君が正義をくれた日
数年前...
「刑事さん、何の用だい」
「何の用?それはあなたが一番よく分かっていると思いますが」
日元は男の肩に手を置き、話しかける。男は殺人罪の嫌疑がかけられており、日元はずっとこの人間を追いかけ続けてきた。女性が腹部をめった刺しにされるという残虐極まりない事件である。巧妙に証拠を隠し続け、捜査をかく乱し続けてきたがついにたどり着いた。日元の手に力がこもる。
「あなたに殺人の容疑がかかっています、署までご同行願います」
「さっきから何言ってんだアンタ」
男がそう返した瞬間、日元の電話が振動する。
「日元君!何やってるんですか!」
係長の怒声が飛んでくる。
「何って、捜査ですよ。今犯人見つけたんで手土産に連れて帰りますよ」
「あなたに用があると警視正から連絡がありました、すぐ帰ってください!」
電話が切れる。
「勝手な真似をするな!」
白髪混じりの本城警視正が日元に怒号を飛ばす。日元は特に何も考えずに座っていた。本城警視正...最近出世した人物だということは知っている。将来の総監候補だとか。
「私は捜査を行っているだけなのですが」
日元は当然のように言葉を返す、
「何を言っている!嘘の情報を用いて犯人を断定するなど刑事としてあるまじき行為だ!」
相変わらず本城は烈火の如く怒っている。日元はそれらを聞き流している。
「嘘の情報...?私は裏付けをとって捜査を行っているだけですが」
「そんなものがどこにある!」
その後、私はあらゆる証拠が否定されたことを知った。目撃証言は全て覆され、カメラの映像も無かったことにされ、捜査も打ち切られた。犯人は警視正の息子だということは知っていたが、まさかここまでとは...日元は呆れていた。結局謹慎を言い渡され、ふらふらと現場を歩いていた。季節は夏であり、まだまだ
「お、刑事さんじゃん」
向こう側から件の犯人が話しかけてきていた。顔には下衆な笑みを浮かべていた。日元は今すぐ署に引っ張ってやりたい気持ちを抑えてそれに応対する。
「驚きました、警視正とはいえここまでやるとは思っていませんでした」
日元は率直な感想を述べた。
「日元...さんだっけ?あんたあれなんだよなーなんつーか」
「何というか?」
「硬いんだよなー、あんた何に喧嘩売ったか分かってる?」
「喧嘩?私は捜査を行っているだけですが」
「あんたさ、自分の首を絞めてるのよ、警視正の息子のスキャンダルなんて起こったらあんたらの組織、どうなるかな」
「信用はガタ落ち、しかも最近は蓮千亭とかが出てきてるからそっちに主権握られちゃうでしょ」
「そんなことジジイどもが望むわけがない、まだ蓮千亭は捜査に介入できないからジジイどもは何としても隠すだろうね。俺はその状況を賢く使ってるだけだからさ刑事さん」
「賢く生きろよ」
そういい、犯人は消えていった。季節は夏だが、日元は暑さを何も感じずただ空虚を感じていた。信じたものが否定される空虚、足場がガラガラと崩れ落ちる音が聞こえた。日元は犯人が消えた方角をずっと見ていた。
日元は路地裏をただ歩いていた、頭の中で今まで解決してきた事件が思い浮かぶ。殺人、交通事故、強盗その他もろもろ...全ての事件は警察が警察として機能しているからこそ解決できた、だが今回は違う。組織そのものが腐っている。いっそ蓮千亭にでも行ってしまおうか、いや無理だ。あの組織は最近力を伸ばしてきているが、裏で何をやっているのか分からない。自分は正義の執行者で居たい、それだけなのだ。あいつは捕まえたい、被害者は苦悶の表情を浮かべて死んでいた。苦しんだ挙句に死んだのだろう、そんなことをする人間を野放しにしておけない...だがどうしたら...実は先程から最悪の選択肢しか思いつかない、あいつと同じように殺人鬼の道に堕ちること。それだけは...
「ぼくはせいぎのみかたになるんだ!」
子供の頃に友達と交した約束が頭をよぎる、あの時は笑われた。自分は本気だった。でも今回はその正義が腐っているんだ。どうしたらいい、頭の中に黒が占める割合が増えていく。約束がゆっくりと薄れていく、消える前に一瞬友達の最期がよぎる。嫌われ者の自分と接した、それだけの理由で彼は周囲から攻撃され最後には殺された。犯人は分かっているが捕まらなかった。彼の最後の顔も同じように歪んでいた、あの日から自分がどうなっても自分は正義になると決めていた。だから警察官になった。
「ごめんな、凛...」