勇者?
「勇者様が降臨されました!」
感動を抑えきれないとばかりに13,14歳ぐらいの少女が叫ぶように言った。髪は金髪のゆるふわヘアーで、蒼い瞳がとても可愛らしい。白い修道服を着ている。なんだろ? 外人のコスプレさんだろうか?
アマヤは眼鏡をくいっと持ち上げ、周囲をゆっくり見渡した。
……どこですか、ここは?
さっきまでアマヤは自分の部屋で明日から始まるテストのために勉強をしていた。しかし、どうみても、ここは自分の部屋ではない。どちらかというと中世ヨーロッパを連想させる村の広場である。どうやら自分は石畳みの上で、仰向けに倒れてたらしい。
また、少女以外の姿は見えないが、家の中から、こちらの様子を伺う視線をいくつも感じる。なんだか嫌な感じだ、とアマヤは立ち上がりながら意味もなく再度眼鏡をくいっと持ち上げてみる。
「ああ、勇者様。ミナはミナは勇者様の復活をお待ちしておりました!!」
少女が濡れた目で、アマヤに抱き着いてきた。その瞬間アマヤの身体に雷が奔った。
な、なんですか、この素敵な感触は……。
アマヤは少女が13,14歳ぐらいだと思っていたが、胸だけは違ったらしい。神に仕える修道服を着ていながら、胸だけは魔乳と呼ばれるのに相応しいほどの存在感を隠していたのだ。
あまりの素敵な感触にアマヤがだらしなく浸っていると、何処からか馬の鳴き声と共に足音が複数聞こえてきた。
「貴様! 聖女様に何をしている!」
アマヤは、え? ボクロリコンじゃありません! と、はっとして声の方角を見る。騎士風の男達が馬上からこちらを見下ろしていた。その中で、一番豪勢な鎧を着こんでいる男が腰から剣を引き抜き、アマヤの目の前に突き刺した。なにかすれば、間違いなく斬るぞ、とその目が語っている。
「え? ちょっと待ってください。ボクは何もしていませんよ!?」
その威圧感に慌てて、アマヤは弁護する。
「な、なんなんですか? ここは何処かのテーマパーク? ショーですか?」
「テーマパーク、ショー? 何を言っている!?」
男が剣を振る。そして剣先が当たったのかアマヤの頬から血か流れた。血の気がさー、と引いていく。
「え、それ本物? え、う、うそ……」
「この聖女様を誑かす悪党め、成敗してくれるわ!」
振り上げる剣に、アマヤは何もできなく、恐怖で目をつぶった瞬間、
「おやめなさい!」
芯の通った声が響いた。
恐る恐る目を開けると、少女は男をきつく睨みながら、アマヤを護るように両手を広げていた。心なしか、先ほどまでゆるふわヘアーもピンとしているように見える。
「し、しかし私は、聖女様の事を思って……」
「引きなさい、隊長殿。彼は勇者様ですよ、無礼です!」
「え、勇者?」
「あれが?」
「まさか、伝説が本当だったのか?」
少女の言葉に周囲の騎士達の間に動揺が走る。
「ま、まさか先ほどの白月の光が、降り注いでおりましたが、まさか伝説は本当だったと仰るのですか?」
「そうです、わたしは見ました。白月から降臨される勇者様の姿を!」
その少女の言葉に、村人達が家から出てきて、広場に集まってきた
「おお、やはりそうでしたか!」
「ありがたや、ありがたや」
「勇者様ばんざい!」
ばんざーい、ばんざーい、勇者様ばんざーい。と村中に声が響く。
アマヤは勇者ってなんなんだろ? と思いながら苦笑いをするのだった。
そんな中、隊長だけが、恨みの籠った目で、アマヤを見ていたが、誰もそれに気づかなった。
千年前――人族は残忍で狂暴な魔族との闘いに疲れ切っていた。闘いは日々熾烈さを増し、このままではいずれ人族は滅びると思われたとき、一人の村人が立ち上がった。彼は瞬く間に魔族に支配された地を次々と奪還していった。気づけば人族は彼を中心に魔族へと戦いを挑むようになっていた。そうして、彼はいつしか勇者と呼ばれるようになっていた。このまま勇者に付いていけば、人族は勝てる! 誰もがそう確信した。
だが、結局人族は魔族との闘いに勝利することはなかった。
勇者の聖剣が魔王を貫き、魔王の魔剣が勇者を貫いたからだ。
丘の上で魔王と勇者は、血を吐きながらお互いに呪詛の言葉を紡ぐ。
「勇者よ……今回は引き分けだな。しかし、余は蘇る!千年後余は再びこの地に舞い戻り人族を滅ぼしてやろう!!」
「魔王よ……そんなことはさせない!お前が千年後に蘇るというなら、俺もまた千年後に蘇り今度こそお前を断つ!」
そうして、勇者と魔王はお互いに息を引き取った。
その後、二人の魂は空へと昇り、月へと姿を変えた。
勇者の魂は聖力の象徴である白い白い色へと染まり、そのまま白い月へとなった。
魔王の魂は魔力の象徴である黒い黒い色へと染まり、そのまま黒い月へとなった。
そうして、その二つの月は蘇る日を待ち続けながら、千年の時を過ごしてきたのだ。
「で、その勇者がボクってわけですか……」
はい、と勇者について説明し終えた、と聖女ミナ・エリアベルトは笑顔で頷いた。普通ならその笑顔に癒されるのだろうが、今のアマヤには効果はなかった。
ちらり、と夜空に浮かぶ黒と白の二つの月を見る。
どう考えてもここは日本じゃない。というより地球ですらない。
アマヤと聖女の二人は村にある宿屋で一番高い部屋で、テーブルをはさんで対面に座っていた。アマヤが勇者って何ですか? と説明を求めたからだ。では、ゆっくりお話しできるところに行きましょう、お互いに簡単な自己紹介を終えた後、聖女がアマヤをこの部屋に連れてきた。隊長と呼ばれていた騎士は、部屋にアマヤと聖女の二人だけにすることに反対していたが、聖女の言葉で、今はしぶしぶ部屋の外で待機している。
「それでミナさんでしたか?」
「ミナでお願いします」
「いや、ミナさん……」
「ミナ」
「ミナ……」
「はい!」
とてもいい笑顔です。アマヤは疲れてきた。
「とりあえず、そちらの話はわかりました。正直信じられないですが、空に浮かぶ月を見ると信じるしかありません。それをふまえた上で、言います。ボクは勇者じゃありません。たぶんなんらかの事故で巻き込まれただけの一般人です」
「まあ、可笑しな勇者様。面白い冗談ですね」
「いや冗談ではなく……」
アマヤは自分の世界、おそらく異世界から転移した可能性を説明したが、ミナは冗談と取り合ってくれない。
そういえば、聖職者って頭が固いイメージがある。
「ふー、とにかく信じる信じない、は結構ですが、ボクは何度も言うように勇者じゃありません。というより家に帰してほしいんですよ。明日から学校のテストが始まるので、家に帰って勉強の続きをしたいんですよ」
「帰るって白月にですか?」
「白月じゃないです、家にですよ」
「……帰るって、どうやって帰るんですか?」
「いやあなた達が呼んだんでしょう? なら帰る方法も知っているでしょう?」
「いえ、わたしは神託で、勇者様が、この村に降臨されることを知ったので迎えにきただけですよ」
「え!?」
まさか、と思いアマヤは冷や汗が流れるのを感じた。
「あの、まさか……あなた達がボクを呼んだ……わけじゃないようですね……」
ミナの表情を見て、アマヤはミナ達が自分をこの世界に召喚したわけではないことを悟る。ではどうして自分はこの世界に来てしまったのか……。
ずーん、と落ち込むアマヤ。その落ち込み具合におろおろするミナ。
「え、えーと家に帰りたいんですよね? それなら王都の大図書館に行けば、勇者様の記録が残っているかもしれません。もしかすると家は残っていないもしれませんが場所ぐらいならきっとわかりますよ」
「いやボクの家、この世界じゃないし……」
たぶんミナが言っているのは、千年前の勇者の家のことを言っているのだろう。しかし、当然アマヤの家は、その家ではない。
えーと、えーと、えーと、とミナは普段あまり使わない頭をフル回転させた。そうして、ぽん、と手を叩く。
「そうだ、神託がありますよ。王都の教会で神託を聞きましょう。きっといい助言をいただけますよ」
「神託?」
「神託とは教会で神の声を聴くことです。なお神の声を聴ける者は女性だけであり聞くことができる者は聖女と呼ばれます。つまりわたしは神の声を聴くことができるんです! 実はわたしがこの村の広場で勇者様が復活されることを知ったのも神託で教えがあったからなんですよ」
「へー、そんなものがあるんですね」
なるほど、とアマヤは思う。あまり神様は信じているわけではないが、異世界があるぐらいだ。神様もこの世界にはいるのかもしれない。神様に相談できれば帰る方法や勇者だという勘違いもはれるだろう。
「そうだね、じゃあ王都の教会に連れて行ってくれますか?」
「はい、王都の教会まで、馬車で五日ぐらいかかりますので、今日はゆっくり休んで下さいね」
「って、五日? そんなにかかるんですか?」
「はい」
五日も家を空けてしまえば、流石に放任主義の両親も兄も捜索願を警察に出すだろう。それは内申点に支障がでる。それに、何よりもテストに間に合わない!
「今日中なりませんか!?」
「……なりません」
その言葉に、がく、とアマヤは崩れ落ちるのだった。
くそくそくそ。がりがりと爪を噛む。
勇者、勇者、勇者だと!? 人族の力の源である聖力もまったく感じられない。そんな奴が本当に勇者だと? ふざけるな!!
ばきん、と爪が割れる。
くそ、何もかもが苛立たしい。
俺の聖女があまりに強く希望するから、優しさから連れてきただけだったのに。まさかこんな事になるとは思いもしなかった。
――聖女ミナ・エリアベルト。
背は低く、顔も幼く、実際歳も13歳だが、三人いる聖女の一人であり唯一の貴族でもある。――そう、貴族だ。つまり聖女という肩書の外に貴族の権力もあるのだ。彼女を自分の女にできれば、自分はもっと出世する。そのために自分はいろいろ根回ししてきたのだ。それなのに、くそくそくそ! 何とかしなければ、俺の女が奪われてしまう。
「っは、そうだよ。殺してしまえばいんだよ、簡単じゃねーか」
その顔は醜悪に歪んでいたが、それを知るのは夜空に輝く白月だけだった。
はあ、疲れた、とばかりにアマヤはベットに倒れこんだ。
慣れない馬車の旅も気づけば今日で四日目。今晩はこの村で一夜を過ごし、明日はようやく王都に着く。まだ帰る方法はわからないし、テストも内申点も絶望的だが、王都に着けば、何らかの進展は期待できるだろう。
ふうー、とアマヤは仰向けになって、天井をぼー、と眺める。
旅の途中、アマヤはいろいろなものを経験してきた。馬車に乗った。馬にも乗った、途中で通りかがった村では勇者と聖女として歓迎を受け、この世界の食べ物を口にした。そして、モンスターにも襲われた。
「この世界にはモンスターはいるんだな」
コドモオオトカゲみたいなモンスターだったが、口から火を吐き、人を襲う。聖女が聖力とやらで、バリアーのようなものを張ってくれなければ、アマヤも危うく火だるまになるところだった。
「聖なる力――聖力か……」
アマヤがこの旅で一番感動したのは、その聖力である。なんでも人族なら大なり小なり必ず持つ白い力で、さまざまな奇跡を起こせる力らしい。ちなみに魔族は黒い力で魔力と言う。
アマヤは右手をみる。ただの右手だが、聖力を使うとき、その右手は白く輝く。
「っは!」
天井に向かってアマヤは右手を突き出す……当然なにも起きなかった。
「なにしてるのですか、勇者様?」
「うわああああああ」
気づけば部隊長のケノンがにやにやしながら扉を開けてこっちを見ていた。
「な、なんですか、ケノンさん。部屋に入るときは部屋をノックしてください。常識ですよ」
「おお、こいつは失礼しました、何分急いでいましてね」
ケノンは悪びれない様子で、肩をすくめる。
部隊長ケノン。部隊の人に話を聞いたところ没落した下級貴族の人間で、お家の立て直しのために聖女の騎士団に入団したらしい。腕は確かだが、自分より立場の弱い人間いは強く、自分より立場が強い人間には弱い。更にキザで軽薄な感じがするためアマヤはどうしてもこの男を好きになれなかった。特にたまに感じる邪魔者を見るような目。旅の途中でモンスターに襲われたときもこいつのミスでアマヤは死にかけた。ミナが助けてくれなかったら、どうなっていたことやら。
「で、なんのようです? ボクは休みたいんですが……」
「いえね、聖女様がお呼びで、付いていてほしいんですよ」
「ミナが? こんな時間に?」
正確な時間は時計のないため分からないが、食事も入浴も終えているので、かなり遅い時間である。そうでなくてもこの世界では電気がないので、真っ暗になると皆はすぐに寝る。ろうそくや油の値段も馬鹿にならないからだ。
「今からですか? 明日では駄目なんですか?」
「ええ、今からです」
「そうですか、わかりました。何の用事なんでしょうね」
「さあー、そいつは聖女様に直接聞いてください」
なんか不審な感じがしたが、アマヤは仕方なくベットから降りて、ケノンの後を追う。
「あの…どこに向かっているんですか?」
ミナが呼んでいると言っていたのに、何故か宿屋を出て村はずれに歩いていくケノンに、アマヤは問いかける。
「もうすぐですよ、黙ってついてきてください」
爪を噛みながらケノンは村を出て、真っ暗で不気味な森へと入って行った。ぎゃーぎゃー、と何かの動物かモンスターなのか、鳴き声が聞こえる。
「あの、何処に行くんですか? 流石にこれ以上遠いなら……」
明日にしてください、と言おうとしたところ、突然ケノンが笑いだした。
はっははっはは、っくく、ひゃははははははっはははは。
それは狂った笑い声だった。
突然の豹変ぶりにアマヤは一歩後ろにさがる。
「いやー、ここまで馬鹿みたいについてきてくれて、助かりましたよ。ゆーしゃーさまー」
剣を抜きながら、壊れた目で、こっちをアマヤを見る。
「な、なんなんですか? 突然どうしたんですか?」
嫌な予感がするが、そんなことをする意味がわからない。
「突然、突然、突然だとおおおおおおお? 突然やってきて、俺から俺の女を奪おうとしやがった貴様が突然だと!」
びゅん、と何度も無茶苦茶にケノンは剣を振る。
「お、おんな? まさかミナのこと?」
部隊にいる女は聖女とその付き人二人しかいないが、自分に対する態度からミナだとあたりをつけた。だが、それは悪手だった。
「てめえぇ! 俺の女を呼び捨てにするんじゃねー!」
切れたケノンが襲い掛かってきたのだ。
必死に避けるアマヤ。
「ち、違う。別にボクと聖女はそんな関係じゃない。君たちがそんな関係だなんて知らなかったんだ!」
あれ、と言ってからアマヤは思う。
二人はそんな関係なのか? と。
旅の間の二人や周りの反応から、そんな様子や話は一切出てこなかった。むしろ、この感じから……。
「ケノン! 君は聖女のストーカー!?」
アマヤは知らないが、聖女は力を使うとき、周囲に魅了に近いオーラを出す。信仰を集めるために神が与えたとも言われているが事実は不明である。だが、それが事実だったといても、その魅了の力が狂ったストーカーを生む出すとは神も想像できなかっただろう。
「黙れ、黙れ、黙れ! 俺はあいつと結婚して、また貴族として帰り咲くんだ。邪魔する奴は全員ぶっ殺してやる!」
どうやらいろいろな感情がごちゃ混ぜになって、深く深く沈んだ結果、こうなってしまったようだ。
「ぐっは!」
剣は何とか避けていたが、腹に足蹴りを喰らってしまった。その痛みで、夜食べた物を盛大に戻してしまう。
「おお、きたねーきたねー。じゃあ、ここで終いだな」
今まで遊んでいたのだろう。でなければ素人のアマヤがこんなにも剣を避けられるわけがない。
顎先を蹴られて、眼鏡が遠くに飛び、アマヤは仰向けに倒れこんだ。脳震盪を起こしたのか頭が揺れて、身体がまったく動かない。
「……ちくしょう、ちくしょう、ちくしょう」
こんな訳の分からない世界に来て、訳の分からない理由で殺されるのか、今までのボクの人生はなんだったんだ。とアマヤは泣いた。
「じゃあ、さーよーなーらー」
「いやだ、いやだ。死にたくない、帰りたい、帰りたい、帰りたい」
アマヤは自分を連れてきてかもしれない夜空に輝く白い月に切に願う。帰りたい、と。
次の瞬間――頭上高く振り上げられた剣が、勢いよく振り下ろされた。
次は魔王の話です。
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