宗次郎、死す
その日は、午前と午後でえらく差があった。
午前中は生徒会棟にやってきた保健医の指導のもと、簡単な健康診断を受けた。身長、体重、病気の有無、視力など、簡単に。この記録をもとに制服を作るとのことだ。
そんなすぐにできるのかと宗次郎は疑ったが、現在は制服の移行期間ということで、用意するのは夏服のみになるらしい。宗次郎の体格も標準的なので、急いで準備すれば間に合うとのことだ。
問題は、そのあと。
舞友が用意したのは言語、数術、化学、地理歴史、一般教養の五科目の試験問題。基礎から応用まで網羅しているらしい。
時間は一科目につき一時間。途中休憩をはさんで合計六時間の試験となった。
「……」
すべての試験を終えた宗次郎は机に突っ伏していた。
顔を上げる気力がない。疲れているからか、といわれるとそうでもない。
とにもかくにも終わったのだ。
それはもちろん、二重の意味で、である。
部屋の中には宗次郎以外に、燈と舞友、担当の先生となる正武家がいた。舞友と正武家が宗次郎が解いたテストの採点をし、燈がそれを覗き込んでいる。
顔を上げなくてもわかる。赤ペンがシャッと音を立てれば丸。シャッシャッと二回音を立てればバツだ。
━━━ああああ。
わかっている。試験を受けた宗次郎自身がその手応えを誰よりもわかっている。
だが、耐えられない。
━━━頼むから、赤ペンを二回走らせる音を立てないでくれ。
机に突っ伏す宗次郎の願いは叶った。ようやく、部屋の中を沈黙が支配する。
どうやら採点が終わったらしい。
できていないとわかりきっているから、宗次郎は最後の抵抗をするように机に突っ伏したままにする。
「はぁ……」
━━━グハァ!
燈のため息に心の中で吐血する宗次郎。
本当に耐えられないのは、どうやらここかららしい。
「宗次郎、起きてる?」
頭上から燈の声がする。宗次郎はゆっくり頭を戻し、目を擦った。
燈は宗次郎の答案用紙を片手に持ち、なんとも言えない、かわいそうなものを見るような目をしている。やめろ、そんなゴミを見るような目で俺を見るんじゃない。
「う〜ん、これは……」
正武家も答案用紙を片手に困り顔を浮かべている。
担当する先生にそんな顔をされると、宗次郎は泣きたくなってきた。
「……っ!」
息を呑む音がした方へ顔をやると、舞友がいた。
答案用紙を両手に持ち、顔は窺い知れない。ただ、ワナワナ震えているその答案用紙が舞友の心情を明確に物語っていた。
「点数、みたい?」
宗次郎は黙って頷き、燈から得点表を受け取る。
言語 十二点
数術 十六点
自然科学 十三点
地理歴史 二十五点
一般教養 二十点
「……」
宗次郎の心にあったのは、無だった。
歴史の点数が高いが他よりほんのちょっとだけ高いのは、宗次郎がかつて生きていた時代、千年前の問題が出たからだ。
本当に、ただそれだけ。
あとは実力と当てずっぽうが功を奏しただけだ。
「ない……」
プルプルしていた舞友が音を立てて立ち上がった。
「信じられない! なによこの成績は! 一年生だってもっとまともな点数を取るわよ!」
「あぁ。うん。ごめん」
怒りの形相で吠える舞友に、宗次郎は謝ることしかできない。
「いったいこれまで何をして生きていたのよ!」
「穂積。口が過ぎるぞ」
正武家が静かに舞友を諭す。
「記憶喪失の宗次郎をせめても仕方がないだろう。それよりも、どう卒業試験をクリアするかを考えよう」
「……はい」
舞友は不満げながら首肯した。
それは宗次郎の頭の悪さへの怒りもあるが、それ以外にも何かあるような気がした。
━━━ま、俺勉強してきてないし、しょうがないような。
仕方がない。宗次郎は割り切ることにした。
千年前の時間に飛ぶまでもそこまで熱心に勉強してないし、大地と出会ってからはずっと戦ってばかりだった。
これから頑張ればいいんだ。まだ三ヶ月ある。生徒会長曰く絶対評価らしいから、基準点さえクリアすれば合格できるはずだ。
そう自分に必死に、必死に言い聞かせて宗次郎は心を前向きにする。
「兄さん、これから毎日十時間は勉強です」
「十時間!?」
「当たり前でしょう! こんな成績で卒業試験に合格できると思ってるんですか?」
「そ、そりゃそうだけどさ。波動の訓練とかもしたいし……」
別のことをしたい。そう口にした瞬間、舞友の表情は今まで見たこともないほど呆れと怒りに満ちていた。
それはもう、宗次郎の口を封じ込めるくらいに。
「できる限り、私も協力しますので」
「いいのか? 舞友だって試験の準備をしないと……」
「私のことより、今は兄さんです」
「……十時間で足りるのかしら」
いつの間にか隣に来ていた燈がぽつりと不穏な内容を呟く。
「……マジで?」
「それはそうでしょう」
燈はいつぞや別荘で見せた嗜虐的な笑みを浮かべていた。
「卒業試験はこの三倍は難しいわよ」
宗次郎は死んだ。




