このままじゃ
「やめ」
今日何度目かの教師の声を聞いて、宗次郎はペンを置いた。
午後五時。全ての試験科目が終了した。
━━━もう何も考えたくねぇ。
文字通り全身全霊で試験に挑んだ宗次郎。頭は完全に茹っており、体の力は抜けきっている。
回収されていく答案用紙に名残惜しさは微塵もない。
教室にいる全員と同じく、宗次郎は立ち上がってカバンに荷物をしまい始めた。
問題用紙には回答を書き込んであるが、正直自己採点をする気にはなれなかった。
筆記試験は終了したが、本番はこれから。残る実技試験は二時間の休憩を挟んだのち、夜中に行われるのだ。
八咫烏の任務は夜中に行われることもある。それを見越してのことだ。終了時刻は明日の午後零時。休憩を何回か挟むとはいえ、夜通し行われるのだ。
━━━しんどいわぁ。
何がしんどいかといえば、筆記試験が終わってすぐに行われるところだろう。さすが最難関の試験と言われるだけある。
不確かな足取りで帰路につく。バスのなかで角掛会長と門之園会計とあったが、互いに口数は少なかった。流石の会長も疲労しているらしい。
宗次郎も空いた座席に座ると、すぐに眠りこけてしまった。
「おい」
生徒会棟の近くの停車場で門之園会計に起こされた。
礼を言ってバスを降りる。
大の男三人が揃いも揃って生徒会棟に帰ってくると、出迎えてくれたのは門之園朱里だった。
「兄さん、会長、宗次郎さん。お帰りなさい」
「あぁ、ただいま。朱里」
真っ先に微笑む門之園会計。
「出迎えありがとう、朱里。里奈と舞友は?」
「わかりません。お二人とも朝から出かけておりますので。もしかしたら出かけられているのではないでしょうか」
疲れ切った宗次郎の思考に火が灯る。
そうだった。自分のことばかり気にかけている場合じゃなかった。
「それと、宗次郎さん。先ほど燈さんが呼んでいました」
「わかりました。それじゃ、お先に」
宗次郎は小さく会釈して、階段を登っていった。
「どうぞ」
ノックすると、いつもより細い返事。
ドアノブを捻って中に入ると、椅子に座って覇気なくうなだれる燈の姿があった。
「何かあったのか?」
「ごめんなさい。宗次郎」
いつになく落ち込んでいる燈は、ぽつりとつぶやいた。
「舞友の行方がわからないの。もしかしたら━━━」
「……一旦落ち着け」
宗次郎は燈の両肩を抑え、目線を合わせた。
正直、自分も落ち着いていられる自信はないが、とにかく知らなきゃ何も始まらない。
「何があったのか、一から話してくれ」
「……分かったわ」
呼吸を整えた燈は状況の説明を始めた。
玄静の調査報告と舞友の直感から、ある程度容疑者の目星がついていた。そしてこの一ヶ月、内々で調査を進めてきた。
その甲斐あってか期間中に被害者は出なかったが、同時に犯行動機および手段については不明のまま。
そして。
「舞友と送り合っていた定時連絡が途絶えたの。端末にて連絡を入れるも返事はなし。周囲を捜索しても見つからないの。それで、私の部屋にこの手紙が」
宗次郎は燈から渡された手紙に視線を落とし、中身を読み上げた。
「皇燈殿下。穂積舞友の身柄は預かった。返してほしければ日付が変わってから一二学舎の三〇一に非武装で来られたし。指示に従わない、もしくは中身を口外した場合、皇眞姫の命はない」
衝撃的な内容なのに、疲労のせいでうまく頭に入ってこない。
わかるのは、舞友が敵の手中に落ちたということだけ。
「ごめんなさい。私がもっと━━━」
「謝らなくていい。それより、どうやって舞友を取り戻すかを考えよう」
宗次郎は机を挟んで椅子に腰かける。
披露した頭に渇を入れて思考を回転させる。
まず確認しなければいけないのは━━━
「その容疑者ってのは誰なんだ?」
「生徒会副会長、数納里奈よ」
「……わかった」
生徒会メンバーであるが、宗次郎はあまり絡んだことはない。舞友と仲がいいということ以外はあまり知らない。
宗次郎はほうと息を吐いて、立てかけていた天斬剣を腰に穿く。
「一二学舎って確か、改築予定で立ち入り禁止になっていたよな」
「……宗次郎」
「おい。そりゃないぜ。このまま試験を受けろってか?」
燈の発言には、来るなというニュアンスが含まれていた。
妹が。学院内で事件を起こすような奴につかまっているかもしれないのに、だ。
ほんの一瞬、ともすれば殺気と勘違いされそうな緊張感が宗次郎と燈の間に漂う。
「違うわ宗次郎。さっき━━━」
「ん?」
部屋の窓の辺りから、コツンと何かが当たる音がした。それも何度も聞こえてくる。
宗次郎は燈に目くばせして、窓辺に近寄る。天斬剣の柄に手をかけていつでも抜刀できる体勢を維持したまま、窓を開ける。
「ほいっと」
「うおっ」
窓を開けた瞬間、誰かが窓から入ってきた。宗次郎は思わずバックステップする。
「アッハハ。宗次郎、ごめんね、急に」
「シオンか。脅かすなよ━━━」
落ち着きを取り戻して天斬剣から手を離すと、宗次郎はシオンが誰かを抱き抱えていることに気がついた。
「な、なんで……?」
「それはあと。悪いんだけどさー、重いから背負ってくんない?」
ほい、と軽い態度で渡してきたのは。
意識を失った舞友だった。




