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初登庁 その2

 男の名前は雲丹亀玄静。六大貴族、雲丹亀家の次期当主にして天斬剣と同じ特級波動具、陸震杖の使い手に選ばれた男だった。


「これより対天部に所属する、雲丹亀玄静です。よろしくお願いします、巌部長」


「おう。よろしく。ほれ、こいつだ」


 玄静が机の前で敬礼し告げると、巌が屈んで書類を取り出した。


 玄静はども、と受け取って、部屋の中央にある来客用の椅子に腰を下ろす。


「嬉しいぞ。お前ほどの男がうちの部に来てくれて、な」


「ま、色々ありまして」


 玄静が受け取った書類は対天部、もとい波動犯罪捜査部に所属するために必要な書類だった。


 もともと、玄静は波動具管理局に所属していた。六大貴族の次期当主が所属するにしては出世コースから外れている部署であるとも言える。


 サボりがちでやる気のない玄静としてはそれでも良かったが、そういうわけにもいかなくなった。


 ━━━燈と約束しちゃったからね。


 玄静は宗次郎と皐月杯の決勝で戦った。妖の乱入により結果は有耶無耶になってしまったが、その内容は玄静の負けと言っても差し支えない。


 そこに宗次郎の主である燈が目をつけ、こういったのだ。


「敗者は勝者に従う。そうよね?」


 宗次郎に負けたのならその主人である燈に負けたも同然、だからいう通りにしろを聞けと、つまりそういうことだ。


 正直、言いたいことは山ほどあったが、玄静はそれを了承した。


 その結果、玄静も燈が所属する対天部に移動することになったのだ。


 ━━━ま、その方が面白そうだしね。


 巌から受け取った書類に署名し終わり、玄静はペンを置いた。


「こちらで」


「うむ」


 巌は玄静から受け取った書類の中身を確認せず、ファイルに入れてしまい込んだ。


「いいんですか?」


「いいとも。こんなものは形式上必要なだけだ」


 やれやれとため息をついた巌は椅子の背もたれに体を預けた。


「例の工事はどうだ? うまくいきそうか?」


 玄静は国王との謁見において、雲丹亀家の領地と王国領を隔てる川の治水工事の許可とその援助を願い出た。


「余裕ですね。だから僕はここにいられます」


 本来であれば玄静がその陣頭指揮を取るべきだ。雲丹亀家の次期当主であるし、なにより言い出しっぺなのだから。


 ━━━ま、そんな面倒なことしたくないし。


 なので玄静はさっさと工事の計画書の概要を作成し、あとは配下の貴族たちに全てを放り投げた。無論、配下は優秀な貴族を選んでいる。むしろその配下が治水工事をしてほしいと明言してきたのだ。


 なら、やる気があるやつに任せるのが一番手っ取り早い。


「それで、わざわざ呼んだのは書類を書かせるためですか?」


「そうではない」


 トントン、と控えめなノックがする。


「いいぞ」


 巌の声に、失礼しますと挨拶をして入ってきたのは━━━


「燈」


「玄静。おはよう」


 皇王国の第二王女、皇燈だった。


 腰まで届く長い銀髪と見るものを魅了する美しさは健在だ。


 ━━━ほんと、丸くなった。燈。


 初対面のときは全てを凍てつかせるような雰囲気を纏っていた。玄静はその雰囲気を純粋に美しいと思った。素敵だと思っていた。


 なのに、今は見る影もなく消えている。


 では、燈の魅力は無くなったか?


 否。むしろ逆。前よりもずっと良くなった。


 ━━━さすがは宗次郎、かな。


 玄静は燈の婚約者だ。婚約を破棄していないので、それは今も変わりない。


 ただ、宗次郎を剣にした以上、玄静の方から引くべきだろう。


 今の燈を見れば、悔しさなんて微塵も湧いてこない。


「あれ、宗次郎は?」


 その宗次郎がいない疑問を口にした玄静に、燈が簡単に事情を説明する。


「ふぅん。三塔学院にいるんだ」


「そうよ。勉強はあまりしてこなかったみたいで、苦労しているわ」


 はぁとため息をつく燈。


 対して玄静は、


 ━━━何それ! 羨ましいんだけど!


 内心宗次郎に嫉妬していた。


 玄静も波動師の例に漏れず、三塔学院に席をおいていたことがある。


 今思い返しても、その頃が一番楽しかった。


 学生という何の責任もない立場で、ひたすら遊び尽くした。勉強に関しては合格ラインのギリギリの点だけ取っておいて、だ。六大貴族であるなら飛び級で卒業するところを、玄静は六年しっかりかけて卒業したのも、単純に遊びたかったからだ。おかげで、雲丹亀家始まって以来のボンクラと噂されたが、そんなことはどうでも良かった。


 兎にも角にも、ふらふらと適当に人生を過ごしたかったのだ。


 ━━━僕も行きたいな……はっ!


 燈がジト目で見つめてくる。どうやら内心を見透かされているらしい。


「おほん! で、今日は何のようなんですか?」


「うむ。役者がそろったところで始めようか」


 巌は背もたれから体をおこし、机の上に肘をついた。


「ここでの会話は非公式なものだ。他言無用で願いたい」


「もちろんです」


 深刻そうな巌。


 あ、これ絶対重い話じゃん。と覚悟する玄静。


「天主極楽教と裏取引をしている者が、波動庁にいる」


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