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津坂一晴は、いじめによって人を自殺させた。反省と後悔をしている様子がしっかりと見受けられたため、保護観察処分と決まった。
保護観察処分。二十歳になるまで、定期的に保護司と面会し、生活状況を報告するのだ。
前回、監察官と会ったときは、万穂と遭遇するという思わぬトラブルに見舞われ、結局少しも話は出来なかった。
その埋め合わせとして、今度は別の場所に呼ばれたのだ。一晴は昨年、良い素行のお陰で保護観察処分が解除されたものの、今も個人的に保護司の人とやり取りをしている。
おそらく、家庭環境が良好とはいえないため、心配してくれているのだろう。一晴は個人的に応じている。
「ここ、良いお店でしょ。お値段も」
「安くてうまいですね。素敵な店です」
一晴は笑った。少し遠い、初めて来た土地だったが、空気も美味しかったし、気持ちのいい風を感じられた。夏の訪れを予感させるような、心地よい風だ。
「万穂は、俺なんかとは釣り合わないんです。本当に。だって普通無理でしょ、本当の親が誰か分からなくて、もしかしたら捨てられたかもしれなくて、酷いいじめを受けた経験まである。なんであんなに裏表なく笑えるのか俺には分からない。もし要が生きていたら、万穂のような子と幸せになるべきです」
「でも、万穂ちゃんが一緒に幸せになりたいのは、あなたみたいよ」
「馬鹿なこと言わないでください。俺は、千佳子ちゃんの兄を殺したんですよ。恨まれる覚えはあっても、好かれる覚えはない」
「・・・・・・」
「見てほしいものがあるんです」
そう言って一晴は、鞄から一枚の紙を取り出した。四つ葉のクローバーのイラストがふんだんにあしらわれた、可愛らしい封筒だった。何度も消したえんぴつの跡の上に、綺麗にペン止めされた一晴の名前が書かれている。
それは、桜からの手紙であった。
「わたしは自殺しようと思っていました。ちかこちゃんとの約束も守れそうにないし、つらいし、もういいやって思っていました。でも、がんばります。がんばれると思います。わたし、とても強くなったと思います。ありがとうございました」
一晴は、短いものの丁寧に一生懸命書かれたのであろうその手紙を渡した。それから、重々しく口を開く。
「これを見たとき、思い出したんです。要が『君は人殺しなんだ』って言っていたときのことを思い出すんです。もしも俺が要を殺さなければ、俺は今のような俺には成長していないでしょう。だから、桜ちゃんを救うことは出来なかったんです。でも、だからと言って要を殺して良かったとはもちろん思えない」
どういう選択をして、どう生きるのが良かったのか、今も分からないのだ、と。そう言った。だから、これからどう生きるべきかもわからないのだ。
「そうね。それじゃあ、今から、あなたはここへ行くべき」
用意された手順の一つのように、スムーズな動きで地図を渡された。そこには、どこか広大な敷地の一角に印がつけてある。何列目、東から何番目というところまで、詳しく書かれていて、その地図が何を表しているかをすぐに察した。
「これは・・・・・・」
「行ったことないでしょ? 要くんのお墓」
「いや、でも、俺は」
一晴は何かを言いかけて、口をつぐむ。どう言おうか迷ったのだ。一晴は、これまで要の墓に行ったことはなかったし、家に線香を上げに行くこともしたことはなかった。
「案内してくれる人ならちゃんといます。ちょうど到着したみたいね」
一晴は、保護司の視線を追いかけた。店の入り口に、万穂が立っていた。からんころん、という可愛らしい店の鈴がなる。
はあ、一晴は、感心したような声を漏らした。「どこで知り合ったんですか。二人が繋がっていることは予想していませんでした」
「一晴が別れるってどこかへ行っちゃったあと、私、どうしても信じられなくて向かいのお店に行って、この方に確認とったのよ。だから、一晴が浮気してないってことは知ってたんだけど。知らないフリをしておいた方が騙されてくれるかなと思って」
万穂は、以前と同じように屈託なく笑う。一晴はそれを見て少し奥歯を噛みしめた。一晴は、申し訳ないけど、と空気を変えた。
「俺は行かねえ。許しを乞いに行くなんてまっぴらだ」
「心配しなくても、許してくれるわけないから。当たり前だよ。でも行くんだよ」
「は?」
「自分を殺した犯人の、ぼろぼろになって素直になれなくて助けも求められない無様な姿を見せに行ってあげるんだよ」
「・・・・・・」
「さ、行こう!」
万穂に手を引かれた。どうやら、店の場所の指定も狙い通りだったらしい。よく見ると、道の向こうにはもう大きな墓地が見えていた。万穂は要の墓の前まで案内すると、一人で喋り始めた。
「私、本当に感謝してるんだよ。一晴に。一晴と会って、たくさん笑ったし、この学校に通えて、礼美さんの家に来られて良かったって改めて思えたし、楽しかったし、一晴と一緒にいるだけで嬉しかった。千佳子ちゃんのことだって、本当に」
「千佳子ちゃんが俺に感謝しても、俺はその兄貴を殺したんだ。前も言ったと思うけど――」
「何百人救ったところで、所詮は人殺しっていう、アレ?」
万穂は、にっこりと笑った。好物を前にしたときの子供のように、にっこりと。事実は変わんないよ、と切り出す。
「一晴は確かに人殺しだけど、何百人を救えるんじゃん。救えばいいじゃん。要くんの言葉の通り救えばいいだろ! 一生かけて!」
要に成り代わることなんてせずに、要の言葉の通りに。
一晴は、うっ、とうめくように声を出すと、たまらず逃げ出した。万穂の前ではあったが、なりふり構わず走った。墓地に入るための階段を、十段ほどまとめて飛ばして飛び降りた。急カーブでは転びそうになった。構わず走った。
足はどこか遠くへ、記憶は過去へと、走っていた。




