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波動庁 その4

 宗次郎が囚人相手に大立ち回りを演じた頃。

 

 雲丹亀玄静は波動庁の東館を悠々と歩いていた。


 中央棟に付随する東館には波動具管理局、波動教育政策部、討妖局資料室がある。最初の二つは規模の大きい内部部局であり、割り当てられた部屋も大きい。あわせて人員も多く、部屋の中からは忙しそうな雰囲気を感じる。


 対して、討妖局資料室はほとんど人がいない。討妖局自体は花形の部署だ。皇王国の軍事を担っている部署であり、メディアへの露出も多い。ただ、天修羅が消え去り、妖のほとんどを駆逐したいま、妖についてまとめた資料についての存在意義は薄いと言えた。


 なので、密会に使うにはうってつけなのだ。


「三◯一号室っと」


 あらかじめ端末にメールされていた指定の部屋にたどり着く。周囲に誰もいないことを確認して、玄静はノックせずに部屋に入った。


「遅い。三分遅刻だ」


 資料が雑多に積まれた棚に囲まれた小さな部屋。机の向こうに人影が座っていた。


 短い黒髪を七三分けにし、片眼鏡をかけている強面の男だった。体つきは細くとても鍛えているようには見えないのに。鋭い目つきには戦士と同じ風格がある。厳格な雰囲気には失敗を絶対に許容しないという無言の圧を感じさせる。


 彼の名は母良田良悟。波動人事局の副局長を務める高官だ。母良田家は貴族としても良家であり、雲丹亀家と同じ六大貴族の一つ、善茂作家の直系貴族である。自分の家柄に誇りを持つ半面、貴族の格や上下関係に厳しい。


「三分くらい大目に見てくださいよ。僕が運転してきたわけじゃないんですから」


「相変わらず怠惰な奴だな。例のものは?」


「こちらに」


 玄静は机のそばまでより、良悟に報告書を提出する。


 玄静が闘技場に向かった本来の理由。穂積宗次郎の監視の結果をまとめた報告書だ。


「……なるほどな」


 簡単に流し読みした良悟は報告書をわきに置き、背もたれにもたれかかった。


「それで、君はどう見る? あの男を」


「根は善人ですね。まぁ常識に欠ける点はありますが」


 努力家で、素直で、それでいて自分の夢にまっすぐ。宗次郎の人間性に関して評価を下すならこんなところだろう。


 渡した報告書についても、燈が事前に目を通しているので不都合な事実は一切書かれていない。


「強さについての記述がないようだが」


「書くまでもないじゃないですか。良悟さんも見たでしょう? あの決勝戦」


「まぁ、な」


 机の上で両手を組み考え込む良悟に、玄静は続ける。


「なにせ天斬剣の所有者で、初代王の剣と同じ波動を使えます。しかも恐ろしいことに、まだ発展する余地があります。将来の十二神将入りは確実じゃないですか?」


 十二神将とは国王が選ぶ最強の波動師の称号だ。例外的に第一神将は強さに関わらず現国王の剣が選ばれるが、それ以外は皆桁外れの波動量、属性、戦闘技能を有している。



 二か月前に燈が最年少で第八神将に任命され、残る空席は第九と第十一となる。


 ちなみに、十二神将の数字は順序ではなく単純に選ばれた順番である。


「確かに尋常ならざる強さだった。国民の知名度もうなぎ上り。人格的にも問題はなし、か」


「何か問題でも?」


「穂積宗次郎事態は問題ではない。問題は、彼を剣にしようとする第二王女だ……」


 ━━━あーあ、やっぱりね。


 眉を顰める良悟に玄静は内心ため息をついた。


 皇王国は大陸全土を統一し、外敵もいないおかげで千年間平和を保ってきた。その代わり、政治は徐々に腐っていった。


 王国政にありがちな、次期国王をめぐる争い。ときの王子たちは自らを国王とするため、貴族たちに権力を譲り渡すことを条件に自分に協力を持ち掛けた。


 結果、国王の権力は次第に低下し、貴族たちは与えられた領地内で好き勝手にふるまうようになってしまった。


 こうした現状により、今の政治は国王の集権体制を維持したい国王派と、自らの自治権を拡大させたい貴族派に分かれ、水面下で争いをしているありさまだ。六大貴族はもちろん、十二神将に至るまでこの派閥のものがいる。


 目の前にいる良悟は貴族派だ。上にいる善茂作家が貴族派なので、その影響を強く受けている。


 ━━━身内で争っていられるのは、この国が平和だからってことなんかね。


 ぼんやりと考えていると、ふと良悟がこちらを見上げていた。


「そうか。君の家は中立派だったな」


「えぇ。僕はべつにどちらでも」


 雲丹亀家は六大貴族の中ではどちらの派閥にも所属していない。中立派として、国王派と貴族派が直接ぶつからないように緩衝材の役割を担っている。


 次期当主になる玄静も、ぶっちゃけると雲丹亀家の領地がそのまま維持できるなら現状維持でいいと思っていた。


 これまでは。


「ふらふらとしているな。君らしいと言えばらしいが。こっちに来る気はないか?」


「……いえ。配下の貴族たちには国王を支持する者も多いので」


 ━━━冗談じゃないね。これ以上面倒な争いに巻き込まれてたまるか。


 露骨な勧誘をひらりと躱し、玄静は首を横に振る。


 天斬剣の持ち主に選ばれた宗次郎を監視するため、玄静は闘技場に向かった。だが途中から皐月杯に出場するよう要請が降り、柄にもなく戦う羽目になった。


 要請の出どころは不明だが、おそらく貴族派の企てとみて間違いない。燈が宗次郎を剣にすると国王派が勢いづいてしまうからだ。


 まして、二ヶ月前に燈によって捉えられた天主極楽教の教主は貴族派の一員だった。そのせいで貴族派の何名かは国王派に鞍替えをしている。


 自分たちでは直接手を出さず、同じ特級波動具を持つ玄静をぶつける。うまく宗次郎を敗北させれば、燈は宗次郎を剣にしにくくなる。


 そんなせこい企みに巻き込まれた玄静としては、貴族派に付くなんてありえない選択肢だ。


 何より、


 ━━━今の僕は燈の味方だからね。


 玄静は燈に協力すると誓った。宗次郎に敗北したのを理由にしているからかなり強引な勧誘だったが、玄静自身はあまり嫌ではない。


 ━━━初代国王を超える王になる、か。


 燈の掲げる目標は、自分の夢がない玄静にとっては眩く見えた。


 国王派とか、貴族派とか。そんなくだらない権力争いを、燈ならぶっ壊してくれそうな気がするのだ。


「それじゃ、僕はこれで」


「ああ。お疲れ様」


 報告書にじっくり目を通している良悟に挨拶をして、玄静は部屋を出た。


 ━━━あの様子じゃ何も知らなさそうだな。


 良悟は玄静が燈に味方していると知らない。それを利用して貴族派が何を企んでいるのか聞き出そうかと思案した

が、反応からして何も知らされていないだろう。


 現実的な手段としては、宗次郎と燈を引き離すか、宗次郎から天斬剣を取り上げるかのいずれかになるだろう。


 ━━━宗次郎はこれから大変だろうなー。


 王城に向かえば、王国のお偉方と顔を合わせる羽目になる。


 燈以外の王族。


 雲丹亀家以外の六大貴族。


 十二神将。


 その全員が宗次郎に注目しているはずだ。


 ━━━苦手なんだよな、あの人たち。


 玄静は彼らの顔ぶれを思い出し、内心苦い顔をする。


 どいつもこいつも一筋縄ではいかない。


 王族は自分が次の国王になるため手段を選ばない。六台貴族は多数の貴族を従えている、文字通り化け物みたいな大人の集まり。十二神将は波動の腕は立つだけで、人格的には一癖も二癖もある人間ばかりが選ばれている、と玄静は感じている。


 ━━━ま、大丈夫でしょ。


 なれない環境に置かれる宗次郎には気の毒だが、燈の剣になる以上避けては通れない道だ。


 鼻歌まじりに廊下を通りながら、玄静は宗次郎にエールを送った。




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