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兄妹の集い その1

 大皇城には立ち入りが制限される区域が存在する。


 例えば神将会議が行われる会議室は十二神将もしくは会議の関係者以外立ち入ることはできない。国王の執務室は国王やその剣は入室ができるが、王族は許可を得なければ入ることができない。


 燈と柳哉が向かっている場所も立ち入り制限がある区域だった。


 利義としぎ礼賛らいさんの庭園。


 六代目国王、皇利義は政治的な手腕は低かったが、芸術をこよなく愛していた。そんな彼が最高の作庭家と呼ばれたたちばな治兵衛じへえに作らせた庭園である。


 古今類を見ないような庭園を築いてほしい。利義の依頼に治兵衛は見事応えて見せた。


 回遊式と座観式を組み合わせた庭園だ。地面には庭石と苔が敷かれ、丁寧に整理されている。不変の自然石と季節によって彩りを変える樹木が所々に置かれてあり、今は初夏の瑞々しさが前面に押し出されている。


 見るものに感嘆のため息をもたらす、まさに風光明媚という言葉がふさわしい庭園。昔は妹の眞姫、母と一緒によく遊んだものだ。そんな思い入れのある庭園を見ても、燈の心は晴れなかった。


 ━━━はぁ。


 鬱屈とした気持ちのまま柳哉の後をついていく。


 建物の一部が出っ張り、庭全体が見渡せる場所がある。王族たちとその剣の実が足を踏み入れられる、憩いの場だ。


「燈、いらっしゃい。待っていたわ」


 襖を開けると、発起人であるらしい瑠香がやさしく迎え入れてくれる。


 柳哉と同じく祝宴の席ほど派手ではないが、誤差のようなものだ。昨日の花柄模様の着物と似たような、派手な着物を着ている。鶯などの鳥類も描かれていて、庭園の風景とよく似合っていた。はめられた指輪も金から銀を基調としたものに変わっている。


「柳哉兄、すまない。もう少し早くついていれば、俺が迎えに行ったのに」


「いいさ。気にしてないよ」


 謝る歩に柳哉は肩をたたいて慰める。


 歩の格好は昨日の祝宴の席と全く同じだ。いついかなる時も最低限の身だしなみで対応するのが歩だった。


 柳哉の言う通り、集まっているのは王族だけだ。


 これで全員か、と思った燈の背後から人の気配がした。


「遅くなりました」


 振り返った先には綾がいた。


「綾、その格好はどうしたの? もっと着飾りなさいな」


「仕方ないでしょう、瑠香お姉様。三塔学院に戻るところで急に呼び出されたんですから」


 言い訳の通り、綾は外出用の格好のラフな格好をしていた。


「さ、これで全員揃ったね」


「ん? 巧実たちはいいのか?」


「今回は年少組は呼ばないつもりなんだ、歩。さ、お茶にしよう」


 歩の質問に柳哉はさらりと答え、座布団に腰を下ろす。


「さ、お茶が入ったわ」


「私が淹れます」


 一番年下の綾が全員の茶器に注いていく。


 何の気なしに瑠香、燈、綾の女性三人と柳哉、歩の男二人に別れ、机を挟んで座る。


「それで、今日は何の集まりなの?」


 燈は唐突に切り出した。


「いいじゃない。久しぶりに兄弟が集まったのよ? たまにはこうして時間を取ってのんびり過ごしましょう


「それでだけですか?」


 早く三塔学院に戻りたいという気持ちを隠す気がないのか、綾が瑠香に食って掛かる。


「まぁまぁ。すぐ三塔学院に戻らなきゃいけない訳じゃないだろう。たまには兄妹だけでのんびり過ごそうじゃないか」


「……わかりました」


 柳哉の説得に渋々と座り込む綾。自分で注いだお茶を一口飲み、


「おいしい」


 と驚きの表情をする。


 すかさず瑠香がほほ笑む。


「そうでしょう? 三岡でとれた高級な茶葉を使っているの」


「……」


 恥ずかしさで顔を赤らめる綾。年相応に幼い部分を見せるのは、やはり家族の前だからだろうか。


 燈もお茶を一口飲む。瑠香の言う通り、なかなかの味だ。


 もっとも、心のすさんだ状態ではおいしいからといって特に何ということもないが。


「綾、聞いたぞ。昨年度の学業は主席だったそうじゃないか」


「当然です、歩兄さま。出来損ないの悠平と一緒にしないで」


 ふんと鼻を鳴らして髪をかきあげる綾に、瑠香は不満げだ。


「まぁ、勉強ばかりなんて華がないわね。もっと優雅に立ち回りなさいな」


「お姉さまはもう少し慎みを覚えるべきじゃないかしら」


 徐々に険悪になりつつある瑠香と綾。男性陣二人が慌てる気配を感じ取り、燈は助け舟を出すことにした。 


「柳哉兄様、視察の方はどうでした?」


「つつがなく終わったよ。この一年間大陸各地を見て回って、とても有意義な時間を過ごせたと思う」


 話題を振られた意図を察して、柳哉は普段よりも明るい口調で返事をする。


「皇王国は大陸全土を掌握しているけれど、まだまだ発展途上な部分が多い。各地によって特徴があるって、肌で感じてようやく実感することができたよ。王城にいるだけじゃ絶対にわからなかったなぁ」


 どこか遠くを見つめる柳哉。


 普段は内務局にて補佐官を勤める柳哉。この一年はいつもと違い、王城を出て大陸各地を視察していた。


 地方の状況にも目を配りたい。そう国王に直訴したのだ。


 父としても、次の国王と名高い長男にいろいろ経験を積ませた方が良いと判断したのだろう。柳哉の願いは異例の速さで聞き届けられた。


 西から順に一回りし、最後に北部の視察を終えて、昨日戻ってきたところだ。


 第一王子でありながら王城に留まるのをよしとせず、積極的に国民と関わりを持つ姿勢が柳哉の人気を買っている。


「北部なんて寒いだけでしょうに。私、行くなら南部がいいわねぇ」


「はは、そうでもないよ瑠香。まだ未開拓な部分が多いからこそ、調べ甲斐があるんだ」


「お姉さまは遊びたいだけでしょう。それより柳哉兄様、北部の視察については詳細な結果が欲しいの。いただけるかしら」


「もちろん」


 綾のかけているメガネがきらりと光った気がした。未開拓な部分が金になるのではないかという期待が全身から滲み出ている。


 がめついとかケチな女性と思われがちな綾だが、金銭感覚がしっかりしていることの裏返しだ。金銭に関する嗅覚は鋭く、どんな機会も見逃さないように情報収集を怠らない努力をしていることを燈は知っている。


 綾の剣に当たる貴族は先々代から国の財政に関わり、その立て直しに尽力してきた人物。その影響を強く受けているのだ。


「とにかく、無事戻ってくれて何よりだ。お疲れ様、兄上」


「なに、歩だって今は大変そうじゃないか」


「まぁな」


 顔に影を落とす歩を燈は気になった。



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