クマさんと虹毛糸
冬の童話祭参加作品です。
……できれば感想がほしいです。
それでは、どうぞ!
「クマさん、クマさん。ちょっと頼み事をいいかな?」
朝露が光る、逆さ虹の森の中、クマさんはその声にビクッとなりながら振り向きます。
「な、なぁんだ。おばあさんか。なんの頼み事?」
そこにいたのは、ときどき、森の恵みを採りに来るおばあさん。紫色のマフラーが、とても暖かそうです。
「驚かせてごめんよ。頼みたいのは、ほら、あれだ。なんといったかな? ……あぁっ、そうそうっ、虹毛糸の実を採りに行ってほしいんだよ」
虹毛糸の実は、割ると虹色の毛糸が出てくる、真っ赤な実のこと。
「虹毛糸の実? なにか作るの?」
「あぁ、そうさ。孫にマフラーを編んであげたくてねぇ」
「そういうことなら、任せてよ」
大きな体で胸を張って答えたクマさんは、ニッコリと笑ってみせます。
「あぁ、ありがとうねぇ。年のせいか、オンボロ橋を渡るのが難しくなって、困ってたところなんだよ」
「オンボロ橋……」
『オンボロ橋』の名前を聞いた途端、クマさんはオロオロソワソワ落ち着かない様子。森の半分を分けるところにかかったオンボロ橋は、いつ壊れてもおかしくないボロボロの橋なのです。クマさんは、その橋を渡るのが怖くて怖くて仕方がありません。
「虹毛糸の実は、オンボロ橋を渡った先にあるからね。明日までに、よろしくねぇ」
去っていくおばあさんを見送ったクマさんは、さぁ大変。オンボロ橋を渡らなくてはならなくなってしまいました。
「ど、どうしよう。どうしようっ」
おばあさんからの頼み事を投げ出すことはできません。そんなことをしたら、おばあさんが悲しんでしまうからです。
ドスドスと森の中を歩き回って、『どうしよう、どうしよう』と呟き続けていると、いつの間にか、キツネさんの家の前にいました。
「そうだっ、キツネさんに頼んでみようっ!」
優しい優しいキツネさんなら、きっとクマさんの頼みを聞いてくれるはずです。
「キツネさん、キツネさん」
小さな扉を、爪の先でコツコツと叩けば、中から『はい、ただいま』と声がします。
「あら? どうしたの? クマさん?」
「キツネさん、キツネさん。どうか、オンボロ橋を渡った先の虹毛糸の実を採ってきてくれないかな?」
おっとりとした顔のキツネさんが顔を出すと、クマさんは早速、おばあさんに頼まれた内容を説明します。
「ふむふむ、それなら任せなさい。私が採ってきてあげましょう」
優しいキツネさんは、優しく笑って胸をトンと叩きます。
「あぁ、ありがとう。キツネさん。これで安心できるよ」
キツネさんとオンボロ橋の前まで来たクマさんは、キツネさんが早足でオンボロ橋を渡るのを見送って、しばらく待ちます。すると、キツネさんは、何かを持って帰ってきました。
「あぁっ、クマさん。ごめんなさい。この橋の先のウサギさん達の家が壊れたらしくて、そちらの修理を頼まれてしまったの」
優しい優しいキツネさんは、きっとウサギさんの頼み事を断れなかったのでしょう。見れば、キツネさんが持っているのは釘とトンカチでした。
「どれくらいかかりそうかな?」
「えぇっと、明日までかかりそうだわ」
明日に虹毛糸の実を届けなくてはならないのに、それでは間に合いません。クマさんは、諦めるしかありませんでした。
「そっか。なら、他の人に頼むことにするね」
「ごめんなさいね? 時間があれば、ちゃんと探してみるわ」
そうしてクマさんは、キツネさんと別れて、また森の中を歩き回ります。時間は昼時、そろそろお腹も空いてきました。
「どうしよう、どうしよう」
しばらく歩いていると、素敵な歌声が聞こえてきます。
「この声は、コマドリさん? そうだっ、コマドリさんに頼んでみようっ!」
歌が大好きなコマドリさんは、もしかしたらクマさんの頼みを聞いてくれるかもしれません。
「コマドリさん、コマドリさん」
高い木を見上げて声を張り上げると、『ピュルルー、なぁに? クマさん?』と返ってきます。
「コマドリさん、コマドリさん。どうか、オンボロ橋を渡った先の虹毛糸の実を採ってきてくれないかな?」
ルンルンとご機嫌な様子のコマドリさんが下りてくると、クマさんは早速、おばあさんに頼まれた内容を説明します。
「ピュルルー、分かったわ、楽しく飛んで、探してきましょう」
そう言うと、コマドリさんはオンボロ橋を一気に飛び越えて、向こうの森へと去って行きました。クマさんは、お弁当を食べて、しばらく待ちます。すると、コマドリさんが、何かをくわえて帰ってきました。
「ピュルルー、お待たせ、クマさん」
「コマドリさん、それは?」
コマドリさんが持ってきたのは、確かに赤い実ではあるものの、とても小さな実でした。虹毛糸の実ではありません。
「これは私のご飯。向こうの森で歌うのは楽しかったわ」
「えっと、虹毛糸の実は?」
やはり、虹毛糸の実ではなかったことに落胆しながら、クマさんは尋ねます。
「ピュルルー。あれは大きすぎて持って来られなかったわ。私以外なら持てるんじゃないかしら?」
言われてみれば、確かにコマドリさんが持つには虹毛糸の実は大きすぎます。これは失敗したと、クマさんはうなだれてしまいました。
「ごめんね、コマドリさん。そこまで考えてなかったよ」
「良いのよ。楽しい時間をありがとう」
そうして、コマドリさんと別れたクマさんは、また森を歩き回ります。時間はそろそろ三時のおやつ時。はちみつクッキーを食べながらウロウロウロウロ歩きます。
「どうしよう、どうしよう」
しばらく歩いていると、いつの間にかリスさんの家の前に居ました。
「そうだっ、リスさんに頼んでみようっ!」
リスさんはとっても身軽な女の子。オンボロ橋を渡るなんてお手のものです。しかも、とってもたくさんのものを持てるから、きっと、虹毛糸の実だって持てるはずです。
「リスさん、リスさん」
そっと小さな小さな扉を爪の先でコツコツと叩けば、中から『はいはーい、ただいまー』と声が聞こえてきます。
そうして、扉から出てくるかと思いきや。その横の窓から顔を出して、『わっ』と大声を上げます。
「うわぁっ!」
「キャハハハハッ、驚いた、驚いたっ!」
跳び跳ねて尻餅をついたクマさんに、リスさんは大きな笑い声を上げて、今度こそ、扉から出てきてくれました。
「それでそれで? 何の用事?」
びっくりしたせいで、心臓がドキドキバクバクなクマさん。しかし、リスさんの言葉に、お婆さんのことを思い出したクマさんは、ゆっくりと立ち上がってリスさんを見ます。
「リスさん、リスさん。どうか、オンボロ橋を渡った先の虹毛糸の実を採ってきてくれないかな?」
「虹毛糸の実? うん、良いよっ!」
元気よく答えてくれたリスさんは、早速とばかりにオンボロ橋に向かって、素早くオンボロ橋を駆け抜けていきました。クマさんは、どっかりと座り込んでしばらく待ちます。すると、リスさんは大きな赤い実を持って帰ってきました。
「採ってきたわよっ」
「わぁっ、ありがとう!」
大きな実をもらったクマさんは、そこでふと、首をかしげます。
「あれ? 虹毛糸の実って、こんなに重かったっけ?」
「気になるなら、割ってみたら良いんじゃないの?」
どこかウキウキワクワクした様子のリスさんを不思議に思いながら、それもそうだとクマさんは赤い実に爪を立てました。
「うわっ!」
その瞬間、プシュッと透明な果汁が飛び散ります。
「キャハハハッ、引っ掛かった! 引っ掛かった! それは、ただの美味しい木の実だよっ」
そう言って、リスさんは走り去っていきました。クマさんは、一人取り残されてうなだれます。もう、時刻は夜。これから頼める相手はいません。
「どうしよう、どうしよう……」
力ないクマさんの言葉が、オンボロ橋の向こうに響きます。
こうなったからには、クマさん自身がオンボロ橋を渡らなければならないのですが、クマさんは、夜の暗さもあいまって、怖くて怖くて仕方がありません。あと一歩が、どうしても踏み出せません。
「どうしよう、どうしよう……」
とうとう泣き出しそうになるクマさん。するとそこで、オンボロ橋の向こう側からなにかの声が聞こえ始めました。
「……ん……ょん……こ……」
「ひっ、ゆゆゆゆゆ、幽霊っ!?」
クマさんはガクガクと震えて、そのまま尻餅をつきます。慌てて逃げ出そうとするものの、震えた足は中々立ってくれません。
「……ょん、ぴょん、ぴょんぴょこぴょんっ」
そうこうしているうちに、声は大きくなり、クマさんは涙を目に浮かべて前を見ます。
「「「ぴょんぴょこぴょんぴょこぴょんぴょこぴょんっ」」」
「……あっ」
白い影がひーふーみー……全部で十ほど見えて、クマさん、ようやくその正体に気づきます。
「ウサギさん達だ」
そこにいたのは、大きな籠を全員で頭の上に掲げたウサギさん達。彼らは声を揃えてぴょんぴょこ跳びはねながら、オンボロ橋に向かってきていた。
「クマさん、いたぞー」
「いたぞー」
「行こう!」
「行こう!」
「「「ぴょん、ぴょん、ぴょんぴょこぴょんっ」」」
どうやら目的はクマさんのようです。クマさんは、尻餅をついた体勢のまま、ぼーっとウサギさん達がオンボロ橋を渡り終えるのを眺めます。
「着いたー」
「着いたー」
「クマさんー」
「クマさんー」
「え、えっと、何かな?」
わけが分からないクマさんは、おずおずと這いながら、ウサギさん達を眺めます。
「キツネさんー」
「家を直してくれたー」
「コマドリさんー」
「歌でクマさんのことを教えてくれたー」
「リスさんー」
「美味しい木の実を分けてくれたー」
「「「お礼ー」」」
大きな籠を下ろしたウサギさん達。その籠の中を見てみると……。
「うわぁっ、たくさんの虹毛糸の実!」
「クマさん必要ー」
「キツネさん言ってたー」
「コマドリさん言ってたー」
「リスさん言ってたー」
「ありがとう、ありがとうっ、ウサギさん!」
「「「どういたしましてー」」」
数えきれないほどの虹毛糸の実を前にお礼を言えば、ウサギさん達は耳をピンっと立てて敬礼する。
「それじゃー」
「帰るー」
「「「ぴょん、ぴょん、ぴょんぴょこぴょんっ」」」
去っていくウサギさん達を眺めながら、クマさんはニコニコ笑顔。これで、おばあさんに虹毛糸の実を届けることができます。
翌日、やってきたおばあさんに、クマさんはたくさんの虹毛糸の実を渡して、どんなことがあったのかを話します。
「まぁまぁ、そういうことなら、頑張らないとねぇ。ありがとう、クマさん」
ニコニコ笑顔のおばあさんを前に、クマさんもニコニコ笑顔。
それから何日か経った冬の寒い日。おばあさんは大きな袋を担いでやってきました。
「さぁさぁ、皆出ておいで。プレゼントを持った来たよ」
そんな言葉に、クマさんもキツネさんもコマドリさんも、それから、ちょうどこちら側の森に来ていたウサギさん達もやってきて、おばあさんの周りに集まります。
「さぁ、どうぞ」
袋から出てきたのは、虹毛糸を使った虹色のマフラー、手袋、ニット帽。皆寒かったので、大喜びです。
「ありがとう、おばあさん」
「「「ありがとう」」」
心も体もポカポカで、皆でお礼を言えば、おばあさんはニコニコ笑顔。
「こちらこそ、虹毛糸の実を採ってきてくれてありがとうね」
お互いにお礼を言い合って、その日は皆で楽しくお祝いです。
メリークリスマス。