兄妹の集い その2
燈が話題を振ると歩は顔に影を落とした。
「裁判が長引いているのかしら?」
「天主極楽教の件な。遅れは出ていないが、終わるのはいつになることやら」
やれやれ、と肩をすくめる歩。
燈は三ヶ月前の作戦で天主極楽教の教主を捉えるため、三つの拠点に攻め込んだ。その結果教主だけでなく構成員数百名を捕縛したのだ。その全員を法のもとに裁くわけだが、人数が多すぎるのでその分作業量も膨大だ。
現に、波動庁に立ち寄った際は構成員の取調べをしている最中に宗次郎と一悶着あったくらいだ。
「もう、危ないわね、テロリストなんて。そんな人たちは全員死刑にしてしまえばいいのに」
「無茶を言わないでくれ姉上。テロリストと一括りに言っても、罪の重さはそれぞれ異なる。罪を洗い出し、適切な罰を与えなければならないんだ」
歩はぐっと拳を握りしめ、意気込みを語る。
規則やルールにうるさく、頭の硬い歩だが、人を思いやる一面をちゃんと持っている。
規則を守る人間の幸せを願い。破ってしまった人間にも救いの手を差し伸べようとする。
「ふぅん、そう」
歩の発言にさして興味もないのか、瑠香はお茶を啜った。
あまりの無関心ぶりに歩はため息をつき、綾すら若干呆れている。
瑠香は自分は人の上に立つべき存在として、自分からは特に何もしない。なのであらゆる事象に無関心だ。こうして周りを呆れさせることも多い。
「まぁ、歩がいうのなら、そうした方がいいわよね。ずっと法律の勉強を頑張ってきたんですもの」
ふふふ、と瑠香は笑ってお茶を飲んだ。
自分は人の上に立って当然の人間だ。瑠香は心底そう考えている。だから自分の好きなものや興味があるものを除いて、自発的に何かをすることは全くない。
逆に、周囲の人間にはやりたいようにやらせる一面がある。良くも悪くもおおらかでいい加減なのだ。
よほどのことがない限りは、の話だが。
「これで天主極楽教の案件はほとんど解決したようなものなのでしょう? なら、ねぇ」
瑠香が意味ありげな視線を燈に向けてくる。
「この前も話したけど、八咫烏をやめたらどうかしら? 国民が安全に生活するための大切な仕事なのは理解しているけれど、燈に危ない目にあってほしくないわ」
「お姉さま……」
うんざりした表情を隠さず、燈はため息をつく。
「だって燈は女の子なのよ? それが舞踏会や茶会にも参加せず、刀をふるって戦いに明け暮れて……」
「お気遣いは嬉しいですが、余計なお世話です。姉上」
「まぁまぁ。落ち着け二人とも」
歩が両手を広げて燈と瑠香を制する。
「いいじゃないですか、瑠香お姉さま。燈姉さまの近頃の活躍はめざましいのですし」
「綾の言う通りだな。天主極楽教を壊滅した作戦、最年少での十二神将抜擢。天斬剣献上の儀は中止になったが、その代わりに皐月杯をかつてないほど盛り上げた。天斬剣の持ち主を発見できたのも燈の功績と言っていいだろう」
「……後半は、偶然の産物です。歩兄様」
ベタ褒めする綾と歩に、燈は謙虚な反応をする。
運命的といえば聞こえはいいが、実際は運の要素が非常に大きかったように思う。宗次郎と天斬剣、封印の鍵だった藤宮家の家宝とそれを持っていたシオン。もしどれかの要素が欠けていたら現在の状況はあり得なかった。
「それは……そうだけど」
綾と歩の発言に瑠香は口を尖らせる。
「瑠香はどうして燈に戦ってほしくないんだい?」
「もう、当たり前のことを聞かないで柳哉兄様。危ないからに決まっているでしょう。命をかけて戦うなんて、王族のすることではないわ」
キッパリと言い切る瑠香。
基本的に他人のやりたいようにやらせる瑠香だが、命に関わることになると流石に口を挟みたくなるようだ。それも腹違いとはいえ実の妹が、となると心配で仕方がないのだろう。
「他の国と戦争をしているわけではないのよ? 同じ国、同じ大陸に住んでいる人間同士でいがみ合っているのなら、戦う以外にやりようはあるのではなくて?」
「……戦士はこの大陸には不要、と言いたいのですか?」
「そうではないわ。軍事、警察機構は必要なものよ。でもね、王族であるあなたが率先して行うのは……何より、あなたは女性なのよ?」
「……」
燈の怒りがそろそろ限界を迎えそうになる。煮えたぎった湯が鍋から溢れるような感覚。体の中心から熱と怒りを放出してしまいそうになる。
「戦いに必要な力は、最低限でいいと思うの。強すぎる力は争いを呼ぶわ。だから━━━」
「そこまでだ、瑠香」
珍しく強い口調で咎める柳哉。普段の大人しさ、おおらかさを知っているだけに、瑠香は一瞬で冷静になった。
「……ごめんなさい。少し熱くなりすぎたわ」
「いいさ。燈も、いいな?」
「はい、柳哉兄様」
瑠香の態度や考え方、口調に言いたいことは山ほどあるが、自分を心配してくれているのだと燈にもわかる。柳哉がいいというならば、この場は大人しく引き下がるしかない。
気まずい沈黙が流れる。華やかな庭園とそこで催される茶会には相応しくない、どんよりとした空気。
誰もが俯きがちになる中、柳哉は一人腕を組み、うむ、とつぶやく。
「いや、せっかくだから続けてみようか」
「えっ?」
「は?」
仲裁した柳哉が電光石火の速さで手のひらを返し、燈と歩が驚きの声を上げた。
「ああいや、瑠香と燈の二人で喧嘩して欲しいって意味じゃないよ。全員でなら面白いだろうな、と思って」
「どういうことです? 柳哉兄様」
綾が疑問を口にし、歩、瑠香、燈の三人が前に身を乗り出す。
「だからさ、ここにいる全員で、王のあり方について語ってみないか?」
予想外の提案に、柳哉以外の全員が目を丸くする。
「瑠香は王族が戦うべきでないと言った。燈はそれに反対している。それは、国王や王族のあり方について思うところが違うからだろう? だからこの機会に、各々の考え方について共有するのも悪くないんじゃないかと思ってね。こうして僕ら兄弟が揃う機会なんて滅多にないのだし」
燈は出席者全員の顔を見渡す。
同じ王家の人間であるが、柳哉は内務局、歩は司法局でそれぞれ働き、瑠香は王城にいて貴族との交流を深め、綾は三塔学院で学園生活を送り、燈は波動庁に勤務している。てんでバラバラだ。
幼い頃はこの庭園で疲れて寝てしまうほど遊び呆けていたが、今はそうはいかない。
黙りこくる兄弟たちに柳哉はさらに続ける。
「もう少し踏み込んだ言い方をするなら、自分が次の国王になったらこの国をどうしたいのか、と言い換えてもいいのかもしれないね」
柳哉の一言に歩が苦い顔をする。
「柳哉兄、それは」
「不謹慎な発言だって分かっているよ。父上はまだ健在だ。すぐに僕らがどうこうという話じゃない。ただ、ここには僕らしかいないから、内緒話をする分にはいいと思うんだ」
灰色の仮面の奥底にある表情は読みづらい。本気で言っているくせに、どこか余裕の笑みを浮かべているような気がする。
「どうする? やってみる?」
「私は別に構わないわ」
「えぇ。燈に賛成するわ」
燈と瑠香がほぼ同じタイミングで即答した。
つい先程まで言い合っていた者同士、断る理由はどこにもない。遅かれ早かれ次の国王を決定しなければならないことに変わりはないのだ。何よりここで自身の正当性が証明できれば最高の結果が得られる。
━━━私は、勝つ。
瑠香にも、綾にも、歩にも、そして柳哉にも負けない。
初代国王を超える偉大な王になる。
妹と交わした約束を守るため、自分の夢を叶えるためにも、ここで逃げるわけにはいかない燈。
「俺も構わないさ」
「……私も」
一息ついて歩も、遠慮がちに綾も賛同する。
「じゃあ、早速始めようか」
にこやかな声で、柳哉は座布団に座り直した。




