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事件


「今日はここで休むわ。おやすみ、宗次郎」


「ん。今日は外出してたもんな。いつもありがとう」


 勉強を見ていた燈は頃合いを見計らって部屋を出た。


 夕食前にした、舞友としていた会話の続きのためだった。


 いつもより早く勉強を切り上げたが、宗次郎は波動庁に行って疲れたと思っているらしかった。その気遣いは純粋に嬉しい。


 ━━━今のままだと退屈でしょうね。


 燈の個人的な感覚からして、身につけた知識を生かす場があった方が知識の吸収に対する意欲も高まる。


 現在の宗次郎はまさに缶詰状態なので、どこかでリフレッシュする機会を与えるのもいいかもしれない。そう考える燈。


 勉強の進捗具合は順調だ。最初は勉強に心底うんざりしていた宗次郎も、今となっては慣れたのか机に座っていられるようになった。むしろ今日はどことなく楽しそうですらある。


 ただ、卒業試験に受かるかどうかは正直賭けだ。


 ━━━ま、大丈夫でしょう。


 根拠なんてものはない。あるとすれば、宗次郎は今や燈の剣であるということだけだ。


 信じている。


「失礼します」


「どうぞ」


 ドアをノックすると中から角掛会長の声がする。


 開けると、いたのは角掛会長、数納副会長、門之園会計の兄、書紀の舞友がいた。四人全員が席に座って申告そうな表情をしている。


 内密な話をしているとすぐにわかる。


「夜分遅くにご足労いただき、恐縮です。舞友から話は伺っております」


「明、本当にいいのか」


 門之園会計が目を瞑ったまま角掛会長に釘を刺す。


「学院の事情に殿下を巻き込むのは……」


「そうかな? むしろ俺は隠す方が無礼だと思うぞ」


「そうですね。念の為、話は共有しておいた方がいいでしょう」


 役員たちの会話を待って、燈はゆっくりと空いている席に腰を下ろした。


「それで、お話というのは」


「はい。現在学院で起きている問題について、共有したいと思いまして」


 学院に何か問題が起きた際、最初に対処するのは風紀委員だ。それでも解決が難し

い場合、生徒会と教師が対応する手筈になっている。


 とはいえ、そこまで大掛かりな問題が起きることは稀だ。燈が学生であったときも、生徒会が対処するほど大きな問題を抱えたことはなかった。


 つまり、自体はそれだけ深刻なのだ


「まずはこちらをご覧ください。数納、あれを」


「はい」


 数納副会長が封筒を燈のそばまで持っていき、中身を机の上に広げた。


 中身は写真だった。男子生徒が一人、女子生徒が二人。皆床や廊下に倒れ伏している。そして生徒証のコピーが入っていた。


「これは被害者の写真ですか?」


「はい。順を追って説明します」


 角掛が立ち上がって口を開く。


「最初の被害者が発見されたのは一ヶ月前。女生徒が使われていない教室において意識不明の状態で発見されました。命に別状はなく、保健室に運び込まれ、一時間ほどで目を覚ましました」


「それから三件、同じようなケースで生徒が発見されました。そして今日、四人目が

発見されたのです。穂積さん」


「はい。四人目の被害者の資料はこちらです」


 数納に促された舞友が立ち上がり、燈に資料を渡した。


 四人目の被害者は女子生徒。黒の髪をウルフカットにした可愛らしい女子だ。


「人為的に引き起こされている可能性が高いということね」


「はい。風紀委員の取り締まりや巡回を強化しているのですが、手がかりが掴めず、我々にまで話が持ち上がりました」


「ふぅん」


 角掛の説明に燈は相槌を打つ。

「生徒会と教師も捜査に乗り出します。ですが、今後も被害者が出る可能性はあります。もしかすれば、その……」


「わかったわ」


 あの明るい雰囲気を絶やさない角掛が言い淀んでいる。おそらく、燈の妹、眞姫の件だろう。


 三塔学院に通っている王族は第三王女の皇綾。第三王女の双子の弟、皇當間。そして、燈と血の繋がった妹である皇眞姫だ。


 燈は眞姫を溺愛している。自分の命より大切な、大切な家族だ。卒業した三塔学院にいるのも、眞姫と会う時間をたくさん取りたいからである。


 その眞姫に被害が出る可能性がある。ならば、


「被害者の詳しい資料を頂戴。私もできる範囲で協力させてもらうわ」


「殿下?」


「よろしいのですか?」


 意外そうな顔をする角掛と門之園に燈は優しく語りかける。


「もちろん。母校に何か起こっているのなら協力するわ。幸い、臨時教師としてしばらくこの学院にいられるし」


 津田学院長のお願いもあり、燈は教師として生徒と交流を持つ機会がある。波動庁の仕事や新姫と会う時間を縫ってなので機会は少ないが、生徒と接する機会は増える。本格的な操作はできなくても情報収集において協力はできるはずだ。


 とはいえ、流石に第二王女に手伝っていただくのは気がひけるのだろう。役員の表情は硬い。


 ある一人を除いて。


「よろしいのではないでしょうか。手伝っていただけるのなら、そのご好意は受け取りましょう」


「穂積?」


 涼しい顔をしている舞友に門之園は怪訝そうだ。


「もともと私が誘ったのです。それに、現役で波動犯罪捜査部に籍を置く燈殿下の協力は頼もしいではないですか。違いますか?」


「そう、だな」


 意外そうな表情をしつつも、会長である角掛は頷いて立ち上がる。


「このようなことをお願いするのは心苦しいのですが、よろしいでしょうか」


「「「よろしくお願いします」」」


「もちろん。できる限り協力させてもらうわ」


 頭を下げる役員たちに燈も立ち上がって答える。


「明日中にまとめた資料をお渡しします」


「えぇ、ありがとう。数納さん。ところで」


 燈は角掛に視線を戻す。


「被害者の詳しい容態はすぐに教えてもらえないかしら」


 もし意識がなくなるだけなら、ここまで大ごとにはなっていない。


 燈の直感は当たったのか、角掛は少し言いづらそうに答えた。


「被害者は共通して、波動が著しく減少していました。それに伴い意識と体力の低下、そして━━━記憶が混乱、または消失していました」


「……ふぅん」


 燈は内心を表に出さないよう努めた。


 奇しくも。


 その症状は、燈が剣にした宗次郎が味わった症状と同じものだった。


「他に共通点はあるかしら? 狙われた理由がわかるような」


「……それは」


 角掛会長を含め、生徒会全員の顔が曇る。


 まるでお通夜のような空気に燈もどう言葉をかけていいか迷った。


「今のところ、ではあるのですが」


 舞友が小さく口を開く。


「被害者は全員平民の出身なんです」


「!」


 燈は小さく目を見開き、なぜ生徒会メンバーがくらい顔をしたのか理解できて瞠目した。


 三塔学院は波動を専門的に学ぶ場であるため、波動の素養があればどんな身分でも入学できる。しかし、それはあくまで建前。貴族出身の子供は波動の素養が高いため、どうしても貴族出身者が多くなる。その上、平民出身者を見下す傾向が強い。


 被害者が全員平民のでであるなら、貴族が犯人である可能性が最も高いのだ。


 もし犯人が身分の高い貴族だったら、と考えると気が滅入る。本人は権力の影に隠れて罪から逃れようとするだろう。親も息子が起こした不祥事を揉み消そうと躍起になる。


 厄介ごとになる未来しか見えず、燈は小さくため息を吐いた。

  


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