出来合いの二人
俺が思うに、女子が男に求める立ち位置は三つある。一つは友達、二つ目は彼氏。そしてもう一つ、友達と彼氏の間にあるふわふわした関係。気兼ねなくいられる場所。女友達に言えない話もできるような、悪く言えば都合のいい間柄。
『彼女とうまくいってないの?』
『なんか、ドキドキしないんだよね、何しても』
『えー、なんで?』
『お前じゃないから』
『……うん、今のはちょっと良い答えだね』
笑いながら彼女は言った。
俺は場所として、あいつの傍にいられればいいと本気で思ってたんだ。だけど人間ってのは欲張りで、どれだけ自分を殺してもそれだけじゃ満足できなくなっちまう。
向日葵と最初に付き合ったのは、高一の秋。それから別れたりくっついたり、結局大学進学を機にちゃんとお別れしていた。少なくともフラれた側の俺はそう思うことにしていた。
『私の何がそんなにいいの?』
『全部』
『ふーん、全然わかんない、本当は君もわからないんでしょ?』
『どっか好きなところ言ったら、それに当てはまる人なら誰でも良くなっちまうだろ。
お前じゃなきゃダメなんだよ、全部』
大学二年の夏から、俺と向日葵は頻繁に電話するようになった。理由は俺がしたくなったから。まったく中学生みたいな理由だけど、向日葵は面白いからって俺に付き合ってくれた。
『君が彼女と別れたらデートしてあげようか』
『やめときな、電話で話してるから変に意識するだけで会ったらガッカリするから』
『あー、それはあるかもね。そしたらお出かけだね』
『デートのつもりで行ってお出かけにランクダウンされるの最悪だな』
『もしデートなら手ぐらい繋いでもいいよ?』
内心ふざけんなって思ったことは伝えなかった。いつもそうだ。期待させるだけさせて、俺じゃないんだ。
別にデートがしたくて別れたわけではなかった。ただその子が少し重くて、窮屈に感じてしまったんだ。まあ理由はなんであれ、
「やっぱりお家はいいねえ」
意図せず家デートになっていた。何だこの空間は?もともと、特に用事があって会っている訳では無い。ただ会いたいという気持ちだけで。とはいえ俺たちの関係は恋人ではない。世界一好きな人の好きな人には、一生なれないという現実を恨んだ。と、同時に俺は思い出していた。
『君は素直になったね』
『なんだそれ』
『昔は私がどれだけ自分本位でいいんだよ、って言っても私のことばっかり考えてるような人だったのに』
『頭で考えるだけじゃ伝わらないってことを、恥ずかしながら最近知ったんだよ』
『今度はやりたいようにやってみなよ』
『相手がいればな』
『それは頑張って見つけな?』
『どの口が言ってんだよ…』
『あはは』
「ねえ、こっち来て?」
隣にいる向日葵の腕を掴む。こんなのははっきりいって暴挙だ。だけどどうしても、どうしても触れたくてそのまま抱き寄せた。
「どうしたの〜?君は意外と甘えるよねえ」
「うん」
「もう、変にドキドキする〜!」
俺で遊んでるように見えて、本当は男慣れしてなくて。すぐドキドキするし、ちゃんと女の子だってことくらい痛いほど分かってた。だけどそれは相手が俺しかいないから、俺じゃなきゃいけない理由はどこにもなくて、今この関係を繋いでるのは彼女の知的好奇心と俺の好意、そんなことばかり考えていた。
気付けば、終わりの時間が近づいていた。向日葵は時間を気にしてソワソワしている。
「今ね、考えてるの」
「何を?」
「いまここで、いつかの未来に保留したら後悔するかどうか」
彼女は覚悟を必要とする子だった。だから俺は、大切な人が俺のために覚悟してしまったことに後悔した。退けば彼女のためにならないし、進めば彼女の人生に汚点を残すことになってしまうからだ。
「うんたぶん出来るよ、出来る出来る」
「いや、でもだめだよ。キスはちゃんと好きな人としな?」
「君ならいいよ、君に埋めて欲しい場所は彼氏じゃないけど、だけど、君がいい」
俺も覚悟を決めるしかなかった。短いキスのあとで彼女は言った。
「ねえ、あのさ…もっかいして?」
この辺りから俺の頭は正常に機能してはいなかった。もし、正常に機能していたとしても彼女がどうしてこんなことを言ったのかは理解出来なかっただろうけど。
向日葵は恋愛における順序に厳しい女の子だった。だから本来付き合ってない男とキスをするようなことはありえない。いくら口では誘ってるように思えても、だ。だけどそこには誰も知らない彼女がいた。
そして俺はもうほかの誰も愛せなくなってしまっていた。彼女が変わったのか、変わっていないのかそれは分からなかったが、俺は彼女に侵されて変われないということを知った。