表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
103/282

波動庁 その2

 皇王国の首都、皇京の人口は一千万人を超える。大陸一の大都市であり、政治、経済、司法、軍事警察の中心でもある。


 そのうち軍事警察については主に波動庁が担当し、王城の真東に庁舎が置かれている。


 波動庁の仕事は多岐にわたる。百万人以上いる波動師及び波動具の管理。波動の研究及び波動具の開発。教育機関である三塔学院の運営。波動に関わる法律の整備、制定。資格の認定。妖の討伐や波動絡みの事件捜査。波動に関する全てを担っていると言っても過言ではないのだ。


 国王直属の波動師、十二神将も立場上は波動庁に属している。


「宗次郎は初めて行くのかしら」


「いや、十年近く前に一度だけある」


 父親に連れられて、後学のために訪れた記憶をうっすらと思い出す宗次郎。


 木造建築の大きな建物で、だいぶ年季が入っていた。八咫烏特有の黒い羽織を纏った人間が歩き回り、仕事の話をしていた。受付のお姉さんからもらった飴が袋に張り付いていて、はがすのに苦労した覚えがある。


「十年前だと、庁舎は新しくなってるんじゃないかな」


「そうね。建て替えは五年前だもの」


「ふうん」


 玄静と燈の会話をよそに宗次郎は窓の外を眺める。


 装甲車は首都の外壁を超え、内部に入った。町の様子は首都だけあって活気に満ちている。以前訪れた剣爛市、別荘があった遭橋市に比べて、人通り、車の数、道路の数、露店の数は倍以上ある。


「ここは古宿駅か」


「そうよ。大陸一、乗降客数が多い駅」


 信号が赤になり車が止まると、数えるのもおっくうになる人々が横断歩道を渡っている。


 ━━━スケールが違うな……。


 青信号になり発進した装甲車に揺られながら、宗次郎は圧倒される。


「お、見えた。宗次郎、あれが波動庁の庁舎さ」


「どれどれ」


 玄静が指さす方向、向かいの席の窓を見る。


 大きい、コンクリート造りの建物だ。


「確かに前と全然違うな」


「でしょ」


 以前は大きな武家屋敷のようだった。それはそれで趣はあったが、今の近代的な要素と武骨さを合せもつデザインも悪くない。


 見る見るうちに庁舎が近づき、装甲車は駐車場にたどり着いた。


「ん~~~~~~~~!」


 後部ハッチから降り、宗次郎は思い切り体を伸ばす。


「シャバの空気はうんまい」


「もう、犯罪者みたいに言わないでください宗次郎様」


「そういわないであげてよ森山さん。あー、眠い」


 隣に降りた玄静も体の筋をバキバキ言わせる。


 けだるげな玄静の意見に、宗次郎は珍しく同意した。


 五月中旬の過ごしやすい気候に穏やかな風、強すぎない日差し。そこいらの草原で昼寝をしたい衝動に駆られる天気だ。


「それじゃ、行きましょう」


 最後に降車した燈に続いて、宗次郎、森山、玄静、福富隊の順に駐車場を歩く。黒塗り装甲車が、それも同じ型式の物がずらりと並ぶ景色はどこか壮観だ。


 歩いていくと庁舎の建物が見えてきた。


「なんか、変わった建物だな」


 中央棟と思しき建物は円形をしていて、そこから木の枝が生えているようにビルがくっついている。


「だろうね。こんな形しているのは波動庁だけだし。ちなみに奥にももう一つついてるんだ」


「へぇ」 


 玄静と会話しながら、中央棟にある玄関口を目指す。


 通路を歩く職員らしき人が幾人かいる。


「第二王女殿下だ」


「雲丹亀家の嫡男もいるぞ」


「ということは、あの少年が例の……」


「腰に帯びているのが天斬剣か」


 職員たちから放たれる視線と噂が宗次郎たちに突き刺さる。


 ━━━うーん。


「宗次郎、こういうときこそ堂々としていなさい」


「……わかった」


 宗次郎は別段人見知りというわけではないが、やはり注目されるのは慣れない。ほんの一瞬、緊張で体がすくんだのを燈にとがめられてしまった。


 ━━━なんで分かったんだ……。


 燈は宗次郎の前を堂々と歩いている。後ろに目でもついているのだろうか。


「ま、皐月杯の時に比べればマシでしょ?」


「確かに」


 玄静の軽口のおかげで体が軽くなる。


 闘技場では八万人以上の観衆が詰めかける中で戦った。そう考えれば全然余裕だと宗次郎は思えた。


 ガラス張りの扉を潜り抜け、庁舎の中に入る。すぐ近くの受付に女性職員が二人いて、燈を見るや否や一礼した。


「第二王女殿下、ようこそお越しくださいました」


「ありがとう」


 燈は慣れたあいさつで受付に会釈する。


「申し訳ありません。お連れの方のお名前を記入していただけないでしょうか」


「宗次郎。森山」


「ん。わかった」


 燈に名前を呼ばれ、宗次郎と森山は渡された用紙に名前や住所などの個人情報を記入していく。


 波動庁を出入りするのはもっぱら八咫烏、すなわち国家に所属する波動師がほとんどだ。ゆえに八咫烏ではない宗次郎と森山は情報の提供が不可欠になる。


「それと、こちらに手をかざしてください」


 受付の女性が近くの機械を指さした。


 宗次郎が指示通りモニターに手を置くと、ピピピと電子音がして、登録完了と表示された。


「なんの機械なんだこれ?」


「波動の固有パターンを登録するの」


「へぇー」


 珍しさに身をかがめ、機械を観察する宗次郎。メカメカしい銀色の光沢にロマンを感じた。


 受付を済ませ、宗次郎たちは八人揃って庁舎を歩く。


 近代的な外見をしているだけあって、中身も近代的だ。グレーの床に白い壁はいかにもお役所といった感じの殺風景さを、ついた汚れには日々の忙しさを感じさせた。


 そこかしこに看板とエレベーターがあり、行き先がすぐわかるようになっている。電光掲示板には数秒ごとに新たなお知らせが表示され、その日の簡単なニュースが流れるように走っていた。


 やがて東棟と書かれた大きな看板が見えてきた。矢印の先には波動具管理局、波動教育政策部、討妖局別室とやらがあるらしい。


「僕はここでお別れだね」


「玄静」


「心配するなって宗次郎。うまくやるさ。じゃ、また会おう」


 手をひらひらと振って玄静は東棟へと歩いて行った。


「俺を監視してた件、だよな」


「おそらくね」


 玄静は闘技場にいる間、宗次郎を監視する役割で派遣されてきた。宗次郎が天斬剣の持ち主に相応しいかどうかを判断するためだ。燈曰く、その背後には大臣をはじめとする、あかりを快く思っていない貴族たちがいるらしい。宗次郎から天斬剣を取り上げる算段をしているとのことらしいが……。


 ━━━これからそういう人とも顔を合わせるんだよな。


 王城へ向かう以上、避けては通れないだろう。


 玄静も燈の夢に協力すると言っていたし、報告書に関しても実質二人で相談して書いたらしい。


 宗次郎にとって悪い方向にはいかないはずだ。


「それでは、私たちもこれで」


 部隊運営管理局と書かれた部屋の前で福富たち八咫烏が立ち止まった。


「燈殿下。任務にご一緒できたこと、心より感謝致します」


「こちらこそ。よく私に尽くしてくれたわね」


 頭を下げる八咫烏たちに燈は鷹揚に応える。


「次の機会に備えて精進いたします」


「楽しみにしているわ」


 天斬剣献上の儀の護衛のため、燈と共にやってきた八咫烏の部隊。別荘では同じ屋根の下で過ごしていただけに、馴染みのある関係になっていた。


 去り際には宗次郎と森山も頭を下げた。


 こうして八人いたメンバーも今や燈、宗次郎、森山の三人だけになってしまった。


 ━━━うーん。


 三人だけになると、流石に職員たちの視線をより感じてしまう。距離が近いだけに廊下を歩く職員のリアクションも露骨だ。


 通りすがりに宗次郎をジロジロ見るもの。廊下の角から出てくるや否や黄色い悲鳴をあげる女性職員などなど。


「ここね」


 波動犯罪捜査部と書かれた部屋の扉で燈が立ち止まった。


「中に椅子があるから座って待っていなさい」


「わかった」


 燈が扉を開け、中に入る。


「! 殿下、お久しぶりでございます」


「燈様、ご機嫌麗しゅう」


「お世辞はいいわ。峯村部長はいらっしゃるかしら?」


「本日は王城へ外出しております」


「そう。ありがとう」


 燈に気づいた何人かの職員とやりとりを終え、燈は颯爽と天主極楽教対策室と書かれた部屋へ向かった。


 宗次郎と森山は近くにあった椅子に腰掛けた。


 部屋の名前の通り、ここは波動に関する犯罪の捜査している拠点である。故に所属する八咫烏たちは高い操作能力と戦闘能力が求められる。対人戦のエキスパートなのだ。


 大量の資料を整理しながら類似する過去の犯罪を洗い出す者。端末で電話をかけ情報収集をしている者。会議室には数名の八咫烏が事件について熱く語り合っていた。


 ━━━例の甕星みかぼしの件かな。


 宗次郎は燈が入った部屋の名前から、ここに来た理由をなんとなく想像した。


 玄静と戦った皐月杯の決勝は、妖が乱入したせいで結果は有耶無耶になった。それはいい。妖を元の姿━━━人間である黒金圓尾にし、なおかつ無事だったのだから。


 一番の問題は、その後に現れた白いマントの人間だった。そもそも人間だったのかどうかすらわからない、正体不明の白マントは自らを甕星と名乗った。


 手がかりがあるとすれば、そいつは黒金圓尾を知っていた。そして黒金圓尾は天主極楽教が作成している麻薬、蟠桃餅を使用していた。


 つまり、甕星は天主極楽教と関わりがあるということだ。


「宗次郎様、宗次郎様」


「ん?」


 考え込んでいると、隣に座っている森山が袖をちょいちょいと引っ張る。


「あちらに女性の方が……」


 反対方向を振り返ると、制服を着た女性職員が二人、そばに立っていた。


「あ、あの! 穂積宗次郎さんですか?」


「は、はい」


 二人のうち一人の女性職員が相方に肩を押されて瑞と一歩踏み出し、宗次郎の声が上ずる。


「皐月杯の決勝、見ました! ファンになりました! 握手してくれませんか!?」


「……いいですよ」


 差し出された手を握りしめると、女性職員はきゃああと黄色い悲鳴をあげて飛び上がった。


「どうしよう! 夢が叶っちゃった!」


「よかったねぇ」


 女性職員は嬉し泣きし、相方によしよしされて部屋を出て行ってしまった。


「モテモテですね。宗次郎様」


「そうか?」


 モテるとはなんか違うような気がする、と続けようとしたら、他の職員もやってきた。


「私も皐月杯を観戦しました。素晴らしい戦いぶりでした」


「高宮と申します。生で天斬剣を見る機会をいただき、感激しております」


「あのシオンを捕らえ、殿下の命をお救いになったそうですね」


 手の空いた職員から一人一人、挨拶される。宗次郎もそれらに応じた。


 皐月杯での戦いぶりを褒める者、天斬剣の輝きに目を奪われる者、シオンを倒した実力を誉め讃える者。ありがたいことに、色々な人が宗次郎を知ってくれている。


 ━━━戦った甲斐があったってもんだな。


 天斬剣の持ち主として相応しいと証明するために戦った宗次郎としては、職員の反応は実に嬉しかった。


 そんな喜んでいる宗次郎のもとへ、


「動くんじゃねぇっ!」


「おう!?」


 部屋の外から怒声が響いた。


「何事だ!」


 慌てて廊下に出る八咫烏たちに続いて、宗次郎たちも外へ出る。


「俺をここから出しやがれ!」


「大人しくしろ! そんなことをしても無駄だぞ!」


 廊下の奥で囚人服を着たスキンヘッドの男がいる。両手に手錠をかけられながらも、それを上手く利用し、女性職員を羽交い締めにしていた。


 そばにある部屋には取調室とある。どうやら取調べから逃げ出し、そばにいた職員を人質にしたらしい。


「てめえら武器を捨てやがれ! でないとこの女を殺すぞ!」


「あ」


 宗次郎は気がついた。


 囚人が人質にしている女性職員。彼女はついさっき宗次郎に握手され、泣いて喜んでいた人だ。


 この瞬間、宗次郎の次の行動は決定した。


 宗次郎の夢は英雄になることだ。なら、自分を慕ってくれる人が窮地に陥ればすることは決まっている。


 ━━━問題は、手段だな。


 どうやって女性職員を助け出し、囚人を無力化するか。


 宗次郎の波動は二つの属性を持つ。”時間”と”空間”を司る、極めて強力な属性だ。その反面、非常に燃費が悪く、コントロールがしにくいという欠点がある。


 なので、時間を止めてその隙に救出する、という手段は取れない。救出する前に宗次郎の波動は底をついてしまうからだ。


 同じく、空間の転移もやめたほうがいい。転移は正確性に難がある。失敗して壁に突っ込んだりしたら笑い話にもならない。


 ━━━いや、待てよ。


 宗次郎の頭にひらめきが走った。移動中に作成したとっておきの波動具の存在を思い出したのだ。


「森山」


「はい?」


 隣にいる家政婦に小声で話しかけた。


「ちょっと手伝って欲しい」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ