表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
187/282

キレる

 シオンが三塔学院にいる。


 その事実は学院に入る前から知っていた。天斬剣強奪事件の主犯がどのような刑罰を受けたかは随時情報を仕入れていた。


 とはいえ、こうして急に対面すると驚いてしまう。


 しかも、


「まさかこんなところで会うなんて、奇遇ねー燈」


 燈と舞友の背もたれに腕を乗せ、端末をいじりながらシオンが語りかけてくる。


 馴れ馴れしいと思いつつ、シオンはそういう人間だと納得して燈はため息をついた。


「そうね。あなたも学院生活を満喫できているようで何よりだわ」


「そりゃあね。ところであんたは誰?」


 シオンが端末を見たまま、燈の.隣に座る舞友に問いかける。


 この金髪が第二王女である燈の知り合いなのかと怪訝な顔をしていた舞友がその態度にムッとする。


「私は生徒会書記ですよ。その態度を改めなさい」


「そうなの? ごめんあたし四月から入ったばっかだから分からなくて」


「ああ」


 目を開けて怒りを引っ込める舞友。そう言うことなら、と納得しているらしい。


 それよりも、さらっとごめんを言ったシオンに驚きを禁じ得ない。


「アタシはシオン。藤宮シオンよ。よろしくね、書記さん」


「穂積舞友です。書記さんはやめて」


「はいはい……ん? 穂積?」


 何か引っかかったようでシオンは首を捻る。


 聞き覚えがあるはずだ。何しろ宗次郎も同じ名前なのだ。ここで天斬剣強奪の話題を出されるのはまずい。少ないとはいえ他に生徒はいる。


 話題を逸らそうと燈は口を開いた。


「これからどこに行くつもりなの、シオン?」


「そんなのアタシの勝手でしょー。あんたらこそどこに行くのよ」


「あなたが教えないなら私も教える義理はないわね」


「あっそ」


 シオンはポチポチと端末をいじり、やがてはっとした。


「穂積って、あんたあの坊ちゃんの家族なの?」


「坊っちゃん?」


「宗次郎のこと! もしかして妹?」


「そうですけど、兄とはどう言う関係なんですか?」


「……ふぅーん」


 シオンが勝ち誇ったような、意味深な笑みを浮かべる。


「あなたたちがどこに行くのか教えてくれたら話してあげよっかなー」


「今から燈殿下の妹に会いに行きます」


「ちょっ!?」


 速攻でばらした舞友に慌てふためく燈。


 兄のことになるとムキになるのは知っていたが、まさかここまで見境がなくなるとは。


「面白そうね。アタシも行っていいかしら? バスから降りたらお兄さんとの関係を話してあげるわ」


「わかりました。いいですよね、殿下」


「……好きになさい」


 舞友を誘った手前断りづらい燈は、仕方なく応じた。


 シオンは皇王家に強い恨みを持っていた。そんなシオンと眞姫を合わせるのはできれば避けたい。いくら丸腰で、燈や眞姫の付き人である清尾がいるとしても。


 それに教育上もよろしくない。


 こうなったらシオンに宗次郎の話をさせて、そのまま帰ってもらう方向で行こう。燈は頭をフル回転させていると、最寄り駅に着いた。


「へー、ここが研究区画? 辺鄙なところね」


 燈、舞友、シオンの順番でバスを降りる。


「それで、兄さんとはどう言う関係なんですか?」


「んーそうね」


 早速詰め寄る舞友にシオンは腕を組む。


「簡単に説明すると、あんたのお兄さんと燈を引き合わせたのが私よ。ね、燈」


「まぁ、そうね」


 簡単すぎるきらいはあるが、間違いではない。燈は小さく頷いた。


「天斬剣献上の儀が中止になったのは、宗次郎が天斬剣の持ち主に選ばれたから。そのきっかけを作ったのがアタシってこと。これでいい?」


「よくないです。それじゃ納得できません」


「……」


 もっと詳しく教えろとせがむ舞友に燈は止めるべきか一瞬迷う。


 あの事件の真相を伝えるということは、シオンのプライベートな部分に踏み込む必要がある。天主極楽教の一員だった、刀預神社の宮司の一族だったなどなど。


 シオンの素性を知っているのは三塔学院で学院長を含めた教師陣のみだ。


「全部話せっての? 流石に横暴が過ぎるんじゃなーい、生徒会書記さーん?」


「横暴かどうかを決める権利はあなたにはありません。何があったのか全部話してください。燈も」


「え? 私も?」


 急に話題を振られて燈は慌てふためく。


「もちろんです。今思えば、どうして殿下の剣になったのか聞いていませんし。眞姫殿下も知りたがるでしょうから、四人でお話ししましょう」


 できますよね、と目で訴える舞友から目を逸らしそうになる。


 ━━━この子、こんな強引な性格なの!?


 宗次郎のことになると周りが見えなくなる傾向はあるが、ここまでぐいぐい来られるのは予想外だ。


「アタシがいうのもあれだけど、舞友っち結構ブラコンでしょ」


「ち、違います!! 私は兄さんが心配なだけで……」


 舞友っちと呼ばれたことよりもブラコン呼ばわりされたことを気にしている舞友。説得力は皆無だ。


 燈はシオンにこれ以上茶化すなと目で訴えるが、シオンは鼻で笑っている。


 こんなにからかい甲斐のあるおもちゃはいない。そんな嗜虐的な意図を隠そうともしていなかった。


「そうね、せっかくだから四人で女子会しましょう。あ、そうそう━━━」


 何かを思い出したように呟いたシオンは、特大級の爆弾を投下した。


「ブラコンな舞友っちにはごめんだけど、お兄さんのファーストキスもらったのアタシだから」



 ブチリ、と。



 堪忍袋の尾が切れた音が聞こえた気がして、燈はこのバカと柄にもない罵倒をやめることができた。


「……」


 無言のまま俯く舞友から赤い波動が迸る。


 舞友の属性は炎。燃えたぎる怒りに連動して溢れ出し、まさに全てを焼き尽くさんばかりの勢いだ。


 ここに来てシオンはことの重大さに気づいて顔を引き攣らせ、燈は咄嗟に氷の波動を発動して炎を相殺した。


「舞友、落ち着いて」


 死の危険を感じたせいか、みっともないくらい声が震えている燈。縄で縛られていない猛獣に話しかけている気分だ。


 いざとなったら隣でプルプルしているシオンを生贄にしようと燈は心に決めた。


「……すみません。取り乱しました」


 氷の波動のおかげで落ち着いたのか。舞友の声はトーンが低い。


「行きましょう。続きはお茶をしながら聞かせてもらいますね」


 満面の笑顔を向け、舞友が眞姫のいる研究所に歩き出す。


「ちょっと、なんなのよあの女! ブラコンにも程があるでしょ!!」


「いいから静かにして! あなたのせいなんだから!」


 そのえもいえぬ重厚で濃密な恐怖はかつて殺し合った燈とシオンにこそこそ話をさせるほど距離を縮めさせた。


「ま、眞姫殿下との面会ですか?」


 さらには植物園の受付嬢を吃らせ、道ゆく研究員も威圧感から視線を向けられている。


 正直一緒に居たくない。シオンに至っては私関係ありませんけど? といいたげに露骨に顔を背けている。


 ━━━もう、どうしてこんなことに……。


 舞友にリラックスしてもらいたくて眞姫とお茶しようと思っていたのに、このバカ女のせいで全てが裏目に出てしまっている。


 やがて三人は植物園の中まで来た。シオンは珍しそうにキョロキョロしている。


「どうかした?」


 眞姫がいる家まであと少しというところで舞友が立ち止まった。


「兄さんの声がします」


「え?」


 耳を澄ますと確かに話し声が聞こえる。女性と男性、眞姫と宗次郎だ。


 もしかして眞姫が呼んだのだろうか。眞姫から舞友をこの場所に招いたらしいからあり得る話だ。


 同時に、やばいと震える。


 この空気感で宗次郎と鉢合わせるとか最悪以外の何物でもない。


「ちょっ」


 それでもなお進む舞友。


 近づくにつれ大きくなるはず談笑が不意に止む。宗次郎の背中がみえる。


「あっ」


 宗次郎の向いに座る眞姫が気づいて嬉しそうな顔をする。


 そして、


「あーあ、━━━」


 宗次郎は、禁句を口にするのだった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ