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半里走 その2

「トップを走る長谷選手、第二走者へ重しを渡します。ここも重要なポイントの一つです。いかにすばやく相手に重しを渡せるか。ミスのないよう、慎重かつ素早く行う必要があります!」


「そうですね。落ち着いてほしいものです」


 つい解説者の立場を忘れていた宗次郎は慌てて口をはさんだ。


 重しを背負い、5百メートルもの距離を走ったからといって終わりではない。百キロ以上となった重しを第二走者に渡して初めて第一走者の仕事は完了する。


 渡された第二走者も大変だ。いきなり渡された重しを体につけるのだから。


「おっと! 長谷選手、手間取ったか!? 足の重しがなかなか外れない様子です!」


「これは順位が入れ替わりそうですね」


「なんとか渡せました! しかし青組の水月選手が同時にスタートを切りました。点数では現在トップを走る青組、一位になりさらに差を広げられるか!」


 現在の順位は黄組と青組が同率一位、その次に赤組、緑組と続く。重しの重量に耐えながらそれでも、一歩一歩、大地を踏み締めながら走っている。第一奏者ほどの爽快に進んではいないが、その分レースは全体を見やすくなっている。


「おおっと、黄組の選手のペースが落ち始めました! 前半のハイペースが原因か!? 青組が引き離しにかかるー!」


 波動を吸収すればするほど重くなる性質上、活強を使ってペースを上げた分だけ重量は増す。黄組は第一走者がトップで走り抜けたため、他の組より重量が増している。


 並んでいれば、より軽い方が前に行く。


「まだまだ逆転のチャンスはありますからね。頑張って欲しいものです」


「穂積さんのおっしゃる通りですね。赤組と緑組も追い上げてきています! これはなかなかの混戦です!」


 第二走者は青組、黄組、赤組、緑組の順番を維持したまま第三走者の元へ向かっていく。


「そろそろ走者が交代しますね。ここで先程の交代時間の計測結果を発表しましょう。赤組十六秒、青組二一秒、黄組は二十七秒、緑組二十秒でした」


「アクシデントがあった黄組はしょうがないとして、赤組はかなり早いですね」


「交代時間の平均は約二十秒と言われている中で十六秒ですから、かなりのペースです! 赤組代表の石動選手は交代の練習を何度も繰り返したと言っていましたので、まさにその成果が出ているようです!」


 第二走者が走り終え、荒い息をしながら汗でベタつく手で重しを外していく。


 第三走者は重しを受け取り、急ぎに急いで重しをつけて走り出す。


「赤組の交代早いですね!」


 宗次郎は思わず声を上げた。


 第三走者が雅俊なのでつい注目していた。赤組の交代は非常にスムーズなのだ。他の組と比較しても圧倒的に早い。


 目に見えてわかるほど早いので、順位にも影響を及ぼす。


「確かに早い! 二番手の黄組との差を一気に縮め━━━おおっとこれは!」


 山口が驚きの声をあげ、宗次郎も目を見張る。 


 赤組第三走者の雅俊が波動を活性化させ、重しをものともせず突き進んでいく。


「勝負に出ましたね。阿波連選手」


「まさしく! 赤組第四走者の田辺選手は活強が得意な選手です! ここで重量を上

げてでもペースが落ちないとふんでいるのでしょう! 仲間を信じ、全力で疾走しています!」


 第一、第二走者は一定のペースで走っていたため、赤組の重しは他と比べたら多少軽い程度。それでも百キロは超えているはずだ。


 その重しをものともせず、雅俊は必死で手と足を動かしている。


「阿波連選手、あっという間に黄組を抜き去りました! 早い早い! トップの青組も射程圏内に捉えているー!」


 全力の追い上げに観客の視線も釘付けになり、歓声を上げる。雅俊は息を荒くしながらもトップを走る青組を猛追した。


 ━━━やるなぁ、雅俊。


 宗次郎はコメントも忘れ、走る姿に魅入る。


 雅俊はもともと活強がそれほど得意ではなかったらしい。剣術にも苦手意識があったので、術士を目指していたという。しかし学院に入学していい教師にめぐり合い、体を動かす楽しみを知ったそうだ。以降は剣士としての訓練に励み、成績上位者に食い込むほど成長した。


 その成果を今、はっきしている。


 ━━━がんばれ。


 宗次郎は心の中で雅俊を応援した。


 先ほどから解説者にあるまじき行動ばかりしているが、それはそれとして宗次郎は楽しんだ。


「阿波連選手、トップを走る青組に並んで抜き差りました! 残り百五十メートルでトップに躍り出ました! さらに後続を突き放していきます! これはもしや、区間最速タイムが出るのではないでしょうか!」


 盛り上がる観客に選手たち。特に赤組の選手たちの顔は明るい。もはや勝利を確信しているよ様子だった。


 宗次郎も雅俊がこのままぶっちぎりで第三区画を制覇すると思っていた。はたからみても雅俊には波動も体力も余裕があった。


 このまま赤組が一位でゴールすれば全体の点数としても赤組がトップになる。


 だからこそ、


「うわっ」


「ああーっ!」


 雅敏が派手に転倒した瞬間、宗次郎も山口も悲痛な叫びをあげた。


「阿波連選手転倒! トップを走っていた阿波連選手が転倒しました!」


「……大丈夫でしょうか」


 宗次郎は思わずうめく。


 足がもつれたのか。快調に走っていた雅敏は突如、地面に体をたたきつけた。ハイペースで走っていただけに、何かがつぶれたような幻聴が聞こえるほど痛々しいものだった。


「意識はあるようです。動いてはいます。ただ……救護班を呼ぶかどうか。主将も迷っているようです」


 雅敏はうずくまったまま、少しずつ立ち上がろうとしている。その横を無情にも青組、黄組の選手が通過していく。


 救護班を呼べば失格となり、点数が入らなくなる。そうなれば組としては痛手だ。逆転してトップに返り咲くどころかビリに転落する可能性が高まる。


 主将を含め観客全員が固唾を呑んで見守る。


「雅敏選手、立ち上がれるか! それとも━━━」


「いえ、彼は立ちます」


 宗次郎は山口の言葉を遮った。


 雅敏はまだあきらめてない。どんなに傷ついても雅敏はあきらめていない。動く限り、走ろうとしている。


 ゆっくりと、少しずつ。擦り傷だらけの腕を大地に立て、膝に力を入れて立ち上がろうとする。


「穂積選手の言う通り、阿波連選手は立ち上がろうとしています! 諦めていません!」


 山口のアナウンスに合わせて、黙っていた応援団が旗を振り、声を上げて雅敏を鼓舞する。


 まだ。まだ負けてない。


 観客も応援団と一緒に雅敏を応援する。


 立ち上がれる。お前ならできる。頑張れ、と。


「うぉおおおおお!」


 雅敏は力を振り絞って立ち上がった。顔は血と涙にぬれ、足は震えている。三百キロはある重量を支え、走り出す。


「阿波連選手走りきれるか!? 残り五十メートルを必死に進んでいる!」


 勝負は絶望的。だがそれがどうしたといわんばかりに走る。足を引きずり、ふらつきながらも、前へ、前へ。


 必死の闘争の末、雅俊は第四走者の元へ走りきり、重しを手渡した。


 雅俊から引き継いだ第四走者は懸命に走るも、ついた差を埋めることは叶わず四着となった。結果、総合点で二位を走っていた赤組は四位に順位を落としてしまった。


 自責の念と後悔に涙を流しながら謝り続ける姿に宗次郎はコメントできなかった。

 

 


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