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穂積舞友 その2

 結局、何の予定もなく穏やかに過ごすはずだった休日は慌ただしい一日となった。


 院長室をでた宗次郎たちはすぐに王城に戻り、森山に事情を話した。学院長からの許可もあり、森山もついてきてもいいとのことだ。


 それから引越しの準備に取り掛かったわけだが……急な仕事のせいか、それとも今後の先行きを暗示しているのか。やる気がちっとも湧いてこない。そんなに荷物はないはずなのに、だ。


 溜まった疲労感のせいで、午前中に堪能していた高級な布団に飛び込みたい衝動に駆られる。三塔学院に行けばこのふわふわもこもこはもう味わえないのだ。生徒会の寮だってきっと上等は布団はあるのだろうが、流石に王城のものには敵うまい。


 さらに、あるはずの小物が無くなったり、それを探したりして時間を食い潰してしまった。おかげで、三塔学院に戻ったのは日が落ちてからだいぶ経ってからだった。


「随分と遅いですね」


 車から降りた直後、出迎えにきていた舞友は不機嫌さを隠そうともしない。


 無理もない。現在の時刻は夜十時。宗次郎だって文句の一つも垂れたくなる。


「ごめんなさい、遅くなってしまったわ」


「殿下、そんな。本日からお越しいただくようお願いしたのは私ですので」


 反対側から降りてきた燈にはペコペコと頭を下げている舞友。


「気にしていないわ。それと、二人のときは燈で結構よ。敬語もいらないわ」


「……よろしいのですか?」


「久しぶりに学院に来たのだもの。あまり堅苦しいのは、なしにしましょう」


「わかりました。私のことも、舞友と」


 女性同士は仲良く談笑している。


 燈と話しているときの舞友は普通の笑顔を浮かべていた。


「当主様、お久しぶりでございます」


 最後に降車した森山が舞友に深々と頭を下げる。


 穂積家の使用人である森山からすれば、舞友はまさしく雇い主だ。


「お疲れ様、森山。よく兄様をそばで支えてくれました。礼を言うわ。ただ━━━」


 舞友は一瞬だけ燈に視線を移したのを、宗次郎は見逃さなかった。


「いえ、いいわ。ついてきて」


 黒髪を揺らし、舞友は回れ右をした。


 深夜の校舎には灯りが全くない通路に最低限に街灯があるだけだ。人影は自分たちだけ。風もないから足音だけが響く。


 ━━━なんか、ワクワクするなぁ。


 こっそり侵入したような気持ちになり、宗次郎は胸が高鳴った。


 聳え立つ校舎の間を縫うように進んでいく。学舎区画の中心に位置する塔を通り過ぎ、どんどん奥へ。


「結構遠いんだな」


「そうです」


 宗次郎の質問に舞友がそっけなく答える。


「確か生徒会の建物とそれに付随する寮は、それぞれの区画で行き来しやすい中心にあるのよね」


「おっしゃる通りです。さすが燈殿下、詳しいですね」


 舞友はこちらに振り返ることなく進んでいく。


 仕方がないので宗次郎は頭の中で三塔学院の全体図を思い浮かべた。


 三塔学院は三つの塔を中心とした六角形の区画が三つある。それぞれの区画の中心にあると言うことは、まだまだ先だろう。


 そして歩き続けること二十分ほどで、ようやくそれらしい建物が見えてきた。


「へぇ」


 奥に見える外壁を背景に、煉瓦造りの建物が見えてきた。どことなく古風で伝統を感じる趣がある。二階建てで、正面には大きな木製の門がある。両脇には窓ガラスとカーテンが見えるが、どれも灯りはついていない。夜の雰囲気もあり、まさにお化け屋敷だ。


「全員寝ているので、静かに。部屋は二階です」


 舞友が入り口の扉をゆっくりと開ける。中は異国から取り寄せたと思しき絨毯が敷き詰められ、歩いても音がしない。中央にある木製の階段を登って二階に出た。


「手前から順に、燈、森山、宗次郎のお部屋。朝八時に生徒会の面々と会うので、それまでに」


 左右に分かれた建物の右側に向かい、舞友が小声で教えてくれる。


 三人は黙って頷き、それぞれの部屋へと入っていった。


「……」


 宗次郎は廊下の奥側なので最後になる。別に距離があるからって疲れたりはしない。


 けれど、舞友が後ろからついてくる気配を察して、表情が曇る。


 声をかけようかかけまいか迷っていると、割り当てられた部屋の扉の前に来た。


 ━━━まぁいい。明日話すか。


 宗次郎は部屋の扉を開け、


「……っ」


 扉を閉めようとしたところ、すぐ目の前に舞友がいた。


「お話をしましょう、兄さん」


 こちらを見上げる舞友の表情は、相変わらず硬いままだった。


 拒否する権利はない。宗次郎はそう感じ取って静かにうなずき、部屋に入った。


 生徒会専用の寮は通常の寮と同じく一人一部屋である。広さは通常の者よりあり、建物の様式のおかげで高級感があった。羽毛の布団にケヤキでできた椅子と机、壁は温かさを感じさせるクリーム色をしていた。


 宗次郎が布団の上にて荷物を置くと、舞友が椅子を引いて、さらに机を挟んだ反対側の椅子に腰を下ろした。


 座れということらしい。宗次郎は二人きりで、舞友と向き合った。


「お久しぶりですね。兄さん」


「そう、だな」


「……」


「……」


 そのまま、沈黙が流れる。


 いたたまれない空気に宗次郎は完全敗北していた。


 そんな宗次郎を見透かすように、またしても舞友が口を開く。


「兄さんは」


「?」


「私に何か、言うことはないのですか」


「あるさ。けど……」


 問いただすというよりも、何かにすがるような必死さを舞友から感じる。


 言いたいこと。言いたいこと。


 頭の中で反芻し、まず最初に思い浮かんだのは……。


 美人になったね。


 ━━━アホか俺は。


 確かに美人になった。それは認める。認めるけども今じゃないだろう。


 宗次郎は脳内で自分自身をぶっ飛ばし、思わず目を逸らした。


 言いたいことがないわけではない。むしろ言わなければならないことが山ほどある。


 それをどれから伝えればいいのか、そもそもどうしたいのかがわからないからどうしようもない。


「もう夜も遅いし、明日にしてくれないか。これから三ヶ月はここにいるんだしさ」


「……そう」


 舞友はすっと立ち上がってそのまま部屋から出て行ってしまった。


 またしても沈黙が部屋を支配する。舞友がいたときよりもずっと重い、押しつぶされそうな沈黙だった。

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