「もったいねェ」
「もったいねェ」
インチキ・チン
インチキ・チン
シャラット、インチキ
インチキ・チン
どうも、このォ、世の中には、無いようで有るのが、嘘。
有るようで無いのがお金、ということになってます。
嘘か本とかわからないようなこともよくあります。
夏になって、日本中どこへ行っても蒸し暑い。
長屋住まいのグミ助、東京生まれで、田舎がない。クーラーもない。そんな事をチョコ坊に愚痴りますと、チョコ坊の二つ返事で、長野県の田舎に二人で行く事になりました。
昔ッから、軽井沢とか清里なんて所は有名ですが、二人が行ったのは、大深山。夏は高原野菜の収穫期。平地も山肌も、もう見渡す限りレタスの畑。
一〇センチくらいに育った苗を畑に植え付けますと、黒かった畑が日ごとに、緑に染まっていくのを見ていますと、ああ見事なもんです。チョコ坊とグミ助が大深山に着いたのは、畑仕事が一段落ついた午後。手作りおハギでお茶時間。
「よう、知ってるけ、隣村の権兵衛さん」とチョコ坊の親父さんが身を乗り出した。
「ああ知ってる、大分貯めて、久作ンとこの畑買ったってこったな、たいしたもんだ」と手伝いの善助が手放しで感心する。
「その貯め方だ、たいしたもんだも、あすこまで行くと、呆れるな」と親父がいまいましそうに言って、グッとお茶を飲む。
善助が沢庵をガリッと噛んで、呆れるって、何が、と聞く。
「そうじゃねェか、せっかく沸かした湯だからって、風呂に入って首も出さねェってよ。屁こくにもな、畑の風上でやって、肥やしにするって言いやがる」
聞いてた善助が、風のない日にャ、どうすんだ、なんて茶化す。
「そん時ゃ、おめェ、畑ン中でやるって話しだ」
「親父、そりゃ、野糞だ」と善助がまた茶化す。二人の話に乗ってチョコ坊が一言
「貧乏人のヒガミって、ヤァね」なんて言ったもんですから親父が
「おいチョコ、誰の事言ってんだ」と怒った。
「目くじら立てる事、ないじゃない」シャラっとチョコ坊。
「おりゃな、そうまでして、金金って言うのが嫌なんだ」
「何カッコウ付けてんの、おあたいが離婚する時、金うんとふんだくれ、なんて言ったの、どこの誰よ」なんて言ったもんだから、親父が湯飲みを投げるように置くと
「あ、眠い、昼寝だ」いうなりさっさと立ってどっかへ行ってしまった。
入れ替わって祖母さんが現れ、チョコ坊に耳打ちをする。聞いたチョコ坊、祖母さんの顔をしみじみ眺め、じゃ、帰れって言う事かと、囁いた。
こっくりうなずく祖母さん。そんなこんなで、三十分もしない内に、親子でヘソを曲げ、チョコ坊はグミ助を顎でシャクッてさっさと歩き出した。
「グミ、何オタオタ振り向きながら歩いてんの」
「あ、あの、おハギ・・・」ああ、もったいねェ。
朝、東京を発って夕方には又戻ってきたんですから、楽しいはずもなく、帰り道、チョコ坊はプリプリ怒りっぱなし、グミ助はおハギに未練たっぷり、ああ、もったいねェ。
「ねェ、ガムちゃん、帰ってくる頃じゃないかい」
「夏って言ってたが、何日とは言ってなかったな、どうすんだい、これから今日」
「帰るわよ、家に」
「ん、俺、乾きが良いから、障子張りでもやるか」
チョコ坊と別れ、グミ助もボロ長屋に帰ってきて、なんだかよく分からん日だったとか何とか、ブツブツ言いながら、障子張りを始めます。
流れ板、職場なければ、只の馬鹿。
着流し流れ板のガム公、ヨーロッパを切り上げ、日本に帰って来たのが宵の口。
「よう、グミ助、元気かい」
「今、手ぇ離せねぇ、後にしてくれ」
破れ長屋の自宅で、障子の張替えをしていたグミ助の背で、いきなり声がしたんですが、まさかにガム公だとは気が着かない。
あのォ障子の張り方ってものは、なかなか難しい。
「グミ助、障子ってなァ下から張るもんだ」
「どっから張ったって・・・」と言って、しょいとグミ助が振り向きます。
「あ、あ、ああ兄ィー」
戸が菱形になって開いてる玄関に立ってガム公が
「何ポカンとしてる、チャーんと、足あるだろ」
「ん、お化けじゃないな、何時来たンだい」なんて、グミ助も悪乗りで言います。
「障子ってなァ、上から張ると、継ぎ目が上向く、そこに埃が溜ンだよ」
「ああ、成る程な、何時来たンだい」
「おメーの前に、今だ」なんて、ガム公がおどけます。
「日本にさ」とムキんなって聞くグミ助。
「さっきだ」言いながらガム公が中に入って、十年か早ェーな、と懐かしそうに見渡す。
「ああ、兄ィがエゲレスへ行って、もうそんなになんだ」と溜息混じりのグミ助。
そのグミ助を心配そうにガム公が
「今、何やってる」
「旅行から帰ってから、考えてよ。兄ィの真似事やってる」
「何ィ、板前か」
「プーたろやってると飯を追っかけるのが関の山、これやってると、飯が追っかけてくる」とグミ助がしんみりと言うと
「ちげぇねぇ、すると、もう五年かい、どんな素人でも、真面目にやってりゃ、プロだ」とどっかクスッとしながらのガム公。
「でもよォ、やればやるほど、料理ってな、オッかネェな」なんてグミ助が言うと、それが分かれば、いい華板に成れるぞとガム公が励ます。
「なあ、兄ィ、チョコ坊は知ってんのかい、来たって事」
「まだだ」
「なぁんだ、水くせえな」
「バカ、成田に降り立って、さて、どっちに行こうかってチラシの紙飛行機飛ばして、先のむいた方にって来たら、ここだった。三畳一間でもいいから、落ち着き先が決まるまで、と思ってよ。又世話かけるが、いいかい」
「ちょっと待ってくれ、俺、チョコ坊に電話してくる」
一人残ったガム公、障子の張替え中とはいえ、どっかから、ペンキの匂いも包みます。
見れば玩具のような家具の剥げた所に、塗った後がある。部屋の隅に積んである本を見ると「魯山人」だ、「料理の起源」だなんて、結構勉強してるグミ助が見え、ジーンと嬉しくなってきます。
ガタ、ピシと戸の開く音がして、グミ助が戻ってきました。
「どこまで行ってた」
「大家の電話と思ったが、ちょいと具合悪りィんで、通りまで、じき来るよ、チョコ坊」
「どうしてるチョコ坊」となんとなく照れくさそうに聞くガム公。
「知ってんだろ、クリーニング屋の若旦那、散々口説いておいて、跡継ぎが、四・五年経ってもその兆しがねェもんだから、出て行けだ。ったく」
「ああ、あいつか、女を子作りの道具と思ってやがったか」ガタッと表で音がしたと思うと、張りかけの障子を蹴飛ばしてチョコ坊が入ってきた。
ペタンと尻餅正座で、ガム公の前に滑り込む。表で大家の声もする。
「おい、グミ助居るか」
「あ、大家さん、どうぞ」
「どうぞじゃね、さっき表で見かけたが、さっさとどっかに行きやがって、家賃どうした」
言われて、そそくさと立って表に出るグミ助。
「給料日、あさってなんだ、すぐ払うから待ってくれよ」
「なんだ、昨日じゃないのか、又仕事、変わったな」
「そ、そうなんだ」
事情が分かれば、大家も人の子、無理を言わずに帰った。
「グミ助、なんだ今の話」とガム公が刺す。ガム公に聞かれ、しかじかと話すグミ助。
「よく気が付いたなグミ助、正しいよ、お前ェが」この話し、聞いてたチョコ坊
「何よそれ、油汚れに洗剤使うのが普通で、汚れ落とすのに油を使うって、どういう事よ」グッとグミ助が身を乗り出して言う。
「ホラ、よくさ、空き瓶がもったいねェって洗って使うだろ、水に漬けて取れるラベルはいいがな、糊が取れねェやつがある。この糊に食油を付け、糊を溶かしてから洗剤使うと綺麗に糊が取れるんだ」
「それがどうして店を辞める事になるわけよ」とよく分からないチョコ坊。
「汚れ落とすのに、油使うのが理屈に合わねェって言う奴が居て、店がそいつの肩を持った」悔し涙に口一文字のグミ助。
「何よ、それで馬鹿だのアホだのって店辞めたの」グミ助の両肩に手を置くチョコ坊。
「どんな奴だ」と聞くガム公。
こんな背丈で、こんな顔、グミ助が言ってる最中に
「そいつァ下町だ。ポン中アル中、素面の時は借りてきた猫だが、酒飲むと途端に大トラだ、死ぬの殺すのってあたり構わず暴れまくる。今頃店じゃ後悔してるよ。放っておけ」ガム公、手にしたコップ酒をそっと置き
「いいじゃねェか、手めェの物差しでしか計れねェ奴なんか、墓穴の花道まっしぐらだ、見てれば分かる」
「知ってるの、その下町って人」と小首をかしげるチョコ坊。
「ああ、忘れんのが、もったいねェぐれェ知ってるさ」言って苦みばしった流れ板ガム公。
アラ・ドッコイ。さてと一服。