名も無き神の初めての僕
魔法陣の前に、一人の少女が佇んでいた。
その魔法陣から出て来たものは――
魔法陣の古代文字が光を放つ。
光は、その輝きを増していき、同時に、魔法陣から風が巻き起こる。
その魔法陣の傍らには、一人の少女の姿があった。
風にたなびく長い黒髪。
翡翠のように煌く深緑の眼。
身に付けている衣装の端々には、古代文字と思わしき文様が刻まれている。
その顔立ちは、美しいというより、儚い感じであった。
風が止み、光が失われる。
そこには、銀色の毛並の美しい獣の姿があった。
「フェンリルか…」
少女は呟く。
召喚された獣は、少女を見て低く唸る。
呼び出すだけで、僕になる訳ではない。
屈服させるか、主として認めさせる必要があった。
少女と獣は、睨み合う。
獣は、少女に飛び掛かろうと、態勢を変えた。
その刹那、少女の身体が淡い光に包まれる。
獣が、地を蹴り、跳ぼうとした瞬間、その身体は、無数の糸に阻まれた。
少女は、表情を変えずに、問い掛ける。
「人語は解るのだろう?狼の王よ」
狼の獣は、再び、低く唸った。
返事はない。
少女を包む光が、一際、強くなる。
無数の糸が、狼を締め付けた。
狼は、一瞬、苦しそうな表情をする。
しかし、その瞳には、強い抵抗の色が浮かんでいた。
「流石は、狼の王というべきか…」
少女は、尚も、魔力行使を緩めない。
狼は、しばらく抵抗して足掻いていたが、
観念したかのように、その動きを止めた。
『何が望みだ』
まるで超音波のように、その声は頭の中に響いた。
少女は、表情を変えないまま、それに答える。
「僕になってくれないか?」
『主は強い。
本当に、我が力が必要か?』
「必要だ。
狼の王よ、是非、その力を貸して欲しい」
狼は、遂に観念したのか、尻尾を振り始めた。
その様子を見て、少女は、表情を変える。
今度は、少し微笑みながら、少女は続ける。
「王よ、我が僕となれば、
肉体と自由を授けよう」
『我に何を望む?』
「話し相手になって欲しいんだ」
少女は、にっこりと微笑みながら答える。
『そんなことで良いのか?』
「神様やってると、結構寂しいんだよ」
狼の王は、新しい主の前に跪いた。
正確に言えば、跪くかのようなポーズをした。
『承知した』
「では、契約成立だな」
少女がそう言うと同時に、魔法陣が再び光り始める。
少女の2倍は背丈があった狼は、犬程度の大きさへと変化した。
「また、用事がある時には、呼ぶよ」
『承知した、我が主よ』
そう答えると、狼は「ウォォォーン」と吠えた。
次の瞬間、狼の姿は風に包まれ、消えて行ったのだった。
「上手く行って良かった」
狼が去ったのを見届けた後、少女は膝をつく。
召喚した相手が強過ぎたり、認めてくれなかったりすると、
命の危険もあるのが【召喚】なのだ。
「早速、試してみるか」
少女は、独り言ちる。
「フェンリル!」
『はっ!』
フェンリルが風と共に現れる。
少女は、嬉しそうに呟いた。
「これこれ。これがやってみたかったんだ」
『は?』
少女は、嬉しそうに語り掛けた。
「君は、僕の初めての僕だ。これから、よろしくね」
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