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導き出した答え その3

 差し出された柳哉の手に対して、なんの反応を示さずに宗次郎は立ち上がった。


「柳哉王子。一つお伺いしてもいいでしょうか」


「何かな?」


 自分とほぼ同じ高さにある黒い瞳。いきなりの起立に若干の驚きこそあるものの、兜の奥にあっても煌々と輝いている。


 その相貌をまっすぐに見つめ返して、宗次郎は告げた。



「あなたは、この国をどうなって欲しいんですか?」




 質問の内容に場の空気が一瞬止まる。


「フン」


 沈黙を破ったのは瑠香だった。何を当たり前なことを聞いているのだ、と言わんばかりに鼻で笑う。


「さっきも言った通りさ。僕は国民の願いを叶えることが王の責務だと思っている。だから国民が望むように━━━」


「いえ! そうではなく」


 柳哉の発言を右手を上げて制する。


「国民ではなく、柳哉王子がどうしたいのかを聞いているんです」


 再び、沈黙が訪れる。


 誰も、何も言わない。


「僕自身の意見は、そんなに重要かな?」


 しばらくして柳哉が口を開き、それに対して宗次郎は。


 なんと、ため息をついた。


 あまりにも無礼な態度に、歩も綾も顔を顰めて宗次郎を見上げる。


「この質問は、柳哉王子が俺に聞いたものです」


 それを意にも介さず、宗次郎は龍弥を見つめたまま。しかも柳哉の質問にも答えず自分の話を続ける。


「そうだね。ついさっきのことだ。君は、国民の幸せを願っていたね」


「はい。でも━━━」


 宗次郎はここで初めて、少しだけ俯いた。


「あれは、俺の考えではないんです」


 咄嗟に口から出たのは、大地の思い描く理想であって。


 自分の理想ではない。


「国がどうとか、どうでもよくて。考えるのも面倒だったので、丸パクリしたんです。俺は……逃げたんですよ」


 宗次郎は拳を堅く握りしめる。


「つまり、何が言いたいのかな?」


「分かりませんか?」


 王族に対してこれでもかと失礼な発言を続けている自覚は宗次郎にもある。


 しかし、ここでやめる気は全くなかった。


「柳哉王子も、俺と同じじゃないですか?」


「!!」


 ピクリ、と。


 ほんのわずかに柳哉の兜が動いた。


「おい! 口が過ぎるぞ!」


 憤怒の形相で立ち上がった歩を制して、柳哉は黙ったままだ。


「王国の要は国民。故に国民の願いを叶える。理想的だと思います。間違いではないと思います。でもそれは、あなた自身が思い描く理想がないからじゃないですか? だから、俺が他人の考えに逃げたように、国民の願いを持ち出した。違いますか?」


「……」


 宗次郎の問いかけに何も言わない柳哉。


 しばらく沈黙が続き、柳哉が差し出した手を引っ込めるのを見て、宗次郎はさらに続ける。


「俺はあなたの手を取れません。八咫烏の数を減らせば平和になるという考えにも、賛同できません」


「……それは、何故だい?」


「今が平和とはとても思えないからです」


 妖が発生し、天主極楽教が国民を苦しめる。


 そんな状況の中でも、戦争もないから、外敵がいないからという理由で、平和という言葉が出てくる。


 それはきっと、妖や天主極楽教と縁がないからだ。


 争う力がなくなれば平和になる。


 その考えが実現するとしたら、それは真の意味でこの大陸から争いがなくなったときだろう。


「俺は平和を実現するために、平和を維持するためには戦う必要があると思います」


「唾棄すべき考え方ね。吐き気がするわ」


 瑠香が吐き捨てる。歩も綾もいい顔をしていない。


「国民を戦いに巻き込むつもりかい?」


「勘違いしないでください、柳哉王子。闘いとは純粋な戦闘行為だけを意味しません。なぜなら━━━」


 宗次郎が思い浮かべるのは、かつての友の顔。


 同じ地獄を潜り抜けるために助け合い、互いの夢を誓い合った、皇大地の顔を。


「戦闘力がなくても、人は戦うことができるからです」


 誰もが幸せに暮らせる国を作る。


 国をどうしたいのかという、宗次郎が逃げ出した問いと大地はずっと戦っていたのだ。その結果、真の意味で皇王国の始まりとも言える夢を抱いた。


 妖との戦争で疲れ切っていた人々は最初こそその夢を笑った。


 大陸の半分を支配されているのに、平和な国なんて作れるはずがない。


 戦えない人間が世迷言をほざくな。


 そう言い残して軍を去る者もいた。他の軍と協力する際、罵詈雑言を浴びるのは日常茶飯事だった。


 それでも大地は諦めなかった。


 一つ一つ、勝利を重ねても慢心せず。ときに敗北し、仲間を失っても悲嘆せず。数多の軍勢の総指揮権を与えられても驕らず。


 常に自分の夢に忠実で、ただ真っ直ぐに歩き続けた。


 その根底にあったものは、宗次郎は優しさだと思っていた。


 妖のせいで苦しむ人間をなんとかしたい。その一心で動いていたからだ。


 大地は戦闘力がほぼ皆無であり、一人で大勢の妖を相手取って戦える宗次郎とはまさに正反対。その代わり、周囲の協力を得るために周りと真摯に向き合っていた。


 どんな時も周りを鼓舞し、褒め称え、共に笑う。


 その姿勢に、優しさに。人々はやがて憧れを抱いた。応援したいと思ったのだろう。


 いつしか大地の元には大勢の仲間が集まるようになった。大地の夢を応援したいと目を輝かせるものもいた。


 だからこそ、大地は夢を叶えることができたのだ。


 大地の描く夢に、理想に人々は自身が求める平和があったのであって。


 大地は人々が望むから夢を抱いていたのではない。


 柳哉とは順番が違うのだ。


 そして、自分の夢を貫いたその生き様こそ。


 大地がしていた戦いだったと、今の宗次郎は胸を張って言える。


「戦いが怖いと思う気持ちはわかります。誰だって命を落としたくないし、傷つきたくない。でも、戦いを遠ざけたり、戦いから逃げたりしても平和は実現しないと思います」


 大地は戦争の悲惨さを嫌というほど知っていた。天修羅が現れる前から大陸は戦国時代が続いていたし、大地の祖国は妖によって滅ぼされている。


 大地だって怖かったはずだ。自分に戦う力を持っていたらと、悔しい思いもしたはずだ。


 それでも、大地は戦いから逃げなかった。


 自分の目指す平和という理想を実現するために、戦いは避けて通れないから。


「平和を実現するためには、戦士だけでも、国王だけでもない。国民の一人一人が平和を求める意思を持ち続け、行動する。その行為こそ、自分は戦いではないかと思うのです」


 そう締めくくり、宗次郎は一息つく。


 柳哉は俯いたまま、兜の下にある表情は見えない。ショックを受けているようにも見えるし、どこか安堵したようにも感じられる。


「それで?」


 肩肘をつきながら、ぶっきらぼうな口調の歩。


「君は柳哉兄ではなく、燈につくと?」


「貴族を粛清し、燈姉様と共に大陸を支配するのですか?」


 綾の避難に対して宗次郎は静かに首を横に振り、隣に座る燈を見やった。


「燈なら、もっと別な方法で平和を実現できると思っています。今はその答えが見つからなくても、俺たちなら見つけ出せます」


「何を根拠にそんなことを」


 小馬鹿にしたような瑠香をしっかりと見返して、宗次郎は告げた。



「俺は、燈を信じていますから」



 宗次郎の発言により、場の空気は完全に変わった。


 瑠香も、歩も、綾も。ハッとして目を見開くほどに。


 そして、宗次郎自身も発言をしてから自覚した。


 ━━━あぁ、なんかすげぇしっくりくる。


「燈は初代国王を超える王に、必ずなります。あなたたちには負けませんよ」


 燈は大地とは違う。戦う力はあるし、性格も真逆だ。


 しかし、自分の夢にかける情熱だけは別だ。


 かつて遭橋市の公園で語った燈は、大地となんら遜色がないほどに輝いて見えたのだから。


「……面白い」


 俯いていた柳哉が顔をあげ、不敵に笑った。


 目の前にいる男にかつての友の面影は未だある。


 立ち振る舞い、仕草、呼吸の癖、兜の奥から覗く瞳や口元。


 祝宴の席ではその面影に動揺した。みっともないほどに焦り、体が震えた。逃げ出した挙句、庭で嘔吐したくらいに。


 ━━━大丈夫。


 動揺した自分に別れを告げるように、安心感と落ち着きで満たされる宗次郎。


 もはや目の前にいる男はかつての友でもなんでもない。


 よく似た別人だ。ひどい言い方をするなら劣化コピーだ。


 ━━━そんな人間に、俺と燈は負けない。


「受けて立とうじゃないか」


 沈みかける夕暮れの日差しが美しい庭園に咲き誇る草花を照らす。一本の巨大な松の木の影が机の真ん中に綺麗な直線を描く。


 初夏の穏やかな風が宗次郎の前髪を優しく撫でた。



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