模擬戦
宗次郎が鏡の提案を聞いた一番の理由は、体を動かしたかったからではない。
三塔学院の生徒がどの程度のレベルなのか見てみたかったのだ。
鏡は五年生。通常なら後一年で卒業できるはず。波動の総量からしても平均的と言える。対して雅俊は六大貴族の出ということもあって、波動の総量やキレは他の生徒より頭ひとつ抜けていると感じた。
━━━鏡の波動は水、雅俊は炎の波動か。
波動の基本五大属性、炎、水、風、土、雷はそれぞれ赤、青、緑、茶、黄の色をしている。波動を活性化すれば相手には視覚的にその属性がわかる。
属性だけでなく、波動の量は肌感覚で理解できる。刀の構え、足の運びから、は剣術の腕は読み取れる。
宗次郎の波動は時間と空間を司る二重属性だ。時間の波動では時間の加速、減速はもとより、完全に停止させることもできる。空間の波動では空間ごと位置を変えて瞬間移動したり、空間ごと相手を切り裂いたりできる。
波動の消費量は尋常でなく多いという欠点はあるが、それを差し引いても明らかに常軌を逸した性能をしている。
二人がかりだろうがいくら束になってかかろうが、宗次郎が負ける相手ではない。それはわかっているはずだ。
━━━……。
宗次郎は油断することなく双方に意識を配分する。
二人とも中段の構えをとりつつ、ジリジリと間合いを詰めてくる。
対する宗次郎は天斬剣を構えもせず、もった右手はダラリと下がったまま。無防備もいいところだ。
「……っ!」
宗次郎は立ち止まったまま、あえて鏡だけに意識を向ける。
向けられた鏡の体は硬直し一瞬だけ止まる。
動いたのは一人、雅俊だけ。
「ヤァああああ!」
宗次郎から見て右側から雅俊が斬りかかってくる。
左薙ぎの攻撃。訓練用の波動刀であれ刃はついている。天斬剣で防がなければ真っ二つにされる。
「っ!」
宗次郎は足の力を抜き、右足を後ろに下げ、左足を前に出す。
高度が下がり、宗次郎の頭上を雅俊の波動刀が通り抜けたところで宗次郎が攻撃に移る。
攻撃を躱され驚く雅俊の伸び切った右手首を掴み、体勢を崩す。さらにガラ空きになった左脇腹に宗次郎は天斬剣を握った拳を叩き込んだ。
「ガフっ!」
活強━━━波動による身体強化による打撃に、悶絶する雅俊。
残る鏡も黙っていない。倒れ込む雅俊を影にして宗次郎に斬りかかる。
宗次郎は鏡の攻撃を躱すために距離を取る。
一撃、二撃。大振りの三撃を最低限の動きで避けて攻勢に転じる。
「ぐぅ!」
三合打ち合ったところで宗次郎の蹴りが鏡に当たる。
━━━軽い!?
その手応えに宗次郎は違和感を覚える。
蹴られる直前、鏡がバックステップで後ろに下がったのだ。衝撃を吸収するためでもあり、そして━━━
「水刀の弐 水流斬!」
雅俊が横一文字に切りつけると、波動刀に纏わりついていた水が三日月状の斬撃となって宗次郎に飛翔する。
通常なら躱すのは造作もないが、宗次郎は蹴りを放っていたので片足が宙に浮いた状態。強襲するには最適のタイミングだ。
ならば。
「空刀の伍 空断ち!」
宗次郎は空間の波動術を発動し、雅俊の攻撃を防ぐ。
空断ち。空間をある一定の範囲に切り分け、遮断する結界術だ。展開する範囲と遮断する面にぶつかった攻撃により消費量が変わる。タイミングは完璧でもまだ未熟な波動術を防ぐのは造作もない。
「くそっ!」
「まだまだ、時間はあるぜ!」
「うるさい、俺に指図するな一般人が!」
鏡はいつの間にか雅俊に合流し、二人揃って刀を構えている。
事前の打ち合わせなしに、二人は呼吸を合わせて宗次郎に対応した。
相手が誰であれ、自分が組む相手が誰であれ。力を合わせて敵に対処するすべを鏡も雅俊も持っている。
一日二日訓練したくらいでできる芸当ではない。
━━━やるなぁ。
震えが走る。
完璧に攻撃を防いだ宗次郎に去来したのは、安堵でもなく、警戒心でもなく、歓喜だった。