奪われた天斬剣 その1
宗次郎たちは森山に連れられ、部屋を出て食堂へ赴いた。
四人の気まずい雰囲気は変わらず、むしろ重くなっている。森山がなんとか場を和ませようとして、
「全員分のお食事を作ったんですよ」
「第二王女殿下のお口に合うと良いのですが」
と笑顔で話しのネタを振る。練馬がそれに応えるが、空気は変わらなかった。
「失礼します」
森山がノックし食堂の扉を開ける。宗次郎が中に入ると、すでに四人が卓に座っていた。八咫烏たちだ。部隊の隊長を務める二本脚が一人と、隊員である一本脚が三人。隊員のうち二人は宗次郎と門が神社でもめた八咫烏だった。
「初めまして。部隊の隊長を務めております福富と申します。部下がご迷惑をおかけしました」
福富が立ち上がり、こちらに挨拶をしてきた。
宗次郎もそれに応じる。
「とんでもないです。穂積宗次郎と言います。それと」
宗次郎は神社でもめた二人の八咫烏に向き、頭を下げた。
「あの時は生意気な口を聞いてすみませんでした」
謝罪を終えると、場に違和感が満ちた。謝られた隊員もなぜか戸惑っている。
━━━また非常識な振る舞いをしたのだろうか。
宗次郎は門に救いを求めた。
「あなた、貴族でしょう。何で軽々しく頭を下げるのよ」
「え?」
燈の珍妙な生物を見るような瞳が冷たい。おほん、と練馬が大きく咳をして仕切り直してくれて本当に助かった。
食卓には蕎麦と天ぷらが盆の上に乗っている。この献立は宗次郎の好物だった。森山が気を利かせてくれたのだろう。
「森山殿。我々のお食事まで作っていただき、誠にありがとうございます」
「ありがとうございます」
「いえいえ、手間はそれほど変わりませんので」
練馬と烏たちがそれぞれ礼を言い、全員が座敷に座った。
これで食事の準備は全て整った。
「いただきます」
腹を空かした宗次郎がまず挨拶し、各々もそれぞれ食事を始めた。
少しの間、蕎麦をすする音が食卓を彩る。口の中をスルリと通り抜ける食感、鼻腔をくすぐる独特の香り。天ぷらの衣は噛めばさくっと音がして、エビの肉付きは箸をますます進めさせた。
「ほお、これは」
「緑州の蕎麦ですね」
「懐かしい。二年くらい前の任務でさ……」
食事が進むにつれ、話によってそれぞれの集まりができあがっていく。烏たちは昔の仕事内容を語り合っていた。
「ほお、そんなことが」
「ええ、ですので……」
練馬と門は何やら難しそうな話をしている。これからの展望でも話しているのだろうか。あまりの真剣ぶりに会話を割って入るのは気が引けた。
「う……」
宗次郎はつい燈と目が合ってしまい、箸が止まる。
冷たい、氷のような青い目。無表情と相まって何を考えているのか全くわからなかった。
燈は目が合った後、何もなかったかのように食事をしている。どうやら気にしているのは宗次郎だけらしい。
宗次郎は眠っている間に見た夢。あれは幼い頃の記憶だ。
問題は、あの時約束を交わした銀髪の少女が目の前で蕎麦をすすっている第二王女本人かどうかだ。
もしそうであるのなら、燈は昔の宗次郎を知っているのだ。
なんとかして燈と話をして真実を確かめたい。どうやって話そうか。相手はこの国を治める第二王女だ。しかも自分がヘマをしてしまったせいで、かなり印象を悪くしてしまっている。交わした約束が本当のことで、それを綺麗さっぱり忘れていたらどんな顔をするだろうか。
「うーん」
「宗次郎様、いかがなさいました?」
「いや、なんでもない」
考え事をしすぎて箸が止まり、森山に心配されてしまった。
結局、燈に話しかけることはできないまま食事が終わる。
「さて」
燈が周囲を見渡した。
「始めましょう」
「御意」
名前を呼ばれるまでもなく練馬が立ち上がり、全員の顔が見渡せる位置へ移動する。
「食事の提供まで行っていただき、誠にありがとうございます。この場を借りて我々の状況についてお伝えさせていただきます。穂積宗次郎くん」
「は、はい」
いきなり名前を呼ばれ、思わず返事が上ずる。全員の視線が集まって、知らないうちに背筋が伸びていた。
「これから込み入ったお話をしますので、わからないことがあればなんでも聞いてください。疑問をそのままにするのは罪、疑問を抱かないのは大罪です」
「はあ。ありがとうございます」
宗次郎は一礼する。
ふと門を見ると意味ありげに頷いていた。どうやら食事の間に記憶のことを話してくれていたようだ。
「まず、我々の立場からご説明しましょう。我々は国王陛下より、この度執り行われる『天斬剣献上の儀』の警備を任されております。本来であれば七日後に到着する術士たちの護衛についているのですが━━━」
練馬の説明とともに、八咫烏たちが頭を下げる。
「こちらの手紙が刀預神社に届けられたとの知らせを受け、本隊を離れ隠密行動をしております」
「すみません。その、『天斬剣献上の儀』というのは……」
練馬が懐に手を伸ばしたところで、宗次郎は手を挙げた。
その様を見て、門と森山以外の全員が宗次郎を見つめた。
そんな初歩的なところから質問をするのか、という雰囲気になる。記憶を失ってから幾度となく味わってきたものだが、いつにも増して重かった。
「あなた、一体何をして生きていたの?」
「……すみません」
なすすべもなく頭を下げるしかない宗次郎。気まずい沈黙が食卓を包んだ。
燈の自分に対する印象は初対面から悪くなっていく一方だ。
「宗次郎殿は、天斬剣についてはご存知なのですか」
流石の態度に思うところがあったのか練馬は糾弾するような目を燈に向けながら宗次郎に質問する。
「英雄である初代王の剣が使用したとされる伝説の刀であること。あとは刀預神社に御神体として祀られていることぐらいです」
「結構」
練馬が眼鏡をクイッとあげ、不敵に笑う。
宗次郎はこの笑顔に見覚えがあった。門に教えを請うとき、たまに同じような顔をしていた。
きっと二人は教えるのが大好きなんだろうな。宗次郎はそう納得した。
「おっしゃる通り。天斬剣は初代国王に仕えた伝説の英雄、王の剣が使用した武器。国宝に指定されている特級波動具です。また、天斬剣には他の国宝にはない特徴があります。それが天斬剣献上の儀と呼ばれるものです」
一息に説明した練馬は飲み物を口に運んだ。
「どのような儀式なんですか」
「簡単に説明すると、刀預神社に祀られている天斬剣を十日間かけて王城へと移送するのです。天斬剣は八年毎に王城と神社を行き来する唯一の国宝なのです」
「八年という歳月は初代国王とその剣が出会い天修羅を倒すまでの期間。儀式が行われる三月一九日は出会いの日付。王国記に由来するのでしたね」
「さすが門殿。聡明でいらっしゃる」
教師コンビがお互いに笑い合う。
真顔に戻った練馬は一度大きく息を吸い込んだ。
「国を挙げての大儀式で使われる天斬剣が、強奪されました。現在も行方は分かっておりません」
その一言で場の空気が沈む。烏たちは意気消沈したように下を向き、森山に至っては顔面が蒼白になっていた。




