「魔王」魔王城
ファルタリア・バイレント・ラミアは夜遅くまで魔王城の債務室で、部下からの報告書を読みながら今後の事について頭を悩ませていた。
――勇者。
それは魔族にとって忌むべき名である。
千年前、多くの同胞を手に掛け、そして魔王すらその手に掛けた者――勇者。
それが今蘇ったというのだ。
それが事実かどうかは、まだ分からない。しかし、民は不安を抱え王都は混乱の色に染まっている。
まずこの王都の混乱を収めなければラミア領にも帰ることもできない。
もっともラミア領には息子のマルスを先に帰した。息子なら何があってもうまく収めてくれるだろう。
問題は娘のほうだ。
「……魔王か」
飲み物を飲んで、一息つきながらつぶやく。
今でこそ娘は、健康で元気に育ってくれたが、昔は身体が弱く人見知りする娘だった。
そんな娘を元気づけるために与えた本が、魔王の本だったが、その影響で魔王信仰者になってしまったのは何の失敗か……。
しかも遂に魔力を持たない魔王まで連れてきた。
ため息しか出ない。
もしかして、人族なのでは? と思い検査させたが、聖力もまったくないことがわかった。
それならば精霊や竜族なのだろうか? とも思ったが彼等はまったく自分達に興味がなく、この数百年姿すら現さない。絶滅したと言う者されいるほどだ。
つまりまったくの謎なのだ。
「本当に面倒なときほど面倒ごとやってくるものだ」
「お父様!」
突然乱暴に扉が開け放たれる。
娘である。
「何の用だ、わたしは忙しい。それに公務のときはラミア卿と呼べと言っているだろう」
「ラミア卿。魔王様のことです!」
やはりか、と頭を抱える。
「魔王がどうした?」
「魔王がどうした? ではありません。魔王様が帰られたというのに、何故民に発表しないのですか? 勇者が例え蘇ったとしてもわたし達には魔王様がいるではありませんか? それに魔王様を部屋に閉じ込めるような真似をして、納得いきません。魔王城は魔王様の城なんですよ!」
「だから、何度も言っているだろう。魔力のない魔王など認められないと。何度言ったら分かるのだ。それに何処の馬の骨とも知れない奴に監視をつけるのも当然だ」
「ですから魔王様は魔王様なんですって!」
……埒があかない。
アナスタシアは外見上は悪知恵が働く悪女のようだが、実際は頑固で考えることが苦手な脳筋である。さあ、どうやって説得しようか、と頭を悩ませていたとき、突然城全体が揺れた。
「なんだ、今度はなんなんだ!?」
椅子から立ち上がって叫ぶ。これ以上の問題はごめんである。
「こ、これは……?」
部屋が脈動する。まるで生き物の体内のように。それと同時に部屋の作りが変わっていく。黒を基準としているが金や銀といった装飾が加わりより豪勢で豪華に。数分後には別の部屋ではないか、と疑うほど部屋の作りが変わっていた。
「これは、どうしたことだ?」
「お仕事中失礼します!」
兵士が息を荒げて部屋に入ってきた。それを見て、ファルタリアは一瞬で落ち着きを取り戻した。部下に狼狽えている姿を見せるわけにはいかないからだ。
「どうした?」
「ぎょ、ぎょ、ぎょ……」
「ぎょ?」
「魔王城の玉座らしきものが現れました!!」
「な、なに!!」
兵士の案内で急いて、玉座が確認された部屋へと向かう。
どうやら先ほどの変化は城全体に及んだらしい。自分の記憶にある魔王城と今の魔王城、まるで別の城である。
「こ、こちらです」
自分の記憶の中に、こんなところに扉はなかった。
ごくん、と喉を鳴らして、両開きの扉を開く。
中には聖堂になっていた。
その聖堂の一番奥に、巨大な椅子がある。あの椅子、絵画で見たことがある。それは椅子は……・
「魔王の玉座」
その玉座に眠るように座っている者がいる。
見た顔だ。
「……魔王様」
呟いたのは誰だったのだろう。
娘であったような気もするし、兵士だったような気もする。自分であったような気もする。
そうして、多くの者が見守る中で、魔王は黒い粒子となって消えていったのである。
今までの内容をいくつか修正しました。
もしよければ、再度読んでいただければと思います。