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エピローグ 矛盾

 今日、およそ十年ぶりに大切な家族と再会する。


 こうやって文章にすると、いかにもロマンチックな感じがする。


 少女は一人苦笑した。


 間違いではない。久しぶりの、本当に久しぶりの再会に胸が躍る自分がいる。


 再会できると知った当初は、それこそ飛び上がりそうになるのを必死で抑え込んだくらいだった。


 そう。間違いではない、のだが。


 何処かで、会いたくないという思いが少女の胸にあった。


 その思いは少しずつ大きくなった。


 兄の名前を聞くたびに。


 兄の活躍を目にするたびに。


 否定的な感情はまるで芽を出した植物がすくすくと成長していくように心を支配し、ついには喜びを上回るほどになった。


「ほら、舞友まゆ。行こーよ!」


 少女の親友がまぶしい笑顔で声をかけてくる。


 少女は自分の内心が表に出ないよう素早く頷いて、席を立った。


「おめでとう、舞友さん!」


「先輩、よかったですね!」


 朝日が差し込むクリーム色の床に白い壁をした廊下。顔見知りがすでに数人待機して、友人と同じく笑顔を向けてくる。

 

 周囲はこのように感動の再会だとして、盛り上がっていた。


 名前を呼ばれた少女━━━舞友は自分よりはるかにうれしそうな面々に囲まれて、廊下を進む。


 九年前。その別れは突然訪れた。


 生まれた時から近くにいて。小さい頃はずっとそばにいてくれると約束してくれた。


 離れていたときも、電話などで連絡を取り合ってくれた。


 少女の大切な家族。優しい兄だった。


 それが、ある日父から、


「あいつはいなくなった」


 こういわれた。


 意味が、解らなかった。


 信じられるわけがなかった。


 ずっと一緒だったのに。つい昨日も顔を合わせたのに。


 どういうことかと問い詰めても、言葉通りの意味だとしか返ってこない。


 嘘だ、と自分に言い聞かせた。


 しかし。


 ずっとそばにいてくれると約束した兄は、目の前に現れることも。電話をかけてくることもなくなって。


 もう二度と会うことはない。そう考えていた。


 そんな兄とまた会える。


 奇跡的な再会なのに、なぜ会いたくないのか、そう疑問に思う人もいるかもしれない。


 答えは簡単だ。


 兄は、舞友の知っている兄ではなくなっていたのだ。


 一年前、兄が発見されたと連絡があった。そこで再開した兄は━━━記憶と波動を失い、廃人同然となった。


 舞友は変わり果てた姿にショックを受けた。大きくなった兄の顔には確かに面影があったからだ。


 一ヶ月前。回復し、無事記憶を取り戻したと知らせを受けた。


 それだけならまだ良かったのだが。


 兄は国宝・天斬剣の持ち主に選ばれ、天斬剣献上の儀を中止させた。五月に行われた武芸大会・皐月杯では決勝戦まで進み、乱入した大型の妖を見事討伐した。


 そして、数日前には第二王女、皇燈の剣に選ばれたという。


 もう色々ありすぎて何が何だかわからない。兄はもう自分の知っている兄じゃない。もはや別人と言えるほどに変わってしまった。


 会いたいようで会いたくないのは、それが理由だった。


「ねぇ、今度お兄さん紹介してよ」


 兄は今や大陸中に名を知らしめている。そのせいで親友のように周囲から声をかけられることも珍しくない。


 ━━━矛盾、ね。


 人間は矛盾した生き物なのです。そう担任の先生が告げたとき、舞友は実にキザな表現だと内心バカにしたものだ。


 それが、今まさに自分の心情をぴたりと表しているのだから笑えない。


 階段を一つ下に降り、廊下に出る。


 窓辺には大勢の人が集まり、そろそろ来るはずの兄を待っている。


「きた!」


 男子生徒の声を皮切りに、おおおと廊下にどよめきが走る。


 黄色い歓声をあげる女子。端末で写真を撮る男子。反応はさまざまだ。


「ほら、どいて!」


 親友が舞友を通すべく人をかき分け、声をかけられた何人かはどいてくれた。


 自分の内面を必死に隠し通しながら、舞友は窓枠に手を置いて地表を見下ろす。


 校門から黒塗りの車がやってきて、中から女性と男性が降り立つ。


 ━━━兄さん……。


 顔つきは昔の面影を残しながらも、身に纏う雰囲気を別人のように変えた。


 穂積宗次郎がそこにいた。


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