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エピローグ 剣がいるということ

 宗次郎たちが王城へやってきてから四日が経過した。


 当初の予定では既に王城を出ているはずだった。一日目と二日目に謁見や神将会議を終わらせ、一日あけて四日目に燈の剣になる。


 そんなスケジュールは紆余曲折あったものの、無事に終わろうとしている。


 ━━━色々あったわね。


 控室に置かれた鏡を見つめながら、燈はぼんやりとしていた。


 想定通りにいかないと苛立ちが募るタチではあるが、今の心は実に晴れやかだ。


 その証拠に、鏡に映る自分も別人のように感じられる。髪を束ねる銀の髪飾り、薄く塗られた口紅と化粧、身を包んでいる礼装だけではない。


 ━━━こんなにリラックスしているなんて……。


 燈は王城に来る前、装甲車のフロントガラスに映っていた自身の顔を思い出す。


 警戒と不安が入り混じったあのときの顔に比べれば、今の鏡に映るそれは随分穏やかだ。


「燈殿下。準備が整いましてございます」


「ありがとう」


 王城に勤務する使用人が控室に入り、ペコリと頭を下げる。


「どうかした?」


「い、いえ……」


 惚けた顔でこちらを見つめる使用人を問いただすと、彼女はサッと目を伏せた。


 その反応の意図が読めないまま、控室を出る燈。


 目指すは剣の間。歴代の王位継承権を持つ者が、自身の最も信頼する者を剣として認めるための部屋だった。


 縁が金色に塗られた朱色の扉を使用人が開け、燈は中に入る。


 謁見の間と同じく朱を基調とした部屋。扉の造りと同じく、要所要所に金の細工が施されている。三方の壁には歴代の国王とその剣の肖像画が飾られていた。


 さらに、壇上と接する壁には王城内で一番大きな絵画がかけられていた。


 王冠を被った青年と刀を穿いた青年が互いの拳をくっつけあっている。


 剣の間に相応しい、初代国王と初代王の剣を象ったものだ。


 壇上に登った燈は絵画に背を向けるように立ち、部屋にいる者たちに視線を向ける。


 ━━━お父様……。


 綺麗に整列する中、一番手前にいる国王が燈を見上げている。王たらんとしてか、無表情を貫いている。しかし込み上げる嬉しさを隠そうとしているとバレバレだ。現に目には涙が浮かんでいる。


 剣なしの姫君。


 それが今までの燈の蔑称だった。自身が最も信頼する人間、剣を選ばない生き様をずっと揶揄されていた。


 燈自身、それでいいと思っていた。自分は一人で戦い、ゆくゆくは初代国王を超える王になるのだと。


 けれど、今は違う。


「!」


 ガチャリ、と。


 燈の前に面した扉が開き、一人の男が現れる。


 宗次郎だ。


 祝宴の席とは違い、最上級の礼装である黒紋付袴羽織を宗次郎は堂々と着こなしていた。顔つきは精悍で、ただまっすぐに燈のほうを向いている。


 その様子に、部屋の空気は明らかに変わった。


 ━━━いいよいよね。


 宗次郎の顔つきに燈は昔に思いをはせる。


 最初に剣について教えてくれたのは母だった。武闘派だった母は冗談交じりに


「せっかくだから、燈を打ち負かせるくらい強い男の子を選びなさい」


 なんて微笑みながら言うので、燈は反発した。


 昔から負けず嫌いだった燈にとって、男の子に負けるなんて想像もしたくなかった。


 こうして、父や母が連れてくる剣の候補に喧嘩を売りコテンパンにする日々が始まった。修行の成果を試すため、燈側から戦いを挑むこともあった。


 そうして順調に勝ち星を挙げていた燈に白星を付けたのは、とある男の子だった。


 あまりに悔しくて、腹立たしくて。信頼の証とはといいたくなるようなぶっきらぼうな声で、剣になりなさいと命令したのだ。


 男の子がうなずきながらしていた困り顔を、燈は今でも覚えている。


 その男の子は今、目の前にいる。


 見違えるほどに立派になって。


「……」


 壇上に隣り合うように立ったところで互いに向き合う。


 大勢の人間がいるはずなのに、部屋に二人きりでいるような錯覚を覚えた。


「皇王国が第二王女、皇燈はここに誓う」


 自分の声がやけに響く感覚を味わいながら、燈が右の拳を掲げる。


「汝、穂積宗次郎を我が剣と認め、共に歩むことを」


「我、穂積宗次郎もここに誓う」


 宗次郎の右拳が上がる。


「皇燈を我が主人と定め、絶対の忠義を尽くすことを」


 接触する、拳と拳。


 背後にある絵画と全く同じ構図で、宗次郎と燈は剣となることを了承した。


 拍手が上がる。


 顔をクシャクシャにしながら手を叩きまくる国王。その隣に立つ大臣。第一王子である柳哉。兄弟たち。その他貴族の面々。


 政治的に敵対している面々を見ても、燈の心には細波ひとつ立たない。


 平和に対するわだかまりも、謎の孤独感に苛まれることもない。


 なぜなら。


 自分は一人ではないと、心の底から思えるのだから。

 


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