魔王の日常
魔王の日常です。
でも魔法も使えません、魔王らしくもありません。
いつか魔王らしくなるときがくるかもしれません。
「いい加減に起きなさい!」
「ぐぼら!」
腹に感じる痛みにハヤは目を覚ました。目の前で仁王立ちしているのは、母親だった。
「お、おふくろ?」
「ハヤ、いい加減朝ご飯だから起きなさい。学校への遅刻は許しませんからね」
般若のような顔して、お袋は鬼のように足音を立てながら部屋を出ていく。間違いなくお袋だ。こうして考えると魔族より魔族らしくないか? とも思う。
「あれ? ここってオレの部屋?」
今更ながら気づいたが、ここは自分の部屋である。あれは夢? いやでもうーん、と考えていると母親の呼び声が聞こえたので、ハヤは考えを中断した。部屋を出て、顔を洗って朝食のために食卓につく。すると珍しく弟のアマヤが席に座っていた。アマヤは進学クラスにいるので、いつも早めに家を出ているのだ。そのためこの時間に家にいることは珍しい。
「おい、随分青い顔してんな。朝から心気くせー。なんだ昨夜は怖い夢でも見たんかよ?」
アマヤはジロリとこちらを一目みると黙って食パンを齧った。
たく、こいつは少し勉強が出来るからって、いい気になりやがって。
「ご馳走様」
朝食のほとんどを残して、アマヤは家を出ていく。何だろう? なんか本当に調子が悪そうだ。
「ほら、あんたも行ってきな。わかってると思うけど赤点とったらただじゃおかないよ」
「赤点? ああ! そっか今日からテスト……」
よし、テストは諦めよう。ハヤはすぐにそう思った。
学校に行く。
途中から同じ制服を着た人の姿が多くなっていく。もっとも誰もハヤに声を掛ける奴はいない。ハヤは怖がられているからだ。
ハヤもそんな周りに慣れたもので、何とも思わない。
ああ、しかしあそこっは違ったな。
誰もハヤの事を知らない。怖がりもしない。むしろ良くしてくれた。あの世界の出来事は夢だったのだろうか?
そんな風に現実逃避しているうちに、テストは終わっていた。もちろん赤点確実である。これで、また小遣いが減らされるな、とハヤは悲しく思う。
癒しを求めて、ウサギ小屋に向かう。だが、小屋にいたのはウサギではなかった。顔の怖いお兄さん達であった。
「よう、立花、元気か?」
「今元気がなくなったよ」
三人は前からハヤと揉めていた奴等だった。別々で揉めていたのだが、どうやら一対一ではハヤに敵わないと知って結託したらしい。不良って学校の勉強はできないくせに、そういったところだけは頭が回るんだよなー、とハヤは自分のことを棚に上げて思ったりする。
しかし、とハヤは思う。相手が三人同時では流石に無理だ。さて、どうしようかと考えているうちに考えることが面倒くさくなったハヤは考えることを放棄して逃げ出した。
相手もまさか突然逃げ出すとは思っていなかったのだろう。
「てめー、待てや!」
と叫びながら慌てて追いかけてきた。
ハヤはよしよし、とちらっと追いかけてくる三人を見る。ウサギの平和は守られた。次は自分の平和を守らなくては、と更に速度をあげる。
「おや、あれはアマヤか?」
逃げる先にアマヤがいた。どうやら珍しく校内で一人のようだ。ハヤはアマヤに向かって走る。アマヤがこちらに気づいたがもう遅い。
「借りるぜ!」
「な、なにを?」
ハヤはアマヤの眼鏡を奪い取るとそのまま校舎内に逃げ込んだ。
「てめー逃げるなんて良い度胸してんじゃねーかよ」
「今までの借り返させてもらうぜ」
「やっべって。オレ今ちょーやべって!」
「え? いやボクは兄さんじゃない。兄さんならさっき校舎に……」
「うっせ! 言い訳すんなや!」
怒鳴り声と人を殴る音が聞こえるなか、ハヤはテキトーに校舎内にいた教師に、喧嘩してますよ、と伝えたのだった。
「兄さん、あれは何の冗談ですか?」
夕方、ハヤは自室でバイクの雑誌を見ていたところ突然アマヤが乱入してきた。
ハヤはバイク雑誌から一瞥する。何かあったのだろうか。随分ぼろぼろである。でも興味がないので、すぐバイク雑誌に視線を戻す。
「兄さん!」
アマヤはハヤからバイクの雑誌を取り上げる。
「っち、うるせーな。何の用だよ」
「兄さんが、ボクを巻き込むからだろ。ボクの内申点に響いたらどうするんだよ。そうでなくても兄さんのせいでボクは苦労しているのに」
息を荒げながら、怒鳴ってくるアマヤ。これが切れる十代か、とハヤは思った。
「満足したか?」
「満足って……はあ、もういいよ」
怒り疲れたのか、アマヤはバイクの雑誌を投げつけて、部屋を出て行こうとする。あれ? いつもなら、もっとしつこいのに、どうしたのだろう? だからだろうか。普段絶対しないことをしてしまったのは。
「おい、お前今朝からなんかおかしかったが、何かあった?」
アマヤは信じられない、といった表情でハヤを見る。
正直、二人はあまり仲が良くない。
ハヤは粗暴で問題ばかり起こすし、アマヤは将来検事になるため内申点や勉強ばかり気にしているため二人の関係は水と油であった。
アマヤは何度か口を開こうとしたが、結局何も言わずに部屋を出て行った。
「なんだったんだ、あいつ? まあ、どーでもいいや」
ハヤはバイクの雑誌を拾ってページを開く。夏休みになったらバイトでも始めてバイクを買おうか、と悩んでいるのだ。
どれがいいかなー、と雑誌を捲る。
夜が近づいてくる。
いつの間にか、空には黒い月が浮かんでいた。
誰も気づかない、ハヤも気づかない。でも黒い月は確かにそこにあった。
結局ハヤは黒い月に気づかないまま、眠りについたのだった。
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