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 千佳子は赤い箱を開いた。この家に引っ越してくる前、桜に貰った箱だった。千佳子は、不安になるといつも手紙を読んだ。手紙を読んで、元気と勇気を貰っていた。


 箱を開いた千佳子は、手紙を取出し、隅から隅までしっかり目を通した。漢字とひらがなの大きさの差が激しく、大きな漢字に比べて自信なさげなひらがなが不釣り合いで、いつも冗談めかして指摘していたような記憶があった。


 手紙を読みながら、記憶は数日前に戻っていた。広瀬京子と名乗る、実の父の元妻の女性と会った日のことだ。


 あのあと、校門を出たところで、千佳子たちはある男の人に声をかけられたのだった。


「あのさ、広瀬さんと知り合いなの」


 茶色の髪が綺麗にセットされていて、背が高くて万穂と同じくらいの年頃の男の人だ。


「俺、妹がここに通ってるから見に来てるんだけど、あの人、広瀬さん、今もまだ毎年来てるみたいだから、気になって」


「広瀬さんの息子さんのこと知ってるんですか」


「要くんのことだろ。俺、一個下だけど、近所に住んでたんだ。広瀬さん、今も同じところに住んでるし」

 わお、と無言のまま万穂が口を動かしたのが見えた。


「じゃあ、いじめと、自殺のことも?」


「それは詳しくは知らないんだけど。でも、新聞とかテレビとかで凄く大々的に報道されてたから、それを見れば多少は、と思うよ」


万穂は千佳子の前に立ち、小声で男の人と何事かを話し、連絡先を交換した様子だった。そして、千佳子が会話の内容を把握する前に、さっさと別れてしまった。


 千佳子は、なんとなく分かっていた。万穂はきっと、自分にこの話を聞かせたくなかったのだろうと。だから、万穂と彼が何を話していたのか、無理に問い詰めることはしなかった。


 千佳子は赤い箱を閉じた。そして、深呼吸をする。


 自分のことは、自分で知るべきだ。


 千佳子は一階に降りると、掃除機をかけてる礼美に近付いた。


「あの、礼美さん」


「お母さんでいいのよ。どうしたの」


「と、図書館への道を教えてほしいんです」


「あら。本が好きなの」


「ええ、っと、はい」


 本当は本など大して読んだことはなかった。今までそれどころではなかったからだ。本など、持っていたら絶対にぼろぼろにされていただろう。今は、何を持っていても隠されないし、捨てられないし、壊されない。


 千佳子は思わぬところで、ようやく自分がいじめから解放されたのだということを実感した。そしてすぐに、桜のことを思うならば、そんな気持ちになるのは申し訳ないと思った。桜はまだ戦っているのだ。


引き出しの中にしまった赤い箱を思い浮かべる。気を引き締める。


 千佳子が礼美に貰った手書きの地図を頼りに図書館に着いたのは、午後二時頃だった。礼美には「送っていこうか」と提案されたが、断った。道順を覚えたかったし、これから調べることを礼美に知られたくはなかったからだ。


 千佳子はまず、パソコンの前に座った。『浅戸 いじめ』で検索をかけてみる。千佳子は、そのいじめがいつ行われたのかすら知らなかったからだ。


 次に、カウンターで新聞を出してもらった。一面で大きく報道されているものから、少しずつ小さくなる記事に、やがて社会面の片隅にしか載らなくなったところまで、何日分も出してもらった。


 同じような記事が載っているものも多かったが、要のことが少しずつ分かって来た。いじめは相当ひどかったようだ。要は当時、今の千佳子と同じ歳だったようだが、自分の受けていたいじめが可愛く見えるほどだった。


 女子と男子だといじめも違うのか、と千佳子は愕然とした。私でも死にたくなる、と心の中で呟く。


 犯人たちの処分も知ることが出来た。主犯は書類送検と少年院、ほかの主犯格は保護観察処分。それから賠償金。漢字が多くて頭が痛くなりそうだ。結局、難しいことはよくわからなかった。


「自転車」


 小声でふむ、と呟く。要は自転車が好きで、よく街中を走っていたらしい。千佳子は、つい先日行ったばかりのサイクリングのことを思い出した。


せっかくパソコンを開いたので、新聞とインターネットの二刀流で調べを進めることにし、さらに深く潜り込んだ。


「えっ」


 思わず大声をあげてしまい、咄嗟に口を抑えた。周りには誰もいなかった。


 図書館で大声を上げると、怒られてつまみ出されると聞いたことがあるので焦ったが、千佳子の声に気付いた者はいないようだった。


 千佳子は改めて、画面に映されたインターネットの記事を見る。


『主犯格の一人と思われる、ツザカ君はこのような――。』


 要が、私のお兄ちゃんが、もし生きていたら。千佳子は数を数えたが、どうにも不安で、手元のペンとメモ帳を使った。一年、二年、指でなぞりながら数えた。


 震える指で自分の書いた数字を辿る。


 もしも要が生きていたら、高校二年生。万穂や、――一晴と、同じ年齢だ。




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