獣人の秘密
「は? 手ぶらとか、ふざけてんのか?」
心を剣で突き刺すかのような鋭く悪意のある声。
その冷たい剣の持ち主は犬であった。
「ノエミ、こいつ死ぬぞ」
「え、大丈夫だよ? ローはこう見えてもさすらいの旅人なんだよー」
「嘘だな。こいつは何も分かっちゃいない。町の外にすら出たことない、ただの素人だ」
「そんなことないよ。なんとかっていう遠い町から来たって言ってたもん!」
「それが嘘だっつってんだよ!」
浪は自分の前で繰り広げられる獣人同士の論争に口を出すことができなかった。一人は言わずと知れた猫耳を持つノエミ。そして、もう一人は犬耳のついた若い女性である。
話の内容は当然自分のことについてであるのだが、出会って早々、見知らぬ女性にキレられ、激しい剣幕で責め立てられて言い返すことができなかった。
旅人なのは嘘だから認めても構わないのだけれど、信じてくれているノエミには悪い気がする。それに、これからの冒険がどのぐらい危険なのかも分からないから、うかつに「自分はベテランの旅人だ」とも「何も知らないけどなんとかしてみせる」とも言いづらいのだ。ここでノエミともう一人の同行者の信用を失い、もう魔法使いのところにはいかない、ということになっては大変困る。
浪の前には、ノエミが用意してくれた小舟にたくさんの食料が積み込まれている。どうやら犬耳の女性にお金を借りて購入したらしい。そして、その事情を聞いたら、自分も一緒に行くとついてきてしまったと。
「あ、あの……俺のことはいいから、とりあえず出発しようぜ……?」
「ああん!? てめえは黙ってろよ!!」
「は、はいっ!?」
彼女の怒号に浪はすくみ上がるしかない。
尖った耳に、黒まじりの茶色の長い髪を一つに束ねている。猫のノエミよりも一回り背が高く、細身だが体つきがしっかりしていて、スポーツなどで引き締められた体というイメージがある。精悍な顔つきであるため、吠える姿は勇ましく、まさに猟犬のようであった。
「ローの言う通りだよー。時間がないんだからすぐ出発しなきゃー」
「そんなことやめろ! この男のために、お前がこんな危険を冒す必要はねえだろ!」
「えー、こうなっちゃったのはあたしのせいだもん。だから、なんとか助けてあげなきゃ!」
「黒猫の呪いって奴か? 馬鹿馬鹿しい。今時そんなの犬ころでも信じていないぜ」
「あー! マルちゃんも信じてくれなーい!」
ノエミが自分を助けてくれる理由が、黒猫が横切ったから不幸になってしまったという勘違いしかないことに、浪は心許なくなる。ここで論破されてしまうと、ノエミは魔法使いのところへ案内してくれなくなってしまうかもしれない。
浪は自分に扱える武器はないかとあれこれ探してみたものの、これといって役に立つものを見つけ出すことはできなかった。お金があれば刃物でも買えたのかもしれないが、浪はこの世界のお金を持っておらず、手持ちの日本円も指輪代として使ってしまっていた。石や棒でも持ってこようかと思ったが、邪魔になる割りには効果的ではないと思い、結局は手ぶらで来ていたのだった。
冒険の厳しさを知っている人間からすれば、この状態はふざけていると言われても仕方がない。浪も不甲斐なく、申し訳なく思うが、ノエミたちの協力はどうしても欲しいところだった。
「こんな奴、見捨てちまえよ。うちらが助けたところで、モンスターにやられちまうのだがオチだ」
「そんなことないよ! あたしがそんなことなさないもん!」
「お前の気持ちは分かるが、この旅は素人を連れて行けるほど甘いもんじゃない。こいつが死のうと、うちは知ったことないが……ノエミ、お前まで危険な目に遭うんだぞ!」
「分かってるよ! それでもローを助けて、セレイナちゃんも助けるって決めたんだから!」
「そこまでする義理がないっつってんだろ! 奴ら人間のことに首を突っ込むな、どうせロクなことにならない! こいつらはうちらが助けたところで、感謝すらしない。骨折り損に決まってる!」
「ローはそんなことないもん!」
「やめろ、やめろ! たいした根拠もなく、人間なんか信用するな! また泣くことになるぞ! こいつだって何を考えてるか分かったもんじゃない。女を助けるとか言って、本当は魔法を狙ってるだけかもしれん!」
(嫌われたもんだな……。やけに人間を悪く言うが、人間とノエミら獣人は仲が悪いのか……?)
これまで考えたことはなかったが、人間と獣人の間には何かがあるのかもしれなかった。獣人はほとんど見かけないことから、町の支配者は人間だということが分かる。
ノエミがボロ屋に住んでいるのは貧乏だからと思っていたが、もしかすると種族的に嫌われていて住む地域が違ったり、人間より収入が低かったりするのかもしれない。
「もう泣いてるよ……。マルちゃん、ひどいよ……。マルちゃんはいつも、あたしのこと何も分かってくれない……」
「お、おい、泣くなよ! うちが泣かしたみたいだろ!」
お前が泣かせたんだろ、とツッコミたいと思ったが浪は自重する。さすがに空気を読むべきところだった。
「うちはただノエミのことを思って……。おい、やめてくれよぉ……。こんなところで泣くなって……」
犬耳の女性はこれまでの強気の態度と打って変わって、明らかにうろたえているが分かる。太いしっぽがしおらしく下がっていた。
「じゃあ……ローを連れていってもいい……?」
「それとこれじゃ、話は別だ」
「えー……マルちゃんひどい……」
「しょうがないだろ、これがお前のためなんだって……」
「あたしのためだったら、あたしに協力してくれたっていいじゃん!」
「そうだが……そうじゃないんだよ」
「なにそれ、訳わかんないよ!」
しっかり言い返すことのできない犬耳の女性に対して、ノエミは攻勢に出始める。
「じゃあ、マルちゃんは来なくていいよ! あたしたちだけで行くから!」
「馬鹿、やめろ! 死ぬぞ!」
「死なないもん! 死ぬと思うなら、助けてくれればいいじゃん! 友達だと思ってるなら、当然だよね!? マルちゃんは強いんだし、あたしを守ってくるもん」
「う……」
言葉に詰まり、しばらく黙って考えたあとについに折れるのであった。
「……分かったって。うちも行くから、無茶だけはやめてくれよな」
「ほんと!? 一緒に魔法使いのところへ行ってくれるの!?」
「ああ……」
「やったー! じゃ、ローと握手して?」
「はあ!? こいつと握手? なんでだよ」
「一緒に冒険する仲間だからだよ! ね、仲直りしよ?」
心へダイレクトに訴えかける、うるるとした目。その目で見つめられたら、誰であろうと断ることはできないだろう。
「ちっ……。ああ、分かったよ……」
女性は振り向き、できる限り凶悪な目でにらみつけたため、浪は一歩引いてしまう。
「よ、よろしく……」
浪はおそるおそる手を出す。
そのまま剣で手を切り落とされるぐらいの勇気を振り絞ったかもしれない。
「ちっ」
女性は浪から目をそらしながら、浪の手を握った。
「俺は浪。あの……マルさん」
「ああん!? 気安く呼ぶなっ!」
女性は赤面し、せっかく握手した手は強引に振り払われてしまう。
「ご、ごめん……。えっと、なんて呼べばいい? 名前は?」
「くっ……マルギット・シンタクだ。マルギットと呼べ」
「ああ、それでマルちゃんか。よろしくな、マルギット」
「ふんっ」
ぎこちなくも自己紹介を終えた二人をノエミは、うふふと面白そうに眺めている。二人が仲良くなったことにご満悦のようだった。
「はじめに言っておく。ノエミになんかあったら、分かってんだろな」
「あ、ああ……」
仲良くなったとはとうてい言えない容赦のない眼光に、浪はすくみ上がる。
(間違いなく俺、殺されるな……)
何はともあれ、浪たち一行の旅はスタートした。
ローは舟をこぐ役割を進んで買って出た。モンスターが出てきたらおそらく何もできない。こういう単純な肉体労働くらいはやってみせないと立場がないと考えたからである。
舟は三人と食料を載せる一杯なぐらいに小さい舟である。地下に流れる川はそんなに深くないため、漕ぐといっても長い棒で地面ついて押し出すものである。安定して漕ぐことができれば、舟は前に進み続けるため、荷物を持って歩くよりかはずっと楽だった。
マルギットは町を警備する仕事をしているらしい。革鎧を着込み、腰に剣を差し、槍を持つ姿は様になっている。この一行の中で一番腕が立つに違いない。
ノエミは普段とたいして変わらない服装だったが、腰のベルトに短剣を差している。彼女いわくこれが一番動きやすくていいとのこと。
「それにしても気味の悪いところだなー」
油に火をつけ、ランプで照らした出された地下空間は、長い期間利用されていないことがすぐに分かる状況であった。壁や天井にはコケで埋め尽くされ、空洞を補強のために積まれた石も崩れているところが多い。
川の水は思ったよりも汚くなかった。下水管の中を想像していたのだが、地下水が溜まって川になっているだけで、人工的に下水を流しているものではないようだった。ただ流れはほとんどないため、水が濁ってしまい、湿気ったような腐ったような臭いが鼻をつく。
「そりゃー、墓地だったからねー」
「墓地っ!? ここがか?」
「そんなことも知らないのかよ」
「すみません……」
「もうマルちゃん、ローをいじめちゃダメだよお」
二人の話によると、どのぐらい昔のことだったか分かっていないが、大昔に地下通路が作られ、人々は地下に住んでいたことがあるらしい。そのうち利用されなくなり、地下墓地として利用されたという。今ではその存在を忘れられ始め、あまり人の寄りつかない場所となってしまった。
「そういえば、聞いてもいいか?」
「ん、なにを?」
「変なこと聞いたら殺すぞ」
「聞かねーよ! ……どうして獣人は人間を嫌ってるんだ?」
人間と獣人の違いについては確認しておきたかった。マルギットは人間をひどく嫌っているようだったが、この世界において獣人はどのような存在なのだろうか。人間は獣人に対して何かをしたのだろうか。
浪の問いに二人は沈黙で返した。
「あれ、聞いちゃいけなかった?」
「……ノエミ、こいつ殺してもいいか?」
「ダメダメ! それだけはダメ!」
マルギットが槍の穂先を浪に向けようとしたのをノエミは止める。
(やはり人間との間に、何かあったんだな)
「……まあ、お前が知らないのも無理はないのかもしれないな。人間どもがしでかしたのは、お前が生まれるずっと前の、大昔の話だ」
「大昔?」
「ああ、とびっきり昔のな」
「人間が獣人に何かしたのか?」
「んー、何かしたっていうかー。あたしたちを生み出したというかー?」
「あん? 生み出した?」
「うちら獣人はモンスターを狩るために、人間に生み出された存在なんだよ」
「え……?」
第十四話 「モンスターの法」
「人間に生み出されたってどういうことだ?」
「そのままだよ、あたしたちは人間に作られたんだー」
(作られた? なんだそりゃ……?)
ノエミはあっさり言ってのけるが、作られたと言われてもピンと来ない。浪の頭には、試験管で作られた人間が思い浮かぶ。遺伝子をいじって、人間と動物を混ぜたのが獣人なのだろうかと。
「人間は弱い存在だろ? 動きも遅いし、力も弱い。だから、モンスターと戦うために、うちら獣人がいるんだよ」
「モンスターと戦う? ……それは仕事なのか?」
ノエミとマルギットは浪の問いに首をかしげる。
どうやら的外れな質問をしてしまったようである。
「まあ、そうだな。うちも警備隊に入ってるし、昔はみんなモンスターを狩るために軍隊にいたらしいけど、今はノエミみたいに普通に町で働いている奴もいる」
「基本的に運動神経いいし、モンスター倒すのは得意なんだけど、やっぱりそういうのが嫌な獣人もいるんだよー。あたしもそんなに強いほうじゃないしー」
「そういうものなのか」
(モンスター退治を押しつけられているんじゃ。人間も嫌いになるよな)
おそらく獣人は兵器として生み出されたのだろう。モンスターというのは人間では手に負えないくらい凶悪な存在で、それに対抗するため人間は、動物を人の形をさせ、武器を持たせることで強力な兵士にした。動物の身体能力に、人間の技術が加われば、まさに鬼に金棒なのだ。
「舟を下りろ」
「へ?」
「モンスターだ! すぐに下りろっ!」
マルギットは叫ぶと当時に舟を飛び降り、ノエミもそれに続く。
川の水深は低く、腰より少し下ぐらいなので、舟から下りても溺れることはない。浪は濡れることに躊躇するが、そんな甘えが許されるときでもないし、戦い慣れしているマルギットに合わせるべきだと判断し、川に飛び降りた。
「どこだ、モンスターって」
「正面、水から来る」
マルギットがそう言うや否や、槍を向ける方向に大きな水しぶきが上がる。
浪はとっさに舟を漕ぐのに使っていた長い木の棒を突き出して身構える。
舞い上げられた白いしぶきが落ち、そこから姿を現したのは、人の形をした何かであった。頭があり手足がある。だがその体は明らかに石で出来ていた。
「なんだこいつっ!?」
「石型だ! お前は下がってろっ!」
マルギットが石型と呼んだ人型モンスターは体長150センチくらい。文字通り、体が石で作られたモンスターである。ごつごつした岩の肌を持ち、見るからに頑強そうである。
だが、一つの石を削って形作られた石像のようでいて、手足は関節があるみたいにしなやかに稼働している。頭はいびつなデコボコがあるだけで、どこが目で口なのか判別できない。もしかすると、そうした器官を持たないのかもしれない。
(これがモンスター……?)
浪は初めて見るモンスターの姿に足がすくんでしまう。
ゾンビのような血みどろなモンスター、うにょうにょと触手の生えた気色悪いモンスターなど、浪があらかじめ想像していたものよりはインパクトはなかったが、いるはずのない存在がそこいて、動くはずのないものが動いているという事実に、体が自然と恐怖を感じていたのだ。
(動けよ、俺の足……!)
石のモンスターが前進し、距離を詰めてくる。
敵を前にしているのだから、足を前に踏み出し、戦わなくてはならない。兵士のように勇ましく剣を振るわなくとも、臨戦態勢を取らなくては敵にやれてしまう。だが、浪の意志は体に伝わることなく、足は前へも後ろへも動くことはなかった。
浪がそうしているうちにも、マルギットは行動を始めていた。持っていた槍でモンスターを軽く突く。
これは牽制であった。モンスターは後ろに下がり、槍をかわすが、舟から距離が離れる。
ノエミは短剣を抜き放ち、逆手に構えて、敵の様子を見ているようだった。
モンスターは特に考える気配もなく、マルギットに標的を定め、猛然と走り出していた。その脚力はたいしたもので、腰までかかる水を造作もなくかき分け突撃してくる。
その勢いで水面が波立ち、舟が大きく揺れる。
浪は波で立っていられず、情けないことに川底に尻餅をついてしまう。ズボンはもちろん、上半身までずぶ濡れになった。水分を含んだ髪が垂れ下がり、視界の一部を遮る。
浪の脳裏に大雨の神社での記憶がよみがえる。
単なる冗談で友達においていかれ、大雨に降られてしまう要領の悪さ……。池に落ちてその場に座り込み、自分を笑うしかない無様な姿……。
「くそっ!」
浪は我に返り、水を吸って重くなった服に足を取られながらも、体をなんとか起こし、両手で舟を押さえ込む。
舟がひっくり返っては食料がダメになってしまう。モンスターと戦うことはできなくても、舟くらいは守ってみせるつもりだった。
マルギットは慌てる様子もなく、モンスターの突撃を槍でいなし、左の壁に激突させる。
その衝撃で大波が起こり、マルギットは姿勢を崩してしまうが、すぐに槍を構え直し、モンスターの顔面に向かって突きを入れる。
小気味よい音とともに、大きなハンマーを振り下ろさなければヒビも入りそうにない頑強な石が砕け散り、モンスターの顔面に穴が開く。
モンスターがよろめき水中に倒れ込むと、大きな水しぶきが上がった。
「ノエミ、頭じゃない、胸だ!」
「りょーかい!」
そう言うとこれまで、モンスターとの間合いを守っていたノエミは大きく跳躍する。そして壁を三角飛びして、モンスターとの距離を一気に詰め、そのまま勢いを利用して、モンスターの背に短剣を突き立てた。
ノエミの短剣はカツンと石を穿ち、モンスターの背から胸を貫いていた。
浪は鮮やかな二人の連携に感嘆をもらす。
ノエミは水面から体を起こし、「ふう」と水に濡れた前髪をかき上げる。
「ノエミ、やったのか?」
「もっちろん~。ほら、これ」
そう言うとノエミはマルギットに何かを放り投げた。
「おい、そいつは倒したのか……?」
浪は舟の影からおそるおそる、モンスターが沈んでいる場所をのぞき込む。石の体に空いた小さな穴から気泡が吹き出し、ぽこぽこと水面があぶく立っている。
「ああ、こいつはもう動かない。安心していいぞ」
「それは? その赤い奴」
「これか?」
マルギットは手を開き、ノエミから渡されたものを浪に見せてくれる。
それは直径5センチくらいのいびつな形をした赤い玉であった。
「クリスタルだ」
「クリスタル? 何だそれ?」
「んー、なんて言うのかな。モンスターの大事な部分? これを抜き取るとモンスターは動かなくなるんだ」
浪はもっと近くで見せてもらおうとマルギットの側によろうとしたが、マルギットはクリスタルを宙に放り出した。
そして、槍を突き出し、天井と挟み込むことでクリスタルをこなごなに粉砕してしまった。
「おい、何すんだよ。見せてくれたっていいだろ」
「あん? こんなもの見てどうすんだよ」
「見たことないからだろ!」
「そう怒るな。こんなの、あとでいくらでも出てくるから、そんときゆっくり見ろ」
浪と言い争う気のないマルギットは小舟の縁を掴むと、ひょいと飛び乗る。着地姿勢がいいのか、不思議と舟は揺れなかった。
邪険に扱われて浪は不機嫌だったが、こんなところで雰囲気を乱しても仕方ないと大人しく舟に戻る。だが、マルギットのように綺麗に飛び乗ることができない。服が水浸しで重く、丘に上がった魚のように無様に舟上に倒れ込んでしまった。
「ロー、大丈夫?」
いつの間に舟に乗り込んでいたノエミが手を貸してくれる。
「ああ……」
どうしてそんな簡単に飛び乗れるのかと、浪は獣人の身体能力をうらやましくなる。そして同時に、運動神経のない自分を恥ずかしく思っていた。
「どうだった?」
「うん?」
「モンスターと戦うのは初めてだったんだろ?」
革靴を逆さにして入った水を流していると、マルギットが声を掛けてくる。
浪は半ばふてくされて、思ったことをそのまま口にする。いまさら体裁にこだわっても仕方ない。自分は無様で何もできない人間なのだ。
「……ああ。怖かったよ、体が動かなかった」
「ん、そうか。じゃあ、それでいい」
「あん? どういうことだ、それ?」
馬鹿にされるのかと思ったら、マルギットはさらっとしていて、そういう意味合いが含まれていない言葉を発したものだから、浪は面食らってしまう。
「モンスターはうすのろに見えて、けっこう力が強いからな。もろに食らうと骨がやられちまう」
それはなんとなく浪にも分かっていた。石の塊のタックルを食らったら、どうなるかはあまり想像したくない。
「モンスターはな、人間の手に負えないからモンスターって言うんだ。だから、人間のお前は変に気張る必要はないんだよ。戦闘はうちら専門家に任せときゃいい」
マルギットは浪を少しは気遣っているようだったが、必要以上にオブラートに包む気はないようで、今の浪には酷なことを言ってのける。
「そうだな……そうしとくよ」
「お、聞き分けいいじゃないか」
「足引っ張ることだけはしたくないからな……」
人間と獣人がまったく違う存在だということは充分に分かった。対抗したって勝てるはずがない。それで自尊心が納得するわけがないが、認めざる得ない事実だった。
(どうしてそんな恵まれた体を持っているのに、人間を嫌うんだ……。俺が獣人なら、喜んでモンスターと戦うのに)
「偉いなー、ローは!」
突然ノエミに抱きしめられる。胸と腕に頭を挟まれ、髪をわしゃわしゃとなでられる。
「おい、なんだよ!? やめろって……!」
「えー、いいじゃないー? 素直なローはあたし、好きだよ?」
照れる浪を気遣うことなく、ノエミは浪を抱きかかえ続ける。
不思議と安心感があり、初めての戦闘で高ぶった心が静まるようであった。
無理に張り合う必要はないのかもしれない。戦闘は彼女らの分野のようだから、自分は別のところで頑張ればいい。浪はノエミに抱かれながらそう思った。
「そ、そういえば、一応聞いておきたいんだけど……」
「うん、なあに?」
浪は忘れてはいけないことを急に思い出したのだ。ノエミは質問を聞くために拘束を緩めてくれる。
「モンスターを倒しちゃいけないって法律はないよな? あと舟で地下道を取っちゃいけないとか……」
こんな非日常的なことが法律に引っかからないはずがない。これまで変な法律に煮え湯を飲まされ続けて来たのだ。事後とは言え、できる限り重罪となることからは避けて通りたい。
「くっ、ふははははは! 怖い思いをしたばかりなのに、そんな冗談言えるとはたいした肝だな! 気に入ったぞ」
マルギットは大声で笑いながら、浪の頭をばんばんと叩く。
「痛っ、痛いって……!」
「法律かぁ。んー、そういうのは聞いたことないかな。むしろ、モンスターを倒すのは推奨されてるから」
「あー、そうなのか。人に危害を加える奴は退治しないとダメだからな」
「うんうん。あ、そういえば、さっきのクリスタル、あれはすぐに壊さないといけないことになってるんだよー」
「へー。壊さないとどうなるんだ? 罪は重いのか?」
「うん、間違いなく死刑だねっ!」
ノエミは無邪気な顔で言ってのける。
(また死刑かよ……。これはどういう理由でそんなに重い罪になるんだ? 昔の人が壊したいと望んだから? クリスタル壊すのを望むってなんだ? 壊すのが大好きな人がいたのか……?)
あれこれ考えてみるが、もっともらしい理屈は思い浮かばなかった。とりあえず、クリスタルをまじまじ眺めたり、持ち帰ろうとしたりしなくてよかったと思った。