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学食にて


 鏡たちに連れられ、宗次郎は三塔学院の学食に足を運んだ。


「おぉ、広いなぁ!」


 先ほどまでいた教室の倍はあるかという広さ。机の数も椅子の数も数えるのも億劫だ。


「これでも中くらいの規模ですよ」


 赤髪の女子生徒が覗き込むように言う。


「そうなのか」


「んじゃ、俺は席取ってくる」


 ロン毛の生徒は人混みをかき分けながら座席へと向かった。お昼時だけあって生徒の数はかなり多い。宗次郎の登場でまた騒ぎが大きくなるが、宗次郎はあえてそれを無視した。


「メニューが決まったら、こっちの端末でボタンを押して下さい」


「了解」


 鏡が指さした壁には何種類ものメニューとそれに合わせた番号が記載された貼り紙があった。その隣には人間大の機会が置いてあり、ボタンそれぞれにメニューと連動した番号が刻まれている。


 さらにその奥にはカウンターがあり、白衣を来た男性が完成した料理をせっせと出し、生徒が順番にそれを受け取っていた。


 あまり時間をかけるのもあれなので、宗次郎は手近な蕎麦を頼む。ボタンを押すとジーッと音がして番号がついた紙が発券された。


「あの電子掲示板に番号が表示されたら、料理ができた合図です。席に行っていて下さい」


「ありがとう」


 ロン毛の男子生徒が座っている座席はすぐに見つかった。


 そんなこんなで四人全員が食事を受け取り、席についた。


「いただきます」


 四人揃って挨拶をし、食事にありつく。


「ん。うまい」


 注文した蕎麦が思っていたよりも美味しく、宗次郎は口に手をやる。


「そうでしょう。ここの学食、結構美味しいんですよ」


 鏡が唐揚げを箸で突きながら言う。


「メニューも豊富だしね。ま、その代わり混むけど」


「そういえばさ」


 赤髪の女子生徒がおにぎりの包みを解いていると、不意に鏡が箸を止めた。


「俺以外、自己紹介してなくね?」


「あ」


 ロン毛の男子が今まさに口に運ぼうとしていたうどんがぽちゃんとどんぶりに戻った。


「ちょっと、汁跳ねたんだけど!」


「あはは、悪い悪い」


「もう……」


 赤髪の女子生徒が不満げに制服をハンカチで拭う間、ロン毛の男子が自己紹介をしてきた。


「俺は鏡の同級生、石動いするぎひろといいます。よろしく」


「あたしは羽淵はぶち美緒みおです」


 赤髪の少女もぺこりと頭を下げた。


「改めて。穂積宗次郎だ。宗次郎と呼んで欲しい。よろしく」


 宗次郎が箸を停めて挨拶をすると、美緒がほぁーと感嘆のため息を穿く。


「私、今すごい人と食事してる……」


「今さらかよ」


「鏡だって緊張しまくっていたじゃん!」


 も~と頬を膨らませる美緒に、笑う鏡。


 その様子に宗次郎は若さを感じた。宗次郎と利は五つしか離れていないが、十代半ばの新鮮なやり取りはまぶしく感じる。


「そんなに緊張しなくてもいいよ。ここでは俺も学生だし」


「いやいや、それは無理ってもんでしょうよ」


 宏がどんぶりをトレーに戻して、肘をつく。


「天斬剣の持ち主に選ばれ、皐月杯では決勝まで進み、大型の妖を討伐。加えて、燈第二王女殿下の剣になられたんでしょう?」


「はは、そういわれると雲の上の人みたいだな」


 自分のことながら、宗次郎から乾いた笑いが漏れた。


「すみません。特別扱いは嫌ですよね」


「まぁ、もう慣れたよ。それにしょうがないさ。この時期に入学してる時点で、な」


 思い返せば、自分の人生は普通という言葉とはあまりにも無縁だった気がする。


 そのせいだろうか。目の前にいる鏡、宏、美緒の三人をまぶしく感じるのは。


 ━━━いや、違うか。


 所詮はないものねだりでしかない。宗次郎はつい申し訳なくなり、


「こっちこそ、授業のペースを落としちゃったしな。退屈だったろ?」


 教師は宗次郎のペースに合わせて授業をしていた。 ありがたい話ではあるが、普段はもっとハイペースで授業が行われているはずだ。宗次郎は必死に先生の話を聞き、ノートにペンを走らせている間も、他の生徒はどこか余裕そうにしていた。


「サボれたので俺も気にしてないっすね」


「あんたねぇ」


 宏があっさり答え、美緒がジト目になる。


「気にしないでください。俺はむしろ、ほっとしたというか……そのおかげで話しかけられたようなものなんで」


 鏡が視線を逸らし、言いづらそうに答える。


 宗次郎自身も経歴を見て雲の上の人だと思ったくらいだ。これで頭まで良かったら、流石に話しかけ辛いか。


 ━━━そういう意味では、良かったのかな。


 頭が良すぎてもあれだが、あまりにも頭が悪すぎてドン引きされていたら同じくらい話しかけ辛いだろう。


 鏡たちと食事ができるのは、一週間の地獄のおかげかもしれない。


「宗次郎さん? どうしました?」


「あぁ、いや」


 宗次郎は三人にこの一週間の出来事を話した。


「い、一週間ずっと勉強してたんですか!?」


「うわぁ」


 美緒が驚きのあまり椅子から立ち上がり、宏は心底嫌そうな顔をする。


「ま、まぁね。卒業試験に合格しなきゃならないから」


 自分が予想した以上の反応が返ってきて、宗次郎は狼狽する。


「せっかく学校に来たのに、勉強って」


「つーか、あの書記ってそんなにスパルタだったんだな」


「ね、そっちの方が意外」


「そうなのか?」


 美緒と宏の発言からして、舞友らしくないのだろうか。質問を投げかけると、美緒、鏡、宏の順番に、


「普段は理知的で優しい人ですよ」


「怒らせるとめっちゃ怖いですけど、滅多に怒りません」


「勉学も実技も両方優秀ですよ。活強はちょっと苦手みたいっすけど。教師の方からも信頼されていますから」


 かなりの優等生ぶりを教えてくれた。


 その優しさをもう少し俺に向けてくれないかなーと日頃向けられている視線の冷たさを思い出す宗次郎。


「宗次郎さん、よけえれば勉強を教えましょうか?」


「いいのか?」


「もちろん! わかる範囲で、ですけど」


「じゃあこことここ、いいかな?」


 鏡の好意に甘え、宗次郎はカバンから教科書を取り出す。


 昨日舞友から教わった内容で実はよくわかってない部分だあったのだ。


「……美緒、ここは頼んでいいか?」


「もー、かっこ悪いなぁ!」


「どれどれ、俺にも見せてくれ」


「あ、宗次郎さん。ここならわかりますよ。ここは━━━」


 和気藹々としながら、三人に教えを乞う宗次郎。


 ━━━あれ、なんか……。


 勉強は舞友や燈、教師の正武家から教わってきた。嫌というほどだ。苦しくて辛い、できないことでイライラするだけの作業のはずなのに。


 どこか、楽しいと感じられる。


「あーなるほど。そういうことか」


「宗次郎さん。こっちはですね━━━」


 美緒からも教えてもらい、宗次郎は腑に落ちなかった点をなんとか理解できた。


「ありがとう。助かったよ」


「いえいえ、このくらいは」


「お安い御用ですよ」


「って、宏は何にも教えてないでしょ!」


 美緒のツッコミに四人で笑いあう。


 ━━━あぁ、そうか。


 学校に行きたくない。今朝、宗次郎は心底そう思っていた。勉強をし続ける毎日にうんざりしていたのだが。


 ━━━学校って、勉強するだけの場所じゃないんだ。


 そんな当たり前の事実に、宗次郎はここでようやく気づくことができた。


「あ、あの!」


「ん?」


 鏡が何か言いずらそうに口を開いた。


 続きを促そうとしたところで━━━


「おやおや、こんなところに!」


 やけに響く声がした。


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