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 日曜日。この日は雨が降っていた。万穂は、部屋にいくつかのお菓子を持ち込んで、本を読んでいた。いじめについて論じた教育本だ。昨日、市立図書館で目ぼしい本をいくつか借りてきたのだった。


「な、なんか、難しい・・・・・・」


 万穂はうーんと唸りながら、首を回した。ごきごきと不健康な音がした。


 どうにかして千佳子の、あるいは桜ちゃんの力になれないだろうか。とはいえ、と万穂は思う。私もいじめに関しては、転校することによって逃げてきたクチだからなあ。


 桜ちゃんは、一人で戦っているのだろうか。そもそも、戦うという選択が正しいのか。大人に頼るというのは勇気がいることだと、そう万穂は思う。どの大人に頼れば、エスカレートさせることなく解決できるのか、どの大人なら信用できるのか。それを見極めることは、いじめられて余裕がない小学生には難しいことだ。


 だから、万穂はこうして難しい本に唸りながら挑んでいる。大人としてではなく、少しばかり早く生まれた先輩として、千佳子と桜の力になりたいのだ。


 ああ、やっぱり駄目だ。万穂は本を閉じて皿に出したクッキーを二つまとめて口に放りこんだ。


 次に、立ち上がって引き戸の前まで歩いた。千佳子の部屋との仕切りになっている扉だ。今日、千佳子は礼美と買い物に行っているはずだが、念のためだ。千佳子がいないことを確認してから、携帯の画面を表示した。


 美咲の番号を呼び出し、通話のマークをタップした。


 数コールで、すぐに聞き慣れた美咲の声がした。突然の電話に驚いているようだった。


「万穂、どうしたの? 突然」


「あの、ちょっと訊きたいことがあってさ。その、いじめ、のことなんだけど」


「いじめ?」


 万穂は、千佳子の通っていた学校のいじめについて尋ねた。必要があれば千佳子に聞いたことを話すべきだとも思っていた。


「千佳子と同じ学年の男の子がいるのよ。学校で特別変わったことがあれば話してほしいってお願いしてあるから、もしいじめの話があるんだったら彼も知っていると思うけど」


「千佳子ちゃんがいじめられていたときは、美咲ちゃんはそれを知ってたの?」


「薄々勘付いてたって感じ。だから礼美さんに連絡したのよ。『一度会いに来てみないか』って」


 おそらく、かつていじめを受けていた万穂が礼美に引き取られた際も、同じような経緯だったのだろう。ある日突然現れた礼美のことを思い出しながら、万穂はさらに続けた。


「それじゃあ、いじめはまだあると思う?」


「クラス替えもあったし、どちらとも言えないっていうのが正直なところ、かな」


 万穂は電話越しに頷いた。神妙そうな美咲の顔も容易に想像できた。美咲自身、施設の子どもたちが学校でいじめられていないかと心配するのは当然だ。


「それにしても、万穂がこのタイミングで電話してくれるなんて、驚いたわ」


「何かあったんですか?」


「ええ。ちょっと、千佳子ちゃんのことでね」


「千佳子ちゃん?」


 実は、と言って美咲は話し始めた。


 美咲が最初に話したのは、三年前、千佳子が一年生のときの話だった。突然訪ねてきて、『千佳子の兄の母親だ』と名乗る女性がいたこと。痩せ細っていて長い髪は痛んでいたが、綺麗な顔立ちをしていたその女性の話だ。『千佳子に一目合わせてくれ』と言うので、美咲が同伴しているという条件の下、千佳子と面会させたのだった。


 そして、その女性が今日、また訪ねてきたのだという。


『私、やっとお金が出来て、あの子を育てられるようになったんです。だから』


『千佳子ちゃんなら、別のご家庭に引き取られました』


『えっ、そうなんですか。あの、どんなご家庭、なんでしょう』


『どんなって、良いご家庭です。以前この施設にいた女の子も引き取られていて、その子がお姉ちゃんです』


『ああ、そうなんですか。じゃあ、裕福な家で、幸せに暮らせているんですね?』


『え、ええ』


『それなら、よかった』


 女性は心底安心したように、肩の力を緩ませると、思わずといったように涙を零した。そして女性が帰ったほぼ直後に、万穂からの電話を受け取ったのだ。それも、同じように千佳子の用件で。


「千佳子ちゃんの、お兄ちゃんのお母さん、ってわざわざそんなまどろっこしい言い方するんだ」


「しかも、今日の場合は千佳子ちゃんに会いたいとも言わず、あっさり帰っていったし。彼女、浅戸市から来てたのよ」


「浅戸! それは遠い」


 この地域からは、電車でも二時間はかかるだろう。県内ではあるが、万穂はまだ訪れたことはない。大都市というわけではないが、寂れた気配も見せない街だ。


 それから、美咲との電話を切った万穂は、うーんと首を捻った。いじめの件もそうだが、千佳子はどこか普通とは違う要素を多く持っているらしい。


 そういえば、一晴もここから遠いところに住んでいるが、浅戸からは近いのだろうか。ふと気になった万穂は、すぐに一晴にメールをしてみた。一晴からは一分と待たずに返事が来た。


『俺、浅戸に住んでるよ。どこかで聞いたの?』


 万穂は、美咲から聞いた話をそのまましようか迷ったが、長くなりそうなので電話にすることにした。「今大丈夫?」と一応声をかけ、通話を開始した。


「それでね、その人が、浅戸に住んでるんだって」


「浅戸・・・・・・」


「何か分かる?」


「うん、出来る範囲で調べてみるよ」


 お願い、と言って万穂は電話を切った。一晴の住んでいるところからは近いかもと勘繰ったが、まさか同じ土地に住んでいるとは。


 千佳子が帰って来た音がしたので、万穂は自室を飛びだし、階段を駆け下りた。万穂の肩をがっしり掴み、真剣な顔をする。


「千佳子ちゃん、一緒に浅戸に行こう」


 突然現れた万穂、初めて聞く地名、その誘いに戸惑い、「はぁ?」と怪訝な返事を返された。



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