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休憩中

 休憩をしっかりとれ。


 宗次郎が師匠からよく言われた言葉だった。


 体を鍛えるにも、波動の技術を磨くにも、勉学にも。ただがむしゃらに行動するのではなく、目標を設定し、そこに至るまでの努力と休憩の時間管理をしっかり組めと教わった。


 幼い宗次郎は堂々とした師匠の態度に目を輝かせ、その教えを守ろうと心に誓ったものだ。


 まぁ、その殊勝な態度は最初だけだったが。


 宗次郎の師匠、十二神将第三席である引地鮎は非常に大雑把というか、雑な性格をしていたのだ。出会った当初こそ圧倒的な強さと豪快な性格に憧れていた宗次郎も、次第にその雑さに辟易していった。


 宗次郎の目には、師匠がずっと遊んで、それこそ休んでいるようにしか見えなかったのだ。


 かくして。宗次郎は休憩というものにあまり良い印象を抱いていない。もし宗次郎が体を休めるとしたら、それは一仕事終えたあとだ。


 そう例えば、幼い頃に交わした約束を無事果たしたあととか。


「ハァ〜」


 太陽が真っ青な空に高く登った昼間。布団の上でゴロゴロ、だらだらする宗次郎。


 ━━━何もしないって、結構贅沢だなぁ。


 背中に感じる柔らかさに癒されながら、宗次郎はぼんやりと天井を見つめた。


 思えばずっと忙しくしていて、こうして一人のんびりする時間を享受することはここ最近なかったように思う。


 ━━━色々あったもんなぁ。


 宗次郎はこれまでの出来事を簡単に思い出す。


 なくした記憶を取り戻すために治療に明け暮れる中、自分が英雄に憧れていたことを思い出して、伝説の英雄が使っていた波動刀・天斬剣を見に行木、そこで燈と再会して。天斬剣の強奪に巻き込まれたかと思えば、テロリストのシオンに弄ばれたり、裏切った練馬に殺されかけたり。


 最終的には幸運と偶然のおかげもあって、天斬剣と記憶を取り戻すことができた。


 一件落着かと思ったら、今度は儀式が中止になって。代わりに剣爛闘技場で皐月杯に出場して。


 陸震杖の持ち主である雲丹亀玄静に出会い、決勝では妖に乱入されたり。


 王城に来たら来たで、国王と謁見したり、貴族たちと顔を合わせたり、王族たちと出会って。


 ━━━本当に、色々あった。


 燈と出会って、いや再会してからの一ヶ月と少しを、一瞬で思い出す宗次郎。


 唯一の例外を除いて。


 ━━━俺、燈の剣になったんだよな。


 昨日の出来事だけは、じっくりと回想する。


 剣の間と呼ばれる部屋で、燈の前に立ち、剣になった。


 剣の選定という儀式らしいが、あまり時間はかからなかったように思う。それなのにこうも印象に残っているのは、やはり。


 ━━━約束を果たせた、よな。


 幼いころ、宗次郎は燈と約束した。大人になったら君の剣になると。


 その約束を果たすことができたのだ。

 つまり、今の宗次郎はまさに一仕事を終えた状態なのだ。


 王城内に割り当てられた一室で、高級な布団の上で昼間からダラダラしている理由がそれである。


 ━━━なんだかなぁ。


 宗次郎は白い漆喰で塗られた天井に手をかざす。


 正直なところ、昨日の儀式によって燈の剣になった実感がわかない。


 剣とは、王族が自身の最も信頼する人間を選ぶ儀式だ。その儀式を終え、約束を果たした。それはいい。


 しかし、あくまで通過点に過ぎない。


「重要なのはこれからだよな」


「そうね」


「おわぁあ!」


 宗次郎は大声をあげて布団から飛び起きた。


「お、あ、燈! ノックぐらいしろよ!」


「したわよ。気づかなかったの?」


 宗次郎に心臓を止めかねない衝撃を与えたのは、腰まで伸びた銀髪を靡かせた少女だった。


 陽の光を受けて煌めく海のように青い瞳。陶器のように白い肌。服装は普段着ている八咫烏のものではなく、青を基調とした簡単な着物だった。身に纏う雰囲気は高貴さと高圧さで近寄り難いのに、一眼を引く美しさがある。


 皇燈。皇王国の第二王女にして、宗次郎の主だ。


「ゆっくり休めたみたいね。よかった」


「……」


 柔らかく微笑む燈に、宗次郎の思考が停止する。


「どうかした?」


「あー、いや。うん。なんでもない」


 その眩しさに宗次郎はさっと目を逸らす。


 普段なら、


「いくらなんでも気を抜きすぎよ。しっかりして」


 と言われているところだ。


 その冷たい目線に、何度体がすくむ思いをしたことか。


 それが急に優しい笑顔を向けられると、宗次郎は戸惑いを隠せなくなる。


「それで、何か用か? 今日はなんの予定もないはずだろう」


「そうよ。変更になったの。だから着替えて。出かけるわよ」


「……やけに急だな」


 どうやら休暇は終わりらしい。ダラダラ過ごそうと思っていただけに宗次郎の声には若干の落胆が含まれる。


「用事はなるべく早く済ませた方がいいでしょう?」


「それはそうだな。で、どこに行くんだ?」


「三塔学院よ」


「ふーん。……ん?」


 宗次郎は着る物を探していた手を止め、疑問の声をあげる。


 さらりと聞き流すところだった。三塔学院について知っているが、なぜ行く必要があるのかはさっぱりわからない。


「なんでまた?」


「行く途中で説明するわ。外で待ってるから、手早くね」


「……分かった」


 宗次郎は名残惜しそうにさっきまでくるまっていた布団を見つめる。


 どうやらのんびりできる時間は終わりらしい。夜になったらまた、とも思ったが戻って来れない可能性の方が高いだろう。


 王城に備わっているだけあって高級で、ふかふかのもこもこだったのだ。


「……はぁ」


 そんな様子を燈が微笑ましく見つめているが、宗次郎は気づかなかった。

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