研究区画にて
今日の授業は座学ではなく、研究区画に移動して行われた。
学舎区画、訓練区画と並ぶ第三の区画である研究区画では、波動および波動具に関する研究が日夜行われている。三塔学院が教育機関であり研究機関と言われる所以だった。
今回宗次郎が参加したのは、新開発された波動具の実践使用だった。
その波動具の名は明命。主な用途は偵察。波動に反応する金属が使われており、使用者が込めた波動を一定の間隔で放出する。反応した地形や人の情報を手元の端末に映し出すのだそうだ。放出範囲も狭いので室内を想定して使用するとのこと。この程度の精査は感知が得意な波動師なら誰でもできる芸当だが、宗次郎のように感知が苦手な波動師にとっては夢のような装備だ。
他にも波動を込めることで自律移動する機械なども開発中しているらしい。完成すれば波動犯罪捜査部に配備される可能性が高いとのことで、宗次郎は特別に見せてもらったのだ。
「ふぅ」
色々な波動具を使わせてもらった宗次郎は研究員にお礼を言って、研究棟を出る。
「色々あるんだなー。自動車開発、こっちは金属加工への応用。んでこっちは料理と。はー」
戦闘用波動具の研究開発は実践がしやすいよう訓練区画に接する外壁の側に集中しており、学舎区画に近いこの辺りでは日常的な分野に重点を置いた研究をしているようだ。
━━━いつか戦闘関連の施設にも足を運んでみたいな。
せっかくだからこのまま訓練区画に寄って体でも動かそうかな、なんて思っていると。
「おーい、宗次郎くん!!」
白衣を着た男性に呼び止められた。
先ほど宗次郎に波動具の説明をしてくれた研究員だった。
「何かありましたか? 忘れ物とか?」
「いやいや、そうじゃないんだ。さっき電話があってね。ここに来て欲しいと、君をご指名だったんだ」
「はぁ」
「なんかとても怖い声だったな。来ないと怖い目に遭うよ、多分」
「えぇ……」
どうやら研究員も事態を飲み込めていないようなので、とりあえず地図をもらう。丸印がつけられていたのは、同じ研究区画の中にある敷地だ。
「何があるんです? ここ」
「さあ? 僕も行ったことはないな。ちょうどバスが来るから、それに乗りなよ」
研究員のアドバイス通りすぐにバスが来た。
なんだかよくわからないがとりあえず行ってみるか、とバスに乗り込む宗次郎。
研究区画は学舎区画並みに建物が多いが、学舎区画にある建物ほど背が高くない。幅の広い建物が所狭しと並んでいる。
窓から見える風景に飽きてきたところで、目的地の近くに停車した。
地図と睨めっこしながら歩くこと数分。たどり着いたのは、
「ここ、か?」
建物もない、一本の大きな木が生えた敷地だった。
待ち合わせ場所、ということなのだろうか。宗次郎はとりあえず敷地内に入り、あたりを散策する。
巨大な木が一本生えているだけで、なんの変哲もない。宗次郎は詳しくないので当て水量だが、木の種類はおそらく柳だ。
「穂積宗次郎様、ですね」
「うおぉう!」
急に木の上から鋭い声がして、宗次郎は心底驚いた。
人の気配がまるでないだけに完全に不意をつかれた形だ。
「驚かせて失礼。私は清尾陽子といいます」
「ど、どうも」
枝から降りてきたのは割烹着を着た女性だった。森山が来ているそれに近いが、その雰囲気はまるで逆だ。
━━━あ、明らかにカタギじゃない。
気配の消し方からして、戦士というよりは暗殺者に近い。声をかけられた時など、宗次郎はうっかり殺されるかと思ったほどだ。
「なんかとても怖い声だったな。来ないと怖い目に遭うよ、多分」
研究員がそう言っていたのを思い出す。多分電話したのはこの人だ。
「あなたが俺を呼んだんですか?」
「いえ、私ではなく私の主になります」
「……その主さんはどこに?」
この敷地内には宗次郎と清尾の二人しかいない。
「こちらの先におられます」
「ん?」
清尾が指さしたのは、柳の木の根元だった。
そこには空洞があった。人が屈んで入ればなんとか通れそうな大きさだ。
まさか、と思いつつ宗次郎は清尾をみると、黙って頷くだけ。
━━━こりゃ、行くしかねぇか。
断ったら何をされるかわかったもんじゃない。宗次郎は渋々屈んで空洞の縁に手をかけた。
「!」
覗き込むと、顔に空気を感じる。
風が通っていることにも驚いたが、その暖かさに宗次郎は驚嘆した。
入ってみよう。そう思わせる何かが、この空洞にはあったのだ。
「よし」
この奥にいる主人とやらはわからないが、行くだけ行ってみるか。そう決心して宗次郎は空洞を進む。
当然の如く中は真っ暗なので、自分の波動を少しだけ活性化させる。空間の波動のおかげで空洞内も立体的に感覚で捉えられる。波動が金色の光を放つので、暗闇でも少し明るくなる。
思っていたよりも空洞は長く、そしてうねっていた。
「お」
屈んだまま進んでいた足が鈍い痛みを訴え始めた頃、ようやく出口らしき明かりが見えてきた。
波動を抑えて出口を目指す。
陽の光の眩しさに視界が一瞬ホワイトアウト。やがて目の前の光景がはっきりし、宗次郎は驚きを隠せない。
「おぉ」
緑だ。
生い茂った木々と植物は落ち着きを与え、鼻腔に爽やかさを届けてくれる。植物に疎い宗次郎には種類はよくわからないが、手入れされているのは理解できた。
縮こまっていた体を伸ばし、歩き出す・ふと向こうにガラスの板が見え、そのまま天井を見上げるとガラスのドームがあった。
「植物園、かな?」
両親に連れられたことが一度あったような気がする。あのときは子供で植物よりもだだっ広い公園の方が楽しかった。
「!」
キィ、キィと音がして宗次郎は振り返る。
車輪が回る音みたいだ、と宗次郎は冷静に推測する。清尾のように驚きはしない。
敵意や緊張感を感じないのだ。
やがて、音はどんどん大きくなり、その正体が姿を現す。
「こんにちは。ようこそおいでくださいました。穂積宗次郎様」
現れた女の子は車椅子の上で優雅に一礼した。
宗次郎の感覚を証明するかのような、儚げな雰囲気を持つ美少女だ。燈のそれよりも薄い銀髪はウェーブがかっており、穏やかな印象を与える。そして何より、
━━━細いなぁ。
消えてしまいそうな。倒れてしまいそうな危うさと美しさが見事に同居している。守ってあげたい、そう強く思わせる魅力に溢れていた。
「あなたが、俺を呼んだんですか?」
「はい、そうです」
美少女はクスリと笑う。瞳は閉じているものの、宗次郎の姿をはっきり知覚しているようにこちらを向いていた。
「私が誰か、わかりますか?」
「はい。もちろん」
目の前にいる少女とこうして会うのは始めただが、話は何度も聞いている。
この人が俺を呼び、清尾の主であり、
「皇眞姫殿下、ですね?」
「はい! あたりです!」
燈の妹である、第五王女の皇眞姫だ。




