でシオンに状況を伝える。
「……」
宗次郎は布団に寝かせた舞友に視線を送る。
━━━ほんと、やってくれるぜ。
宗次郎は舌を巻いた。
燈たちが里奈を容疑者と定めてから捜査に一ヶ月もかけたのは、確たる証拠がなかったからだ。見張っていればそのうちボロを出すかもしれないし、被害者が出なければ疑いはさらに強まる。他のメンバーに状況を共有して、さらに追い立てることもできただろう。
だが、今回はそれが裏目に出た。
同じ生徒会で、親友だからか。それとも兄弟揃ってわかりやすいのか。里奈は自分が疑われていると気づいた。
自分が犯人だと気付かれて相当焦っただろう。なのに何の手も打ってこない。まだ舞友の直感でしかないのだから当然と言えば当然だが、里奈はその事実にも思い当たった。
だから舞友だけを呼び出したのだ。さらに舞友を手中に収め、燈に手紙を出した。
内容からして燈の弱点も見抜いている。
副会長の数納里奈は状況をよく理解しているのだ。
「そーゆーことね。じゃ、私も協力してあげよーじゃない」
「……シオン」
「いいじゃない。乗りかかった船だし。何より━━━舞友っちへの落とし前はちゃんとつけてもらわないとね」
フンと鼻を鳴らすシオンに宗次郎は思わず以外そうな顔をする。
「何、宗次郎その顔。なんか文句でもあんの?」
「いや、いつの間に舞友と仲良くなったんだと思って」
眞姫のお茶会に一緒に来ていたことは知っていたが、二人の接点はそのくらいしか知らない宗次郎だった。
「ほんと、何にもわかってないんだから」
そんな宗次郎にシオンはため息をついて、
「どうする? 燈のフォローに入った方がいい?」
「いえ、大丈夫。それより舞友の状態を見てあげて。この三人の中で精神感応の腕が一番立つのはシオンだから」
「……りょーかい。でも、目覚めるかどうかは賭けよ。舞友っち本人によるところが大きいんだから」
「それでも、頼む」
宗次郎はシオンに頭を下げた。
「任せてって。できることは全部やるから、捨てられた子犬みたいな顔しないの」
そんな顔してたのか、と宗次郎は自分の顔をペチペチと触る。
「あんたはさっさと試験場に戻りないさいよ」
「でも━━━」
シオンの人差し指が伸びて、宗次郎の口元に触れる。
「多分だけど、舞友っちは自分のせいで宗次郎が試験を受けなかったって知ったら、ショックを受けると思う。責任感が強いし、自分を攻めちゃうタイプだかんね」
「……」
「だから、あんたは試験を受けて。アタシらと、舞友っちを信じて」
宗次郎はシオンから視線を逸らし、舞友を見る。
今までの被害者と同じく、ただ眠っているようにしか見えない。違う点があるとすれば、波動の衰弱は見られない。
今までの被害者のうち最も深刻な被害は波動の減少とそれに伴う記憶の混乱だ。その点からすれば、今の状況は安全とも言える。
だが目覚めないのは明らかに異常だ。今までと違う何かが起こっている。
なのに宗次郎に打てる手立ては全くないのだ。
「宗次郎」
悔しさに震える宗次郎に声をかけたのは燈だった。
「私もシオンの意見には賛成よ」
「燈」
「これを見て」
燈から端末を手渡される。画面には玄静からのメールがあった。
「! これは!?」
内容に一通り目を通した宗次郎は手にした端末を落としかけた。
「ついさっき届いたメールよ」
「……」
「アタシも見てもいい?」
「いいけど、口外しないでよ」
「わかってるって」
宗次郎から渡された端末に目を通すと、シオンの顔から笑顔が消えた。
「いっておくけど、アタシは何も知らないわよ」
「でしょうね。あくまで可能性が高いというだけだから。でも、真実だとしたら大変なことになる」
蒼い相貌が宗次郎を捉える。
その視線は、どうする? と語りかけてきた。
「あくまで可能性、なんだよな」
「……そうよ」
正直、メールの内容が衝撃的すぎて試験をまともに受けられる気がしないので、副会長の里奈と戦いたい。舞友の目を覚ます方法を聞き出したい。
だが。
「……頼む。妹を助けてくれ」
宗次郎は頭を下げた。
「もー固いよ宗次郎。任せなって。ちゃんと副会長とっ捕まえて、舞友っちの目を覚ます方法を聞き出してあげるから。燈が」
「燈がかよ!?」
「あなたねぇ」
「だってアタシ、能力を一定量封じられてるし。前戦ったときみたいな実力は出せないから。今回はサポートに徹するわ。第一、呼び出されてるのは燈でしょ?」
やれやれとため息をつく燈。和んだ場の空気に宗次郎もホッとする。
「おーい、宗次郎!」
廊下の方から会長が呼ぶ声が聞こえる。そろそろ時間だ。
「じゃ、行ってくる」
「気をつけて」
「がんばってね!」
三者三様の挨拶をして、宗次郎は扉から、燈は窓から部屋を出た。




